○当然の報いだと思うわ?

 ユリュさんを抱えて消えて行ったメイドさんを見送った私、スカーレットは、宿に戻らなければならなかった。理由は2つ。ポトトと、リアさんの存在だ。


 ――ポトトは敵のど真ん中。リアさんも、そろそろお使いから帰ってくる頃だったはず……。


 もしマユズミヒロトと鉢合わせでもしていたら、〈ステータス〉を持たないリアさんに抵抗なんかできるはずもない。最悪の場合……。

 脳裏をよぎった可能性に首を振って、私はササキアスカ、クロエさん、ソトトソさんを拘束する。手足と腕、口に縄をして。目隠しをすれば、おおよそ完全にスキルを無力化できる。例外として、常時発動型……私の〈魅了〉のように、常に効果を発揮するスキルは、無効化できないけれど、今は見張ってなんかいられない。


 ――お願い、ポトト、リアさん、無事でいて!


 〈ステータス〉と〈瞬歩〉を使いながら向かいの建物の屋上に移動して、破壊された宿『ゲチリン』の7階が見える場所まで来た。下から見上げる形になっているから、中の様子は伺えない。1秒でも早くポトト達のもとへ急ぐ私は、お行儀は悪いけれど、宿の玄関を通らずに外から直接、客室に移動する。と、そこには今にも崩れ落ちそうなサクラさんが居て……。


「サクラさん! ……〈瞬歩〉!」


 〈瞬歩〉で彼女の背後に着地して、体を支えてあげる。同時に見えたのは、宿の廊下。5mくらい前方に足から血を流してこちらを睨みつけるマユズミヒロトが居て、その奥にはポトトが眠って……いいえ、アレは気絶しているのね。そして、ポトトの背後には、一生懸命跳んだり、背伸びをしたりしてこちらの様子を伺うリアさんの姿があった。

 状況はいまいち飲み込めていないけれど、全員が無事。


「お疲れ様、サクラさん」

「ひぃ、ちゃん……?」


 顔を真っ青にしながら、私を見上げるサクラさん。彼女を、真っ赤なじゅうたんが敷かれた宿の廊下に座らせる。


「ひ、ひぃちゃん。ど、どうしようわたし、マユズミ君にケガさせちゃった……」


 すがりつくように、サクラさんが私の腕を引く。どうやら、マユズミヒロトの足をやったのは、サクラさんのようだった。私が知る限り、サクラさんが人に武器を向けたのはこれが初めてのはず。出会った頃は動物を傷つけることにすらためらいを見せていたんだもの。そんな彼女が、人を……さらには同郷の人を傷つけたことを気に病んでいたとしても、何ら不思議では無かった。


「ポトトとリアさんを守ってくれたのでしょう? ありがとう」

「で、でも……」

「大丈夫。あなたのせいじゃない。私が弱かったから、あなたに無理をさせてしまったんだわ」


 サクラさんがマユズミヒロトを攻撃しなければならないような状況を作ってしまったのは、私。サクラさんはただ、必死で、仲間を守ろうとしてくれただけ。私がそう言うと、サクラさんの目に涙が浮かぶ。


「それにね、サクラさん」

「うん」

「あの人は……マユズミヒロトは、フェイさんを殺して。ユリュさんのお腹を剣で貫いた人でもあるの」

「……え」


 サクラさんが呆けている間に、私は、彼女の腰にさしてあるナイフを拝借はいしゃくする。


「足を痛めるくらい、当然の報いだと思うわ?」


 いいえ、それだけじゃ足りない。メイドさんから大切な人を奪った彼を。ポトトを怖がらせて気絶させた彼を。サクラさんに人を傷つけさせ、泣かせた彼を。ユリュさんを傷つけ、殺そうとした彼を。


「私は、許さない」


 腕を掴むサクラさんの腕をやんわりと振り払った私は、ナイフを手に立ちあがる。私の仲間を傷つけたの方へと歩いていく。怒りという本来ならどうしようもない感情を、理性ではなく、死滅神として安易に人の命を奪ってはいけないという使命感でどうにか抑え込む。


「おい、死滅神! 明日香あすかたちをどうした?!」


 歩み寄る私に、地面にうずくまったままのマユズミヒロトが語気を荒くして尋ねてくる。


「さぁ? 今頃、どこかの屋上で眠ってるんじゃない?」


 通りを1つ挟んだ向こうの建物の屋上で伸びている3人。フォルテンシアの敵であるソトトソさんを殺さなかったのは、彼女の人となりをきちんと聞いてから、殺したかったから。だから3人ともまだ無事。

 けれど、この返答は、意地悪だったかしら。死滅神の私が言えば、それは多分、マユズミヒロトにとって死を意味するのだから。事実、彼はさらに表情を険しくして私を睨んでくる。でも、残念ね。私はそんな敵意や悪意でひるむほど、平穏やわな日常を過ごしていないの。


「次は、あなたの番ね、マユズミヒロト?」

「くそっ……! 〈転送〉! 〈ステータス〉!」


 叫ぶと同時、マユズミヒロトの手元に数十本ものナイフが現れて、それを私へ向けて投擲とうてきしてくる。私の背後にはサクラさんが居て、安易には避けられない。この辺りの抜け目のなさは、さすがと言う他ないわね。けれど、焦っているのか、精細さを欠く攻撃は……、


 ――鍛錬で見て来たメイドさんの突きよりも、遅い。


 私は顔や胸、お腹なんかを狙って放たれたナイフだけを、サクラさんから借りたナイフで弾く。処理できないナイフは身体で受けるわ。先の戦いで『体力』も残りわずか。数値としては100を下回っていて、おまけに〈怪我/中〉も負っている。どんどん『体力』が減るけれど、なぜかしら。不思議と、どうすれば私自身の目的が果たせるのかが分かる。


「くそっ……、くそっ……!」


 十全に動く手を使って、ナイフを次々の投げてくるマユズミヒロト。刃が私の身体をかすめるたびに寝間着が裂けて、血がにじむ。でもやっぱり、私という生き物ではなく、死滅神という肩書きを見ている彼では、私には届かない。


 数秒後には、私はマユズミヒロトに手が届くところまでたどり着いていた。

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