●ちょっと寄り道 (ディフェールル→別荘)

○ウトウトしている時は……

 上空4,000m。雪と氷が張り付く甲板からと扉1枚を隔てた飛空艇の中。暖炉を始め至る所に灯る〈加熱〉が付与された魔石のおかげで、船内はどこにいても温かい。そう言えば、上空にいると空気がどうとかこうとかメイドさんとサクラさんが言っていた。密閉性の高い船を作る短身族の技術と空気を管理する仕組みが使われているのだとか。気圧、高度、酸素……。色んな言葉と仕組みを学んだわ。

 私たちの乗る船『ミュゼア』は1階に談話室。2階に操舵室と豪華な客室。地下1階に小さな客室と、機関室があった。私が寝泊まりするのは2階にある個室。隣にはアイリスさんのための専用客室がある。メイドさん、サクラさん、ポトトは地下の部屋に泊まることになっていた。


 談話室で夕食を済ませて、夜。個室でたった1人の私。部屋の大きさはディフェールルの宿『シャゥググ』と同じくらい。3人と1匹で丁度だったんだもの。私1人で使うには大きすぎる部屋だった。


「寂しいわ……」


 思えば、こうして夜に1人きりなのはかなり久しぶりね。ポルタで窓から落っこちた時以来かしら。あの時に調子に乗ってはダメと学んだはずなのに、なかなか難しい。何度失敗すれば――。

 そこまで考えて私は首を振る。……ダメね。何かをしていないと嫌なことを考えてしまう。ひとまず私は自分の成長を見てみることにする。


「〈ステータス〉」




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.13  職業:死滅神

体力:284/285(+15)  スキルポイント:133/136(+6)

筋力:41(+2)  敏捷:42(+2)  器用:70(+4)

知力:53(+3)  魔力:86(+5)  幸運:14(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉〈調理〉〈掃除〉〈魅了〉〈交渉〉〈スキル適性〉




 リリフォンに入る前と比べると、レベルが4つ上がっている。スキルポイントが30増える職業由来のスキル〈スキル適性〉も嬉しいけれど、〈掃除〉が嬉しいわ。掃除をするときに器用さに補正が入るだけのスキルだけど、イチさんと働いた証である気もするもの。きっとこのスキルを見るたびに、彼のことを思い出すでしょう。

 リリフォンからここまで、私が職業ジョブを果たした回数が2回。奪った命の数は、183。ほとんどはトビウサギやイルガルルね。もちろんその数の中にはケーナさんも含まれているわ。


「ドドギアの時が47。ケーナさんを殺す時に減ったスキルポイントが42、イチさんが1で……」


 スキルを使用した時に減った数値を思い出しながら、手帳に書いていく。この手帳は臨時市場バザーで見つけたもの。金色に縁取りされた深い緑の装丁がお気に入りの、300nで買った物だった。

 〈即死〉で減ったスキルポイントの値は、その人のレベルに等しい。そして、レベルはその人が生きてきた証でもある。


「レベル……。確か、体内に蓄積している魔素の量、だったかしら?」


 手持ち無沙汰だし、知識についても書いておきましょう。別のページを開いて、知識を整理することにする。

 フォルテンシアの全ての物事を司っている魔素。息をしたり、何かを食べたり。そうして体内に蓄積していく魔素の量を表したものが『レベル』だったはず。そして、魔素はスキルを具現化・具象化する媒体。〈ステータス〉のスキルがその人の身体能力を向上させるのも、体内に魔素が蓄積していくからだと聞いたわ。


「だから、レベルが下がることも基本的には無くて……」


 ふかふかのベッドの上に寝転びながら、木と黒い金属、粘土を使った『鉛筆』を使って知識を書き記していく。こうして何かをしていると、気分が紛れて良いわね。なんだか楽しくなってきたわ。

 レベルの他にも、今日習った気圧の話も書いていく。だけど、思い出せない部分も多い。これまで口伝で勉強してきたけれど、記憶の危うさを感じる。


「ニサンカタソ、だったかしら? 殺してきた数は覚えられるのだけど……。興味があるかないか、の違いかしら。それとも馴染みがあるかないか?」

「基本的に、自身の興味があるものの方が記憶に残りやすいとされておりますね。あ、そこは酸素です。『高山病』と言う状態異常も、サクラ様が仰っていましたね。フォルテンシアでは恐らく【状態:病/中】です」

「そうなのね。ありがとうメイドさん。……って、メイドさん?! どうしてここにいるの?!」


 唐突に表れたメイドさんに驚いて、私はベッドを飛び降りる。おかしい。アイリスさんに言われてきちんと部屋の鍵は閉めたはずなのに。


「お嬢様が困っておられるようでしたので♪」


 頬に手を当てて「おいたわしや」とぼやいている。言葉の意味は分からないけれど、良くない言葉な気がするわ。まあでも、唐突なメイドさんはいつものことね。……唐突なメイドさんって何? 自分で言っていて訳が分からない。


「頭が痛くなってきたわ」

「まぁ! それは大変です。やはり気圧の変化でしょうか?」

「……わざとやってるわね?」


 私の問いかけに、メイドさんはいつものように笑顔を浮かべるだけ。絶対、わざとだわ。……だけど。

 メイドさんのおかげで、一気に気分が晴れやかになった。もしかして、私を心配して見に来てくれたのかも。そうだとすると、やっぱりメイドさんには敵わない。まさか暇だったからからかいに来たわけでもないでしょうし、ね。


「それで、本当は何をしに来たの?」

「ああ、それは――」


 やっぱりというか、なんというか。メイドさんはわたしの身体を拭きに来てくれたみたいだった。ベッドが汚れないようにタオルを敷いて、枕に顎を乗せる。


「では、失礼いたします」

「んっ……。ふふっ、くすぐったいわ」


 とろりと滑らかな香草油……オイルの香りに包まれる。こうしているとさっきまでの寂しさが嘘みたい。背中を拭いてくれているメイドさんの柔らかくて温かい手が、冷え切った心と体をほぐしてくれる。


「……私が眠るまで、一緒に居てくれる?」


 気づけば、そんなお願いをしていた。

 ほんの少し。メイドさんが息を飲んだような、良く分からない間があったけれど。


「んふ♪ かしこまりました。今夜は、寝かしませんよ?」


 了承してくれた。むしろかなり乗り気みたいで、私が気を揉む必要も無さそうね。


「いいわ、望むところよ。……それから、ありがとう」


 そこから身体を拭いた後、しばらく勉強を手伝ってもらって。

 気付けば朝になっていた。もう既にメイドさんの姿は無くて、眠る前のことがまるで夢だったみたい。だけど、枕元にあった手帳には私の汚い字とメイドさんのきれいな字が記憶にあるよりもたくさん書かれている。どうやら、眠る直前まで勉強していたようだった。……問題は、それを私がほとんど覚えていないこと。


「眠る前の勉強は、良くないのかも……」


 枕元、手帳の横にあった着替えに袖を通して、私はみんながいるはずの談話室に向かう。部屋を出る時に確認してみると、扉の鍵はきちんと閉まっている。メイドさんの徹底ぶりに、私は呆れを通り越して素直に感心してしまった。

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