○起きて、私の騎士様!

 彼の手元には、たった1本のナイフしか残っていない。怯えるように黒い瞳を揺らしながら、私を見上げるマユズミヒロト。彼を見下ろしながら、私は聞きたかったことを聞いてみることにした。


「ねぇ。どうしてフェイさんを殺したの?」


 マユズミヒロトが掲げる正義は何なのか。彼は、何を思ってフェイさんを殺したのか。尋ねる私に、マユズミヒロトはほんの少しだけ考えるような間をおいて、答えた。


「そ、そんなの決まってる! みんなを守るためだ!」

「……守る?」

「ああ! みんな、人を殺すお前を……死滅神を怖がっている! だから、召喚者である俺が、みんなを守らないといけないんだ!」


 マユズミヒロトも、マユズミヒロトなりの考えがあって、死滅神を殺しているらしい。


「力がある俺には、みんなを守る義務がある! だから――」

「だから、人殺しをする?」

「人殺し……。そうだ、俺はみんなを守るためなら悪にだってなってみせる!」


 声高に叫んだマユズミヒロト。その言葉の、なんて薄っぺらいことだろう。


 ――この人、嘘をついてるわね。


 多分、言動ほど、焦ってもいないはず。この期に及んでなお、彼が演技を続ける理由。それは、多分、命乞いをするためじゃない。私に勝機を見出すためでしょう。彼の言葉が響けば、私に隙が生まれるかもしれない。あるいは、こうして話していれば、ササキアスカ達が戻ってくるかもしれない。

 そういう、あらゆる可能性を、彼は今も模索しているのだと思う。


「で? 本当のところは?」


 お見通しよ、と。そう言いたい私の真意を、マユズミヒロトはきちんと察してくれた。


「……死滅神なんか、必要ないからだ」

「ササキアスカも言っていたわね。何、それ?」

「言葉通りの意味だ。一応、人を守りたいって言うのも本当なんだ。お前が居ると、フォルテンシアに居るみんなが安心して眠れない。だから、俺が殺す」


 そこはあくまでも譲れない。本心なのだと語る、マユズミヒロト。アケボノヒイロもそうだったけれど、召喚者たちは大抵、世間的には正しい倫理観を持っているのだと思う。ただ、その方法がちょっと、極端なのよね。独りよがりとも言うのかしら。あるいは、フォルテンシアのことを考えていない。あくまでも自分の正義を、自分だけの方法で、体現してしようとしてしまう。


「クロエも、ソトトソも。お前を怖がっていた。だから、俺が……」


 フォルテンシアに生きる人々のために。彼ら彼女らが安心して暮らせるフォルテンシアのために。その理想は私と同じなのに、彼の中には死滅神という存在が障害に見えているのでしょう。その理由は、恐らく、マユズミヒロトが守りたいものの中に、動物や植物、そして、未来を生きる人々なんかが含まれていないから。現代、あるいは今この時に生きる「人間」だけが幸せならそれで良いと、思ってしまうから。


 ――まぁでも。呼び出されて少ししか経っていないだろうこの世界の未来を見据えろ、なんて言うのも、酷かしら。


 刹那的なフォルテンシアの平和を願うマユズミヒロト。恒久的な平和を願う私たち神と名の付く者たち。2つの文化の違いが生んだ犠牲が、フェイさんだったということ。


「ねぇ、マユズミヒロト。あなたがフェイさんを殺した時、彼は少しでも抵抗した?」

「……いや。メイドの写真を見ながら、隙をさらしていたな。おかげで、簡単に殺せた」

「ふふっ……。そ、う……」


 殺されるその時まで、フェイさんもメイドさんを愛していたのね。相思相愛の2人には、嫉妬せずにはいられない。それにやっぱり、フェイさんは殺されることをいとわなかった。


 ――死滅神は、やっぱり、そうでないと、よね。


 聞きたいことが聞けた私の意識が、薄くなっていく。『体力』はまだ30くらいあるけれど、多分アレね。血を失い過ぎたんだわ。このまま倒れるとその衝撃で『体力』が減って、死んでしまいかねない。だから、廊下の壁にもたれながら、ゆっくりと腰を下ろす。その時にはマユズミヒロトも、私の異変に気が付いたみたい。


「……諦めないもんだな? おかげで、今回もどうにか死滅神を殺せそうだ」


 足を引きずりながら、ナイフを手にこちらへ這いずって来る。


「ふふ、そうね、諦めないって、大事。でも、残念ね、マユズミヒロト。私には、臆病で、それでも、とっても頼れる騎士様が、居るんだから……」

「は? 何を言って――」

「起きなさい、ククル!」

『クルッ?!』


 最後の力を振り絞って、私が騎士様の名前を呼んだ。瞬間、ポトトが気絶から回復する。そして辺りを見回して、


「ククル様! スカーレット様を、助けてください!」


 リアさんの言葉で、壁にもたれる私と、ナイフを手に私に近づいているマユズミヒロトの姿を見つける。そして……。


『クルールッル?! ク……クッルーーー!!!』


 立ち上がるや否や、マユズミヒロトに向けて突進した。……涙目で。当然、マユズミヒロトも最後の抵抗として手元に剣を出現させ、ポトトに振るおうとしたけれど、


「〈弓術〉!」

「……っ!」


 サクラさんが、あり得ない軌道を描く矢を使って、マユズミヒロトの剣を打ち落とす。その頃にはポトトの足が届く位置にマユズミヒロトが居て。


『クックルーーー!!!』

「ぐぅはっ?!」


 発達したポトト足による強烈な蹴りが、マユズミヒロトのお腹を捉えた。あまりの威力に宙を舞ったマユズミヒロトの身体は、廊下を何度も跳ねた後、


「わ、わわっ?! きゃっ!」


 サクラさんのすぐそばを通り抜けて、その先にあった客室――私たちが使っていたところ――まで飛んで行ったところで止まる。


「くっ……、うぅ……」


 マユズミヒロトが苦悶の声を上げて動かなくなったことを確認して、私も意識を手放すことにする。


「これ、で、お終い……ね……」

「ひぃちゃん!」

「スカーレット様!」

『クルールッル!』


 みんなの悲鳴を聞きながら思い浮かぶのは、今回の戦闘の反省点ばかり。特に、最初。マユズミヒロトが襲ってきたその瞬間に、〈転移〉の魔石を使ってイーラ上空にある浮遊島まで転移してしまえば良かった。他にも、そうね。通信用の翡翠石を使って、メイドさんに連絡を取ることもできたはず。……あ、ユリュさんが叫んだ「敵です!」って言葉。あれこそ、翡翠石で連絡を取っていたのね。だから、メイドさん達が戻って来てくれた。


 ――ユリュさん、大丈夫、かしら……。


 小さな身体で一生懸命に私を守ってくれた女の子が再び目を覚ましてくれることを願ったあたりで、私の思考は暗闇に包まれたのだった。

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