○それ以上は立ち入り禁止

 長いようで短かった迷宮探索を終わった。どれくらい短かったかと言うと、


「待ってっ! 急にどうしたの……んむっ?!」


 傷を癒しながら“リアさん当番”をしていたハゥトゥさんが、リアさんの洗礼を受ける前に帰って来られたくらい。時間にすると、ほんの数分という時間だった。


「あ、リアさん! ストップ、ストップ! ステイ~!」


 私の隣を歩いていたサクラさんが鳥車へと駆けて行く。リアさんに押し倒された姿勢から起き上がったハゥトゥさんも、そこでようやく私たちの帰還に気付く。

 もう帰って来たのかと驚いたような顔をしたけれど、すぐにハゥトゥさんの視線が何かを探し始める。そして、その視線はある1点で止まる。そこにはショウマさんに抱えられたサラサラした黒髪の少年――ユートさんと、ユートさんの手に握りしめられた金色の首飾りがあった。


「すまない……」


 気を失っているもののまだ息があるユートさんをハゥトゥさんに渡しながら、ショウマさんが悔しそうに唇を噛みしめる。ユートさんが握っていた首飾りは、リィリさんの亡骸と思われる死体が身に着けていた首飾りと同じものだった。きっとリィリさんとユートさん特別な関係だったのね。

 ショウマさんの言葉と表情で、冒険者業をしているハゥトゥさんもすぐに事態を察したみたい。


「……そっか。だけどユートが助かって、良かったわ。ありがとう」


 張り付けたような笑顔で、ハゥトゥさんがどうにか言葉を絞り出す。何か、どうしようもない感情を堪えているように見える彼女に寄り添いたいのだけど、とある事情で私の両手は塞がっている。それでもそばに居てあげたい。そう思って一歩踏み出した私を、ショウマさんが片手で引き留める。


「行こう、スカーレットちゃん」

「でも、ショウマさん。ハゥトゥさんが――」

「行くんだ。……ハゥトゥさん。これ、ポーションだ。ユートに使ってあげてくれ」


 俯いたままのハゥトゥさんの足元に、ショウマさんがポーションを置く。……1人にしてあげた方が良いってこと? まぁ、言われてみればそうね。泣いているところなんて、誰にも見せたくないものね。

 肩を震わせながらユートさんを抱き抱えるハゥトゥさんの姿を見た後、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。


「放って来てしまって、本当に良かったのかしら?」


 歩きながら、高い位置にあるショウマさんの端正な顔に問いかける。


「良かったんだ。君はあんなもの、見なくて良い。知らなくて良い」

「心配してくれているの? でも大丈夫よ。私も冒険者業をしているもの。ああいうことがあることは知っているし、覚悟はしているつもりだわ」


 妹さんを重ねて、私に過保護に接してくるショウマさんにため息をつく。だけど。


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど、まぁ、それで良いか」

「……?」


 さっきまでのやるせない顔から一転、笑顔になったショウマさんが、鎧をした手で私の黒い髪を撫でてくる。両手が塞がっている私は抵抗するすべもなく、大きな手にされるがままになるのだった。




 その後、鳥車に乗り込んだ私たちはファウラルを目指す旅を再開する。ショウマさん達は馬車で来ていたから、先にファウラルに帰ってもらっている。鳥車ののんびりとした旅に付き合わせるのも悪いしね。

 そんなわけで、私は鳥車の荷台に座って上機嫌に鼻歌を歌っていた。


「ふん、ふふふん、ふんふんふん♪」

「ご機嫌だね、ひぃちゃん?」

「ふふん、そりゃあそうよ。だって……」


 言いながら、私は自分の膝の上にあるメイドさんの可愛らしい寝顔を堪能する。そう。さっきまで私の両手が塞がっていたのは、未だに目を覚まさないメイドさんを抱えて運んでいたからだった。意識を失った人を運ぶのって結構疲れるのね。毎度、私がうたた寝したり倒れたりするたびに優しく運んでくれていたメイドさんには感謝しかないわ。……まぁ、それはそれとして。


「メイドさんの寝顔なんてそうそうみられないもの。こうして髪を撫でさせてくれることなんて、絶対にない」


 指通りの良い白金色の髪をきながら、メイドさんの寝顔を間近で堪能する。普通なら、こうして近づくだけでメイドさんは目を覚ましてしまう。その後に待っているのはもちろん、お説教だ。自分は私が寝ている間に好き勝手しているくせに、私にはそれを許さないなんて不公平だと常々思っていたの。


