○あなたの名前は――

 見えない“何か”を失って、青い空を見上げながら命について考えていた私に、歩み寄る影があった。


『クルゥ……?』

「あ、ごめんなさい。そろそろ行くの?」


 どこか申し訳なさそうに鳴いた赤白羽の母ポトトさんの声で、メイドさん達との話に熱中していたことに気が付く。これ以上失礼が無いように立ち上がって、スカートについた草を払い落とす。

 そうして改めてポトトのご家族に向き直った私を、黒ポトトが怜悧れいりな瞳で見つめてくる。


『ルゥ……。クルルゥ……』

「『娘をよろしく頼む』だそうです」


 黒い羽の父ポトトさんの言葉を、メイドさんが訳してくれた。娘を心配そうに見るご両親と、背後でまだ少し怖がっている弟ポトトの目を見て、私は胸に手を当ててはっきりと告げる。


「任せて。必ずあなた達の娘さんに良い鳥生じんせいを送らせること、死滅神として誓うわ」

『……クルルゥ』


 小さく、短く鳴いて、娘ポトトを残した親子は森に消えて行く。その足取りはゆっくりで、一足先に巣立っていこうとする娘を懸命に送り出そうとしているのだと分かる。


『クックルー!』


 きっとポトト達の挨拶なのでしょう。私たちのそばで元気よく鳴いたポトト。大丈夫だ、とも、またね、とも言っているように聞こえるその声に応えるように。


『『『クックルー……』』』


 3匹……3人分の声が返って来る。そして、


『クックルー!!!』


 白黒ポトトがひときわ強く鳴いたのを最後に、森から声が帰って来ることは無くなった。


『……クルッ!』


 しばらく家族が消えた方向を見ていたポトトだったけれど、気合を込めたように鳴いて私たちを振り返る。その顔はどこか晴れやかで、決意を新たにしたように感じる。彼女ポトトの思いを無駄にするわけにはいかないわ。


「……そうね。それじゃ、私たちもそろそろ行きましょう!」


 私たちも撤収の準備を始める。焚き火を消して、食器と調理器具をまとめて。最後にシートをたたんでメイドさんに渡す。

 メイドさんが〈収納〉する前、念のために衆目が無いかをサクラさんと確認しておく。〈収納〉と言う強力なスキルをメイドさんが持っていることを、なるべく人に知られないためね。


「ひぃちゃん、ポトトちゃんの名前はどうするの?」


 手でひさしを作って周囲を見渡すサクラさんが、ポトトの名前を決めたのか聞いて来る。結局、ポトト以上にしっくりくる名前は私の中に無かった。これまでも、ポトトをポトトと呼んで不都合は無かったし、これからも私はポトトと呼ぶつもりでいる。

 だけど、名前をつけないという選択肢は無いわ。


「そうね。普段はやっぱりポトトって呼ぶけれど、個体名は『ククル』にするわ」


 サクラさんとは別の方向を見ながら、私は考えていた名前を明かす。ところどころに石とドドの木があるだけの草原に、私の声が溶けていく。……人は、居ないわね。


「ククル……ククルちゃん。うん、可愛い! でもなんで?」


 草花を揺らす風に乗って、サクラさんの声が聞こえてくる。名前の由来を聞いているのだろう彼女に、私は指を立てて説明した。


「まずは、ポトトが発音できるから、かしら。本人も、ご家族もね。それにポトト達の挨拶にも音が似ているもの」


 他にも、共通語で『くくる』は1つにまとめるという意味を持つ言葉。もし私たちがバラバラになっても、出会いを運んでくれるポトトなら、また私たちに『再会』を運んで来て1つにしてくれるはず。そんな願いを込めて、私はポトトに名前をつけたかった。

 そんな私の理由に、サクラさんは渋い顔をする。


「……だけど、日本では『首を括る』って慣用句もあった気がするよ? 諦める、とか、自殺するとかって意味だったと思う」

「そうなの?」


 少し不吉な意味合いも含むのね。


「ふふっ。でも、それを聞いて一層、ククルで良いと思えるようになったわ」


 どうして? と、茶色い髪を風に揺らして聞いて来るサクラさん。首を括る。自殺する。死に近い言葉ということ。死を運ぶ私のそばに居る仲間として、そういう意味でも似合っているような気がする。


「どゆこと?」

「内緒よ♪ 秘密は女性のたしなみらしいしね」


 一層眉根を寄せたサクラさんに見張りを任せて、私は鳥車に繋がれているポトトに歩み寄る。私に気付いて嬉しそうに鳴くポトトを撫でてあげてから、


「ポトト。あなたの名前は『ククル』よ。良いかしら?」


 彼女のつぶらな瞳を見上げて、名前をつけてあげる。


『クルゥ?』


 パチパチと瞬きをしたポトト。


『ククルゥ?』

「ククル、よ」


 どうかしら。もちろん、ポトトの気持ち次第。彼女が嫌がるようなら、別の名前を考えるつもりよ。


『ククル…… ククル……! クルッ! クルックー!』


 何度か確認するように鳴いて、嬉しそうに鳴いたポトト。良かった、気に入ってくれたみたい。こうして私たちのポトトの個体名が『ククル』に決まる。まぁ、必要な時以外はポトトと呼ぶつもりなのだけど。


「お嬢様。収納、完了しました」

「ありがとう、メイドさん。それじゃあ改めて、行きましょうか」


 ポトトを鳥車に繋いで、目指すはエルラ。ここから順調に行っても10日以上はかかる。手綱を握って、いざ!


「絶対に、毎日体を清潔にしてみせるわ」

「別にくさいとは言って無いからね、ひぃちゃん? さっきも言ったけど、わたしはひぃちゃんの臭い好きだよ?」


 いいえ、たとえサクラさんが気にしなくとも、私が気にする。


「汗の臭いは努力の臭いですよ。お嬢様にはピッタリです」

「褒められている気がしないのだけど……。あれ、もしかして馬鹿にされてる?」


 メイドさんに聞いてみても、笑顔が帰って来るばかり。どっちなのよ?


『ククルッ♪ ククル♪ クルル♪ クルル♪ ……クル? クルル? ククル?』

「ククルよ、ポトト。行きましょう」


 見知らぬ森から始まった私たちの旅は、4か月をかけてもと居た場所に帰って来たと言っても良い。だけど、私がなぜ森にいいたのか、私が造られた理由を知ることが出来たという意味では、決して無駄じゃなかったと思う。それに、たくさんの経験をして、たくさんの人とも出会えた。


 ――そして、ここからまた、再出発ね。


 サクラさんをチキュウに帰す方法。もう1人居るだろう、前の死滅神フェイさんが造ったホムンクルスの捜索、そして私自身の成長が大まかな旅の目的になって来る。


「お嬢様、覚悟しておいてくださいね?」

「急にどうしたの、メイドさん」

「これからしばらく、野菜を口にする機会はありません。加えて、食料が減ったので買い足すか、狩りをする必要があります」


 ご飯が、無い、ですって……?


「それは、由々しき事態ね」

「狩りなら任せて、ひぃちゃん。もう2度と失敗しないから。ね、ククルちゃん!」

『クックルー!』


 こんな調子で、私たちは“時と芸術の町”エルラへ向かう。一体どんな町で、どんな人と出会えるのかしら。他にも、その町ならではの料理もあるかも。道中の食料については……そうね。きっと、何とかなるわ。

 一抹いちまつの不安と新しい出会いへの期待を胸に、私たちは鳥車を走らせる――。

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