○コンプレックスは、人それぞれ
それは、初めてのおうどんに私が悪戦苦闘していた日のこと。依頼として受けたツツの木を切りながら、サクラさんと〈自己創作〉のスキルについて話したことがあった。
「でも、ほんのちょっとだけ。コトさんの気持ちわかるな~」
「嘘でしょ?! まさかサクラさんも誰かを犠牲にしてまで――」
「違う違う。どうしても、自分のコンプレックスを直したくなる気持ち、かな」
最初は、顔のちょっとした違和感を直したかっただけなんじゃないか。小動物の命を使ってきれいになった自分の顔に歓喜して、だけど、こう思ったのではないかとサクラさんは言った。
「なんか、違うって。だって、さっきまでの自分の顔じゃなくなったんだよ? 絶対に違和感はあったはず」
でも、戻そうにも、さっきまでの自分の顔はもう、どこにもない。だって自分は1人しかいないのだから。ならばもう、自分が納得できる“理想”に向けて突き進むしかなくなった。
「動物を殺したっていう後ろめたさもあったのかも」
「まさか。人を何十人と殺せる人よ? あり得ないわ」
「う~ん、どうだろ。コンプレックスを気にするなんて、これ以上ないくらい人間臭いと思うけどなぁ」
手にした剣でツツの木を軽々伐採しながら、サクラさんはコトさんが人間の心を持っていると言う。そう言われてみればそんな気もするけれど、少なくとも今は、人の命をないがしろにする存在であることには変わりなかった。
私はナイフを使って細めのツツの木を〈切断〉しつつ、先の発言で気になったことを聞いてみることにする。
「……サクラさんにも“こんぷれっくす”があるの? 私は十分魅力的だと思うけれど」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ、もう! ……でも、うん、あるよ~」
鼻とかもうちょっと高くしたいなぁ、とか。まつげ長くしたいなぁ、とか。もうちょっとお尻と太もも細くしたいなぁとか等々。私が思っていた以上に、サクラさんは自分の身体の
「ま、まさかそんなに気にしていたなんて……」
「そりゃあわたしだって、一応、女の子なわけだし? 一応、お化粧してるのだって、マナー以外にもコンプレックスを隠す意味だってあるし?」
何より、と言ったサクラさんは剣を腰に納めて私の方に歩いて来たかと思えば、ひしと抱きしめてきた。
「……こんなに可愛い子が近くに居るんだよ? それも、ご丁寧にタイプ別に3人。比べるなって方が、無理な話だよ」
抱きしめられているせいで、サクラさんの表情は分からない。……そう卑下することは無いように、私としては思う。だって、私も、メイドさんも、リアさんも。ある程度設計されて作られた生命体――魔法生物で、そもそも“人”じゃない。
そうでなくても容姿だって、明るく人懐っこくい性格だって、考えるのは苦手なんて言いながら結局は人のために色々考えてくれる、そんな人柄だって。全部が全部、サクラさんの魅力だ。
「人は外見が全てじゃないわ? むしろ内面の方を、私は見たいと思うけれど」
「馬鹿だなぁ、ひぃちゃんは。人は基本的に、見た目から入るんだよ? だからこそ、外見は大事。というわけで、あのダッサイ服はもう着ないで欲しいな、お姉ちゃんとしては」
「ばっ、ダッ……?!」
「馬鹿」に「ダサい」。2つも
「はんっ。見た目を気にするなんて、まだまだ子供ね、サクラさんは」
腕を組んで、心の余裕を
「こほん。これは言わないでおいてあげたけど、そっちがその気なら良いよ、受けて立つ。……ひぃちゃんだってあるじゃん、コンプレックス」
「……え? べ、別に無いけれど?」
正直、私にだって外見的な不満点はある。だけど他人にそれを口にしたことは一度もないはずよ。だって、ないものねだりになってしまうから。だから、大丈夫。そう自分に言い聞かせる私を
「わたし、知ってるよ? ひぃちゃんが、寝る前にこっそり、自分の胸寄せて上げてること。もうちょっと大きい方が、ひぃちゃん的には良いんじゃない?」
「なっ……?!」
「ついでに、メイドさんにお願いしてるから牛乳を使ったお菓子がまぁまぁな頻度で出てくることも、知ってる。身長、欲しいんじゃない?」
「ななっ?!」
「あと、目つきの悪さも気にしてるよね? 朝、目じりの所コネコネしてるもんね?」
「なななっ?!」
驚くべきことに、どれも正解だ。
「し、知ってたの?!」
「いやもう、半年以上一緒に居るんだよ? そりゃ、分かるでしょ。リアさんでも知ってると思う。むしろ隠せてるって思ってたのに驚きだよ」
「嘘でしょ?!」
た、確かに。言われてみれば、最近になってまた夜這い癖が出て来たリアさんだけど、触ってくる場所は胸が多いような……? 揉んだら大きくなると言うし、まさかリアさんは私の豊胸に協力してくれているというの?!
「え、じゃあ、メイドさんも――」
「絶対知ってるし、絶対面白がってるよ、あの人」
「~~~~~~!!!」
裸を見られるのはそれほどでもないけれど、こうしてこっそり努力しているところを見られると何とも言えない恥ずかしさがある。
「ま、まぁそうね。そこまで知られているのなら、仕方無く認めてあげましょう」
「なぜに上から?」
ここまで来たからには、サクラさんに正直に明かしてあげましょう。私が気にしていたことをね!
「メイドさんほどじゃないけれど、もう少し胸があれば良いな、とは思うわ。身長だって、あと10㎝は欲しいもの」
「そう? わたしは色々ちみっこいひぃちゃん、可愛いと思うけどな? そのままでいいんじゃない?」
「ありがとう。でも、それとこれとは別で……あっ」
気づきの声を上げた私に、サクラさんがにやりと笑う。
「そう。周りからすればそうでもなくても。本人からしたら、
「……だけど、コトさんは固有スキルのおかげで変えることが出来てしまった?」
「そ。理想の自分になろうとして、結局、一番大切な“理想”そのものを見失っちゃった。……ううん、そもそも理想なんてものも無かったのかも」
何かが違う。どこかが違う。そんな曖昧な気持ちで顔を変えてしまった。
「なんか違うから顔を変えて。そうやって顔を変えて言ったら、今度は体もなんか違うな~ってなって。で、気付いた時にはもう戻れないところまで来ちゃってた、みたいな」
それでおかしくなっちゃったのかも。木が切られてぽっかり空いた青空を見上げて、サクラさんがコトさんの事情を推し量る。
「そうやって可愛いって……理想ってなんだろ~ってなってる所に、ひぃちゃんって言う1つの
火の季節。生ぬるい風がツツの木の葉を揺らし、サクラさんの言葉の最後をさらっていく。最初に気持ちが分かると言っていたように、これまでのサクラさんの言葉にはコトさんへの同情の色が多分に含まれていた気がした。
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