○明けまして――
突然だけど、私たちは窮地に立たされていた。もう既にポトトは戦力外。ぐったりと地べたに身を横たえている。私もメイドさんの膝枕の上で気を失ったり、起きたりを繰り返している。
アイリスさんは、ダメね。サクラさんの肩を借りてどうにか倒れずに済んでいるけれど、とっくに気を失っている。一方、肩を貸しているサクラさんはまだまだ余裕そう。なんてことを考えていたら、また気を失いそうになる。
「お嬢様、よだれが垂れていらっしゃいます♪」
「んぁ?! ごめんなさい、メイドさん……」
前掛けのポケットからハンカチを取り出して、ソファの上で横になる私の顔をぬぐうメイドさん。彼女のおかげでどうにか意識を保っているけれど、暖炉で薪が爆ぜる音と押し寄せる温かさ私を眠りへと誘う。
「んぅ……。メイドさん、あと、どれくらいかしら?」
膝枕をされながらメイドさんを見上げて、息も絶え絶えに聞いてみると、
「ササココ大陸時刻であと2分ほど、でしょうか」
絶望的な数字が返ってくる。てっきりあと数秒ほどだと思ったのに。もう、限界。
「そん、な……すぅ……すぅ」
「ひぃちゃん! 寝たら死んじゃうよ、わたしが!」
アイリスさんに肩を貸すサクラさんが叫ぶ。……サクラさんが死んでしまう? それは困るわ。
「むぅ……。あと、少しだけ……」
「そう、その意気だよ! あ、ほら、あと1分!」
リビングにある時を刻む道具――時計を見ながらサクラさんが私を励ましてくれる。今日は12月の30日。1年で最後の日の、最後の時間。そう、私たちは『カウントダウン』と言うものに挑戦していた。
「今更だけど、1日を24分割した時間を1時間、1時間を60分割した時間を1分、1分を60分割した時間を1秒と言うわ」
「どうしよう、メイドさん! 限界を超え過ぎて、ひぃちゃんが変なこと言ってます!」
「んふ♪ ですが言っていることは正しいので、脳機能に問題ありません」
ぼうっとする頭で時間について考えていた、その時。
「おっと。お嬢様、――来ますよ?」
「来た来た~! 10、9、8、7……」
ようやく始まったサクラさんによるカウントダウン。新年を迎えるにあたり、チキュウでは若者を中心に大人気だと言うけれど。
「ひぃちゃん、頑張って! ほら……3、2、1」
ぜろ。……ああ、これで、これでようやく。
「明けましておめでとう! って、ひぃちゃん?!」
「おやすみなさい……。すぅ……すぅ……」
カウントダウンと言う難敵を打ち倒した私は、抗うことなく眠気に身をゆだねる。
「サクラ様、新年あけましておめでとうございます」
「はい、あけましておめでとうございます。あはは、ひぃちゃんにもアイリスさんにも無理させちゃいましたね……」
「お2人とも自ら進んで挑まれたので、問題は無いかと。……お嬢様、初日の出もありますし、寝室に向かいましょうね」
「じゃあ、わたしも。アイリスさ~ん。ここで寝ちゃうと風邪ひきますよ~?」
メイドさんとサクラさんのそんな会話を最後に、私の意識は完全に途絶えた。そして――。
明朝。いつかのように、いつの間にか着替えを済ませていた私は、別荘の三角屋根に腰掛けていた。手にしているマグカップの中には黄色くて温かいピーラの実のスープに硬いパンを浮かべたものが入っていて、おいしそうな湯気を立てている。
ふー、ふーとスープを冷ましていると、隣に腰掛けていたアイリスさんが私の背中に手を添えてきた。
「いいですか、スカーレットちゃん。絶対に体を反らさないでくださいね」
「心配しなくても大丈夫よ、アイリスさん。私もそこまで馬鹿じゃないわ。……だからサクラさんもそんなに私に引っ付かなくて大丈夫よ?」
「ごめんね、こういう時だけはひぃちゃんの言うこと、信用しないって決めてるの」
私たちが不安定な屋根の上に居る理由はもちろん、初日の出を見るため。下に居るとヘゼルの木が邪魔で見えないから、
それにしても、2人は心配し過ぎね。ヘズデッグのことがあったからというのもあるのでしょうけど、いくら何でも過保護だわ。私の成長にも良くないはず。と、
「まずは信用を獲得するところからですね、お嬢様。こちら、ポトトです」
「むぅ……。だけど、あなたの言う通りね、メイドさん」
不意にメイドさんが現れる。その手には寝ぼけまなこのポトトが居て、私に手渡してくる。梯子を使わずに屋根に登っていること、細い三角屋根の頂点にピンと立っていること。そのどれについても、私は考えることを止めていた。
お礼を言いながらポトトを受け取って膝に乗せ、私は東の山の
昨年は夢みたいにたくさんのことがあった。色んな人に会って、別れて、だけど
「今年はどんな年になるのかしら?」
昨日と今日。迎える朝は同じなのに年をまたいだだけで、なんだか新鮮な気持ちになる。
「そう言えばフォルテンシアには
サクラさんがそんなことを聞いて来る。なんでもチキュウには12年周期でその年を代表する動物が居るのだとか。残念ながらフォルテンシアに干支は無いけれど、似たようなものならある。
「昨年が破壊の年で、今年は創造の年。フォルテンシアでは4大神がそれぞれの年を代表するわね。その年にその神に会えたら、『幸運』の値が上がると言われているわ」
「へぇ~。じゃあ死滅神の、ひぃちゃんの年もあるんだ?」
「ええ。私が生きていれば来年ね」
「大丈夫! ……わたしがひぃちゃんを守ってあげるもん」
そう笑ってくれるサクラさんの頼もしさと言ったら、これ以上ないんじゃないかしら。
「まぁ、サクラ様。そのお役目は
「じゃあ私が、そんな皆さんをサポートしますね」
頼もしい友人たちから温かさを分けてもらっていると、暗闇に包まれていた世界が色づき始める。
『クックルー!!!』
いつの間にか目を覚ましていたポトトが元気一杯に鳴いて、朝を告げる。……夜明けね。
心持ち新たに、私はポトト、メイドさん、アイリスさん、サクラさんを順に見て、言う。
「その……、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ。こう見えても、まだまだ私は出来ないことが多いの」
マグカップを抱えて言った、そんな私のお願いに、
『クックルー!』「知っております♪」「知っています!」「知ってるよ!」
朝焼けの中、それぞれが笑って応えてくれる。
「むしろどう見たらお嬢様が“出来る”ように見えるのですか? 調子に乗らないでください」
「め、メイドさん! わたしも同意ですけど、さすがに言い方……」
メイドさんとサクラさんの言いようにさすがの私も怒り心頭だわ。2人に物申そうと体勢を変えようとして、ここが不安定な屋根の上だと気づいた。だけど、その時にはもう遅い。屋根の頂点からお尻がずり落ちる。
「あっ――」
『クルッ?!』
そのまま私の膝の上に居たポトトと一緒に屋根を滑って落ちる未来を幻視したその時。
「おっとと」
アイリスさんが私の体を支えて万事、ことなきを得た。メイドさんとサクラさんからの「ほら」と言う何とも言えない表情が非常にむずがゆい。
顔が熱くなる私に対してただ1人、アイリスさんだけが聖女のような優しい笑顔をくれた。
「うふふ! 今年もよろしくね、スカーレットちゃん」
「……。……ええ、よろしくお願いするわ」
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