「こんな機会、滅多に無いもの。どうしてやろうかしら?」

「悪趣味だよ、ひぃちゃん? ……わたしもだけどっ。うわ、髪さらっさら! どんなケアしたらこうなるの?!」

「んん……ぅ……」


 私の膝枕の上、髪を撫でるとくすぐったそうに身をよじりながら身体を丸くしたメイドさんは幼く見えて、すごく可愛い。


「疲れが溜まってたのかもね。篠塚しのづか君が居たときは絶対に寝なかったし」


 迷宮の中では24時間以上を過ごした私たち。その間、メイドさんは一切睡眠を取らずに私とサクラさん、ポトトの面倒を見てくれていた。言われてみれば、お化粧で少しごまかしているけれど目の下には少しクマがある。ほんと、放っておいたらすぐに無茶をするんだもの。……無茶をさせているのは私なのだけど。


「……迷宮、大変だったわね」

「そうだね~。結局、迷宮は『不思議空間』って感じだったなぁ」


 ショウマさんが言っていたように、私たちが目覚めたとき、そこは奥行きのない小さな洞穴ほらあなの中だった。周囲には迷い込んでいたと思われるネズミやウサギなんかの小動物が居て、その多くが死んでしまっていた。

 もちろん生きていた動物も居たのでしょうけれど、私たちが目覚めるより早く逃げ出したと見るべきね。私がこの目で確認した生き物は、地中に穴を掘って暮らす『アナネズミ』の親子と、毛並みの悪い野良キャルだけだった。

 じゃあ生き残った動物たちが何を食べていたのかと言えば、もちろん他の生物と、死体だ。


「さすがに、あの状態のリィリさんは見せられないわよね」

「うん。狩りには慣れたと思ってたけど、さすがに人の死体はきっつかった。……やば、思い出したらまた」

「リアさん、鳥車を停めて!」


 ぼーっと手綱を握って御者をしていたリアさんだけど、すぐにポトトに指示を出して鳥車を停める。荷台から飛び出したサクラさんは近くの草むらに駆け込んでいくのだった。

 青い顔で戻ってきたサクラさんに水の入ったコップを渡して、ちょうどいい時機だし少し休憩を取ることにする。普段はこの辺りの判断をメイドさんがしてくれているのだけど、彼女はまだ目を覚まさない。ここは年長者である私がきちんとしないと。リアさんとポトトにも水を飲んでもらって、いつものようにお茶会をしよう……って、メイドさんが眠っているからダメね。

 手持ち無沙汰だし、さっきのショウマさんの「それで良いか」という言葉も気になる私は、勘が良いサクラさんに気になっていたことを聞くことにした。


「そう言えば、どうしてユートさんは徒党の女性と同じものを身に着けていたのかしら?」

「ん? そうだったの? リィリさんの遺品だった首輪がお揃いだったのは見たけど」


 ユートさんの徒党は4人だった。ユートさん以外は全員女性で、ハゥトゥさん、リィリさん、そして、金属の蛇にひき殺されてしまったミリアさん。

 サクラさんは確認していないでしょうけれど、腐敗したミリアさんと思われる死体がしていた指輪。リィリさんの死体が身に着けていた首輪。そして、ハゥトゥさんは腕輪と、それぞれの女性が身に着けていた小物と同じものをユートさんは身に着けていた。


「仲間としての証? それとも特別な関係である証なのかしら? でもだとすると、3人とも特別な関係だったということになるの。これって、どういうこと?」

「うん、ひぃちゃん、ストップ。多分、それ以上は立ち入り禁止かも」

「それにね、聞いてサクラさん――」


 そう、落ち込んでいるように見えたハゥトゥさんが気になって振り返った私は見たのだ。ユートさんを抱えながら、必死で笑いをこらえているハゥトゥさんの姿を、ね。


「――ハゥトゥさん、仲間を失ったのに、笑っていたの。どうしてかしら?」

「はい、この話お終い! 絶対にそれ以上進むと沼だから! 底なしの、どろっどろの沼だから!」


 ぶんぶんと手を振ったサクラさんが、強引にこの話題を打ち切る。結局、サクラさんも、ショウマさんも。はっきりとした答えを示してくれないままこの話は終わってしまった。なにかしら、このもやもやした感じ。まるで何もかもが理解不能な迷宮の中に居るみたい。


「あっ! なるほど、これがチキュウで言うところの『迷宮入り』ね、サクラさん!」

「うん、事情を知らないひぃちゃん的には合ってる。合ってるけどそのドヤ顔、やめて。なんか腹立つ」

「んぅぅ……。……んふっ」


 サクラさんと話していると、私の膝の上で寝息を立てるメイドさんがどこか楽しそうに笑う。一体どんな夢を見ているのかしら。せめて夢の中くらい、フォルテンシアでの役割はひとまず置いておいて、肩肘かたひじ張らずに笑っていて欲しい。


 ――その楽しそうな夢の中に私が居たら、最高なのだけど。


 幸せそうに笑う私の可愛い可愛い従者メイドさん。いつも主人のために駆けまわってくれている一途で頑張り屋さんな彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

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