○魔法って便利だわ

 食材があると言って包丁を手に、引きずっていたポトトの前に立ったメイドさん。


「待って。一応聞くけれど、その子をどうするつもり?」

「この雌鶏めんどりは若いので、味も悪くないはずです。なので丸焼きにしようと思っていました。お嫌ですか?」

「いえ、調理法を聞いているのではなくて……」


 その時、折り良く……この場合、折り悪くかしら。ポトトが目を覚ましてしまった。目をしばたたかせた後、すぐに己の窮地を察した様子。つぶらな瞳がうるみ始める。


「お嬢様のせいで余計なストレスが食材に……。すぐに楽にして差し上げますね♪」

『ク、クルルルゥ……』


 メイドさんの笑顔の前に、ただ怯えることしかできないポトト。その姿がイチマツゴウに好き勝手されていた私と被る。


「やめて。その子は移動用として使うつもりなの」


 人1人を殺しておいて人では無い鳥を助ける。なんて傲慢なのかしら。それでも、だからこそ。“命”を管理するものとして、1つ1つの命には真摯に向き合わなければならないはずよ。……恐らく、だけれど。


「そうだったのですか? ですが町に行けばいくらでも代わりが――」

「私はその子が良いの。メイドさん。あなたが私を主人としてくれるなら、私の想いを汲んで欲しいわね」


 もっと上手な言い訳があるのかもしれない。けれど、今の私のステータスと人生経験なら、その両方とも私の上を行くメイドさんに駄々をこねることしかできない。それこそ、子供のようにね。

 しばらくその翡翠の瞳で私の深紅の瞳を見つめていたメイドさん。目を逸らしてはいけない気がして、私も赤い瞳で見つめ返す。


『ク、クルゥ……』


 こ、殺さないで。そんな風にポトトが泣いて、鳴いた。


「……残念ですが、かしこまりました。では、用意しておいた別の食材を使用します」

「良かった……。って、他に食材あるんじゃない!」

「んふ♪ 怒ったお嬢様も素敵です」


 わざわざ、少なからず親交のあるポトトを調理しようとしたあたり。このメイド、本当に意地が悪いわ。半眼で視線を送る私をよそに、彼女は〈収納〉から新鮮な野菜を中心に食材を取り出して調理を始める。白い手袋を外した傷1つないその綺麗な手で、円形に並べた石の中心に乾いた薪を組み上げ――。


「【ブェナ】」


 彼女が唱えると、薪の近くに火が出現した。


「魔法ね」

「はい。スキルとはまた異なる、人の意思によって発現する世界の仕組みです」


 フォルテンシアの人々に役割があるように。そして、スキルが世界の仕組みとして現象に現れるように。魔法もまた、意味を持った言葉を理解して想像し、唱えることで発現する世界の仕組みだった。新暦に入ってから100年ほど。各地にあった伝承に興味を持って研究した召喚者によってもたらされた、比較的新しい技術ね。


「メイドさんが嫌いな召喚者たちの力と言ってもいいのかしら?」

しゃくですが、わたくしの一存でレティお嬢様の利便性を無視するわけにはいきません」


 何度か【ヴェナ】を試して火が薪に移ったことを確認して、メイドさんは三股に分かれた金具を取り出す。地面と三角形を描く形で置かれたその頂点にメイドさんは湾曲した金具を吊るした。


「それは何に使うの?」

「これは……こうやってお鍋を吊るすために使います」


 金具の先、焚火から10㎝ぐらいの場所に黒い鍋が来るように調節している。


「【ウィル】」


 メイドさんの声で、今度は鍋に水が溜まる。魔法は本当に便利で不思議ね。召喚者たちに言わせればスキルも相当に不可解なものらしいけれど。

 地面につかないよう慎重に野菜を取り出したメイドさん。芋や根菜を鍋に放り投げたかと思うと、いつの間にか手にしていたナイフを振るった。またたく間に一口大に切り刻まれた野菜たちが鍋に沈んでいく。


「皮むきなんかの下処理は良かったの?」

「ご安心ください。水洗いなどは〈収納〉時に済ませてあります。スキルも使って処理しているので、皮はあえて残し、うまみを引き出すために使います」


 その後、簡単な味付けと香辛料を加えて煮込む。


「良い匂い……」

「10分ほど煮込めば完成です。もうしばらくお待ちくださいね、お嬢様♪」

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