○優しい味ね

 目が覚める時の、ぼんやりとした心地よいまどろみ。鼻腔をくすぐるのは、花のような甘い香り。……このにおいは、サクラさん?


「ぅ……。ふわぁ……むにゅぅ……」


 寝起き特有の肌寒さに身を震わせる私は、近くにある柔らかくて温かな抱き枕サクラさんを抱き締める。と、そんな私の行動で目を覚ましたのか、


「ん……。うん? ひぃちゃん?!」


 私を呼ぶサクラさんの声が聞こえる。まだもう少しだけ眠っていたいし、今は……。


「サクラ、さん。あと、1時間、だけ――んにゅ?!」


 唐突に抱き枕ことサクラさんに抱き締め返されて、息が出来なくなる。なんだかつい最近、同じようなことがあったような気もするけれど。


「良かったぁ! 良かったよぉ~……」

ふぁふふぁふぁんさくらさんふふふぃふぃふぁくるしいわ……」


 私を強く抱いたまま、サクラさんが涙声で言っている。……何があったの? 少し考えて、そう言えば眠る前に熊に襲われたことを思い出す。ずっと別荘に引きこもっていたせいで、ここが魔物や危険な動物がいる森の中だということを完全に失念していた。そんな森で大きな声なんか出したら動物たちを刺激することくらい、分かるはずなのに。……メイドさんへのサプライズが成功して、浮かれていたのね。

 反省する私の頭上で、弓引きらしくサクラさんが矢継ぎ早に言葉を続ける。


「ひぃちゃん無事?! 痛いとこ無い?! 息できてる?! ぐすっ、ごめんね、わたしのせいで~!」


 その後も、何度も謝罪の言葉を口にしながらサクラさんは泣きじゃくる。たくさん心配をかけてしまったことが、私を抱く腕の力から伝わってくる。抱き締められて話せない私は代わりに、サクラさんの背中を優しく叩いて大丈夫であることを伝える。


 ――私は大丈夫。大丈夫だから、泣かないで。


 いつかサクラさんにそうしてもらったように。私も、まだまだ子供なサクラさんをあやしてあげる。だって私がお姉ちゃんだもの。……まったく、手のかかる妹なんだから。




 どうやら今は、お昼だったみたい。2日近く寝込んでいたらしくって、今日は12月の29日の昼過ぎ。サクラさんの心配のしようにも頷けた。

 目元を腫らしたサクラさんと連れ立ってリビングへ下りると、メイドさんとアイリスさんが待っていた。2人の案内に従ってダイニングのテーブルに座らされた私は、


「で、お嬢様? サクラ様から聞きましたが、どうして迂闊うかつな真似をしたのですか?」

「そうですよ、スカーレットちゃん! 採集依頼でも狩猟依頼でも。視界の効かない場所では慎重に行動するようにさんざん言いましたよね?」


 メイドさんとアイリスさんに見下ろされて、説教されていた。口調は柔らかいけれど、言葉の端々には怒りや呆れがにじんでいる。当然と言えば当然だし、怒られる行動をしたのも私だけど。……少しは心配してくれてもいいじゃない!


「だ、だけど! ちゃんとヘズデッグには対処した――」

「「はい?」」

「ご、ごめんなさい……」


 反論しようとした私を、笑顔でにらむ2人。目に見えない圧力に屈して、私としては謝ることしかできない。腕を組んだまま私を見下ろすメイドさんたちの機嫌と様子をちらちら伺うこと少し。


「はぁ……。お説教はここまでにして、今はご飯にいたしましょう」

「そうですね。スカーレットちゃんはそこに座っていてください。今、お昼に食べたスープを温め直します」

「いいえ、アイリス様。今回はわたくしが体に優しいものを作り直します。昼食の残りは手を加えて夕食に――」

「わ、わたしも手伝います!」


 ワイワイとキッチンに消えて行くメイドさん、アイリスさん、サクラさん。私はポツンと1人、テーブルに残される。と、足元に近寄って来る影がある。


「私をなぐさめてくれるのはあなただけね、ポトト」

『クルッ!』


 嬉しそうに鳴いたポトトを抱き上げて、膝に乗せる。首や背中を撫でながら考えるのは、これからのこと。新年が開ければ、飛空艇『ミュゼア』が迎えに来るはず。乗り込んだ後、どこに向かおうかしら。

 現状、私がすべきこと、したいことは3つ。指折り数えてみる。


「フォルテンシアを回って、世界を知ること。サクラさんがチキュウに帰る方法を探すこと。それから、もう1人居る姉妹を探すこと」


 フォルテンシア全土を巡るのは前任の死滅神の軌跡をたどるためでもあるわね。彼を超えることが死滅神としての私の目標であり、多分、成すべきこと。

 サクラさんがチキュウに帰る方法は、正直あるかどうかも分からない。だけどあると信じて探すの。サクラさんの友人として、私がしたいこと。

 そして最後が、同じホムンクルスとして、姉妹を探すこと。こちらも正直、生きているのか分からないけれど。

 こうして整理してみたけど、やっぱり旅を続けて各地を回ることがどの目標に対しても近道になりそう。私自身も旅は好きだしね。じっとして居ると、身体がうずうずしてしまう。


「次はどこに行こうかしら?」


 向かう先で誰に出会うのかも楽しみ。他の4大神に会ってみたいかも。特に私と縁が深いはずの生誕神とかね。他にも死滅神関連の職業ジョブ持ちにも会ってみたいわ。 “死滅神の従者”は、何もメイドさんだけではないはずだし。やりたいことがたくさん浮かんで、頬が緩んでしまう。


「お嬢様、ひとまずおかゆを……楽しそうですね。どうかされましたか?」

「メイドさん、生きるって難しいけれど、とっても楽しいわね!」

「……そう、ですね」


 私の言葉に少しだけ困ったような顔をしたメイドさんだけど、かろうじて同意してくれる。彼女からすればご主人様が居ない今の世界で“生きる”ことは難しいのでしょう。だけど、いつか私がメイドさんの中のご主人様を超えた時、私こそが彼女の生きる理由になれるんじゃないかしら。

 見てなさい、メイドさん。必ずあなたの信頼を勝ち取って、あなたの生きる意味になってみせるわ。


「おかゆ、ありがとう。――頂きます!」

「はい♪ 美味しさは、保証いたします♪」

「ポトトも一緒に食べましょう? おかゆなら、大丈夫よね?」

『クルッ♪』


 メイドさんに見守られながら、私とポトトは一緒におかゆを頂く。


「きちんと冷ましてから食べてくださいねー!」

「あ、ひぃちゃん待って! わたしも一緒に食べる!」


 そんな声に包まれながら食べるおかゆは、とっても優しい味がした。

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