○『フォルテンシア』って、何?
ログハウスを間借りすること、3日目。昨日に木の
地上への安全な帰還方法を探す私たち。その手掛かりになりそうなものを、私は昨日のうちに見つけていた。それは、ログハウスの持ち主が残しただろう、とある研究資料だった。
朝。朝食を済ませた私は暖炉の前にあるソファに座って、手に持った研究資料の紙束を見ていく。私がこうして資料を見ている間、リアさんには余っていた布を使った刺繍と洗濯をしてもらっている。
「昨日さらっと見た感じだと、序盤はこの島について調べたことが書いてあったけど……」
この家の持ち主の男性は、研究熱心な召喚者だったみたい。少し違うかしら。研究しないといけないくらい、追い詰められていたのでしょう。なぜなら、男性はサクラさんと同じ……どこの誰とも分からないフォルテンシアの人にチキュウから召喚されて、気付けばこの島に居たみたいだった。
「召喚する人たちは、人の人生をなんだと思っているのかしら……」
召喚の儀がどのような物なのか、私はよく知らない。別荘に居た頃、一度だけ王族であるアイリスさんに聞いた話だと、
『“王”もしくは“女王”になると使えるようになる、特別なスキルだそうですよ?』
と、真っ赤な鍋をかき混ぜながら言っていた。しかも、その他大勢の人が使用できないように口外できない制約があるらしい。アイリスさんは“王女”で、第2王女でもある。アイリスさんが“女王”になるには、両親とお姉さんであるイリアさんが亡くならないといけないから、アイリスさんが召喚の儀の詳細を知るのは何十年も先になるとのことだった。
ただ召喚するだけの行為には、他の危険性もある。
「国が管理しないと、強力なスキルを持った召喚者が野放しになってしまうのよね……」
右も左も分からないまま、このフォルテンシアに放り出される。常識を知らないまま、手元には強力な力がある。そうして力に溺れてしまう人が居るから、外来者なんていう不名誉な呼び方が生まれてしまった。
「そう考えると、召喚者を召喚する人たちにもかなり落ち度がありそうね」
チキュウでの生活を奪われ、こんな何もない浮遊島に召喚される。そんな理不尽に巻き込まれたのが、このログハウスの持ち主――
「でも、最初に〈ステータス〉に気付いたのは凄いわね。チキュウにはステータスが無いと聞いたけれど……」
ひょっとしたら、チキュウにはステータスが無いだけでステータスという概念はあるのかも。サクラさんは知らない様子だったし、限られた人が知っている、とかかしら。
ともかく、楽しみながら研究を進めたからかしら。絵を添えて書かれている資料は、私でも分かりやすいものだった。
「面白いのは、植生についてね。『湖も川も無いのに動物が居る理由は?』なんて。確かに、言われてみると不思議かも」
資料によると、浮遊島はかなりの頻度で雲の中を通る。その時に「水蒸気」という水が木々に付着して、動物たちはその水滴を飲んで生きているらしい。他にも、私たちがあまり足を踏み入れていない南東の方には水が
「でもまさか、肉食動物が居ない理由が殺してしまったから、なんてね……」
肉食動物が居ると、安全が確保できない。そう考えたカイセイさんは、肉食動物を皆殺しにしたみたい。さすがに、空を飛んでくる大型の肉食の鳥なんかはどうしようもなかったみたいだけど、おおよそこの島の安全を確保したみたいだった。
「そう言えば、肉食動物には鳥も居たんだったわ……」
運が悪ければリアさんが出くわしていたかもしれない。そう思うと、ぞっとするわね。
他にも、島が浮いているおかげでデアの光が当たる時間――日照時間が長いから、浮遊島の地面が温められていることも大きいらしいわ。おかげで高所の割には気温が高くて、どうにか動植物が生きられる環境になっているとか。
「食べられるかどうかの情報も書いてあるし。これだけ分かりやすいなら、リアさんでも読み解けるわよね。だったら――」
――もし私が自決してもリアさんは生きられるでしょう。
メイドさんにダメだと言われたのは「メイドさん以外に殺されること」だけ。自決することは、止められていない。
「これも死滅神のお役目のため。フォルテンシアのためだもの」
本当は、今すぐにでも死ぬべきなのでしょう。今こうして生きているのは、まだまだ色々やりたいことがあるからっていう私の我がままでしかなかった。
「さて。別に死にたいわけじゃないし、最期まで足掻かせてもらうわ」
改めて私は研究資料に目を通す。この島に関する研究を終えたカイセイさんが次に目をつけたのは、この惑星――フォルテンシアについてみたい。今日、私はこの項目から読み進めることになっている。
「『フォルテンシアについて』ね。フォルテンシア自体に興味を持つなんて、不毛なことだと思うけれど……」
だってフォルテンシアはフォルテンシアじゃない? チキュウの人は、チキュウとは何か、なんて考えているのかしら。
カイセイさんが興味を持ったのは、スキルと魔素について。絶対的な仕組みである『スキル』。そのスキルを支えている『魔素』。覆しようのないその2つの存在から、カイセイさんはフォルテンシアを『ゲーム』と言うもので表していた。
「ゲーム……。エイ語かしら?」
リビングだったり、ケーキだったり、ソファもそう。ニホン語が基になっている共通語には時折エイ語というニホン以外の言葉が混じっている。サクラさんは「結局、それも日本語だよ」なんて言っていたけれど、聞き馴染みのないものも多い。ゲームもその1つだと思われた。
「ニホンでは、フォルテンシアみたいな世界のことをゲームというのね」
ゲームとは娯楽の1つらしい。空想の世界を舞台に、人が戦ったり、冒険したりするらしいわ。そんな娯楽の世界、作り物の世界に見えるから、召喚者たちはフォルテンシアの命をないがしろにすることが多いのかも。
でも、私たちはこうして生きている。自分で考えて、行動している。作り物ななんかじゃない。
「『 “
そう言えば、セシリアさん……サザナミアヤセもそんなことを言っていたような……。私たちをモブという言葉で表していたように思う。
「それに、職業が、私たちの行動を制限している? でも私は考えて行動して……」
待って、
「なるほど。行動を誘導されているというカイセイさんの考えは合っているわ。それがえぬぴーしーっぽい、というのね」
でもそれはフォルテンシアを存続させるための、フォルテンシアの意思で……。
「じゃあ、フォルテンシアの意思って何? そもそもこの世界……フォルテンシアって、一体――」
私が、カイセイさんと同じ疑問を持った時。強烈な頭痛が私を襲った。そして、脳裏に浮かぶのは私の素体になっただろう誰かの記憶。……頭が、痛い!
目の前に迫る、まばゆい光と金属の箱。これは、電車ね。……電車? どうして私はそれを電車だと知っているの? たくさんの人が通勤・通学に使うもの。続いて浮かぶ、誰かの笑い声。それも複数人だ。寒い。この感じは水浴びに似ている。だけど、それは私が望んでいるものでは無かったはず。さらに思い出すのは……後悔? 身を焼くほどの悔しさに包まれて、私は誰かのために行動して、水をかけられた? だから、凍えているの?
これが一体誰の、何の記憶なのかは分からない。職業衝動に襲われた時にも似ているけれど、それとは違う、もっと生々しいものだ。それこそ自分が体験したみたい。私の素体になった誰かの記憶? それともやっぱり職業衝動関連の何か? 分からない、分からない。フォルテンシアって、何? どういう世界? どうしてチキュウと関係があるの? なんで、どうして、……痛い、痛い! 頭が痛くて――。
「――あっ」
余りの痛みに、私の喉から短い悲鳴が上がったかと思えば。そのまま私は意識を失うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます