○絶対に、まけられない戦いね!

 全身を巡る血の感覚で意識を取り戻す。決して、忘れていたわけじゃない。ただ、目まぐるしく変わる状況に対応することだけに意識が向いていただけ。殺すことしか出来ない私だもの。大切なものを守るためには、他の人以上に必死になるしかなかった。


 ――でも、それももう、終わり……。


 フォルテンシアの敵を……。ソトトソさんを殺さないと。耳の奥で何度も何度も響く自分の拍動を目覚ましにして、私はゆっくりとまぶたを開いた。


「んんぅ……?」

「おはようございます、お嬢様」


 メイドさんの膝の上で、目を覚ます。挨拶もそこそこに身を起こした私に、手早くメイドさんが状況を説明してくれる。


「現在、わたくしたちが居る場所はウーラの町にある生誕神様の神殿です。こちらにいらした“生誕神の聖女”ココ様にお嬢様とユリュを治療して頂きました。また、外来者一行は拘束した状態で、駆けつけたトィーラ達に根源の方舟はこぶねへと運んで頂きました」


 職業衝動のおかげで寝ぼけることもなく、私は落ち着いて、メイドさんの説明を噛み砕く。

 まず安堵したのは、ユリュさんの容体ね。フォルテンシアでも随一の治癒スキルを持つ聖女の名を冠する人が近くに居て、良かったわ。メイドさんの口ぶりからして、命は助かったと見て良いでしょう。そして、マユズミヒロト達も無事、と。


「そう。ということは、少なくとも全員、無事なのね?」


 華美ではない、洗練された美しさを持つ生誕神の神殿。そこに並んだ長椅子に腰掛けて、私は今回の騒動での死者がいないことを確認する。


「……はい」

「不服そうね?」

「当然です。お嬢様を傷つけ、ご主人様を殺した奴らです。今すぐにでも、死をもって償うべきでしょう」


 険しい顔で、マユズミヒロト達の死を望むメイドさん。出来れば、従者である彼女の願いを叶えてあげたい。メイドさんの無念を、恨みを、私が代行してあげたい。けれど……。


「でも、ごめんなさい、メイドさん。マユズミヒロトは、フォルテンシアの敵ではないの」


 ここはフィーアさんが治めるウーラの町で、フィーアさんというルールがある。彼女の許可を得ずに殺すことも出来なくはないけれど、それだと私はただの人殺しでしかなくなってしまう。

 いつだったか、サクラさんが言ってくれた。私の役割は、ただ人を殺すことじゃない。フォルテンシアの敵を殺すことだって。だから、少なくとも現状、私はマユズミヒロトを殺せない。殺さない。それが例え、最愛のメイドさんの願いだったとしても。


「……理解は、しております。なので、早く生誕神様のもとへと参りましょう。生誕神様の裁きを、聞き届けなければ」


 長椅子から立ち上がって、白い手袋に包まれた手を私に差し出してくるメイドさん。もし、フィーアさんが何らかの理由でマユズミヒロトを許すようなことがあれば、恐らく、では無くて絶対に。メイドさんは異議申し立てをする。もちろん私も、少なくともフェイさん1人を殺したマユズミヒロトには何らかの処罰が必要だという意見には賛成だ。死を持って償いとするべきかについては、慎重に考えなければならないけれど。

 それとは別に、フィーアさんのところには今、ソトトソさんが居る。彼女を殺すことは変わらないから、どちらにせよ根源の方舟はこぶね……フィーアさんが住む巨大な木の上まで行かなければならない。


「ええ、そうね」


 私は、メイドさんの手を取って立ち上がる。今回は、メイドさんだけを連れて行きましょう。フィーアさんと会った後の副作用もそうだけれど、最悪、交戦することにもなるかもしれない。その時に、サクラさん達を巻き込むわけにはいかないものね。


「さて。それじゃあ、行きましょうか」


 神殿を出ると、外で待ってくれていたらしい1羽のトィーラが居た。彼の背に乗って、私たちはフィーアさんが待つはるか上空へと飛び立つ。その、道中で、聞きそびれていたことを聞いておくことにした。


「サクラさん達は、今どこに?」


 身体を密着させているメイドさんに、神殿に居なかった面々の所在を訪ねてみる。


「ご存じの通り、宿はマユズミヒロト達によって破壊されました。また、魔法使いソトトソ様が使用した魔法によって、建物のいくつかも損傷しています」


 ソトトソさんが使った魔法と言うと、あれね。角耳族の少女クロエさんが蹴り出した私にとどめを刺そうとした、爆発を引き起こす魔法。


「また、わたくしたちも知らないマユズミヒロトの仲間が居るかもしれません。なので、ハザリム様という、農家の方の家に隠れてもらっています」


 マユズミヒロト達の情報を色々教えてくれた人物も、そのハザリムさんという人らしいわ。治療を終えたもののまだ目を覚まさないユリュさんの看病も兼ねて、サクラさん達はハザリムさんの家に居候いそうろうをしているらしかった。


 ――とりあえず、みんな無事で何よりだわ。


 主に死滅神わたしという存在のせいでもあるのだけど、結構な騒動だったように思う。だけど、人的被害も無くて、建物が壊れただけ。ふぅ、と、小さく息を吐いてから、私はとある疑念に思い至る。


「……うん?」


 この場合、例えば壊れた建物なんかの修繕しゅうぜん費用って、私たちが持つことになるのかしら? それとも、マユズミヒロトたち? そんな責任の所在もそうだけれど、気になるのはすっかり元気になってしまっている私の身体の方ね。ステータスを確認しても、あらゆる『状態』がきれいさっぱり無くなっている。


 ――多分、メイドさんが一応の従者として、最大限の治療をほどこすように言ってくれたのでしょうけれど……。


 なんだかんだ言っても、メイドさんは過保護だ。あれだけケンカしているユリュさんにだって、必ず助けさせると言ったくらいには、身内に優しい。でも、その優しさは、やっぱり少しやりすぎで……。


「ねぇ、メイドさん。その……、おいくらだったのかしら?」


 全身傷だらけで、相当『体力』が減っていただろう私。そして、間違いなく瀕死ひんしだったユリュさん。それぞれの治療に、いくらかかったのか。恐る恐る聞いた私に、メイドさんは、それはもういい笑顔を向けてくる。


「『怪我/大』の〈治癒〉。怪我をした内臓の〈修復〉。外傷の〈修復〉。治療のための〈麻痺〉。ユリュがおよそ560,000nで……」

「おぉふ……」


 560,000nともなると、特注で最高級品の鳥車を買えるくらいの値段……。いいえ、ユリュさんの命には代えられないわよね。続いて明かされるのは私の治療費ね。


「『怪我/中』の〈治癒〉。外傷の〈修復〉。痛み止めの〈麻痺〉。加えてお嬢様には〈賦活ふかつ〉……気力や体力を増強させるスキルも使用して頂いたので、およそ260,000n。計820,000nほど、治療費がかかっております♪ 後ほど、領収書をお渡ししますね♪」

「は、はちじゅうにまんえぬ……?!」


 これまでの私の人生の中で、ダントツに高い値段。飛空艇を借りる時に1,000,000nの話をしたことはあったけれど、結局は諦めて、払うことは無かった。だけど、今回はもう払ってしまっている。そして、そんな金額を私が稼ぐのに、果たして何年かかることになるのかしら。


「メイドさん」

「はい、どうされましたか?」

「少なくとも治療費は、マユズミヒロト達からぶんどりましょうね」

「んふ♪ それだけではなくタマも取れれば、わたくしとしては上々で――」

「そこは、冷静に行きましょう」


 少しだけ言葉遣いを荒くしながら、私たちは樹上を目指す。1nもまけられない裁判が、そこにはあった。

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