○あなた、馬鹿なの?

 裁判の前に、樹上に降り立った私には1つだけ、やることがあった。


「んん! ん~~~!」


 私の目。全身を拘束された状態で苦しそうにうめいているのは、人間族、18歳、赤味がかった髪色が特徴の女の子――ソトトソさんだった。

 今すぐ殺したい。そう叫ぶ死滅神としての本能をギリギリで抑え込みながら、私は彼女の口を塞いでいる縄を解く。


「ぷはぁ、やっと喋れる!」

「ふぅ、ふぅ……。余計な真似をしたら、すぐにでもあなたを殺すから」


 頬にかかる暗い赤色の髪を手で押し退けて、私はソトトソさんの頬に触れる。その瞬間に騒ぎ出したのは、同じく手足や口を拘束されているマユズミヒロト達だ。仲間を助けようとしているのでしょうね。

 マユズミヒロトとササキアスカは、私を射殺さんばかりに見ている。一方で、角耳族の女の子クロエさんと、目の前のソトトソさんは、ただただ怯えるような目で、私を見ていた。


「う、うん、分かったよ」


 サクラさんとよく似た、活発で明るそうな雰囲気を放つ少女。でも、今の彼女は幼いころから刷り込まれた死滅神への恐怖で震えている。この恐怖こそが、フォルテンシアの犯罪抑止力になっているって、サクラさんが言っていたわね。


 ――その抑止力をそこなわないためにも。


 私は、ソトトソさんを殺さなければならない。理由は、もちろん、彼女が重大な罪を犯したから。


「さて、ソトトソさん。あなたは魔法を研究する“研究者”という職業で合っているかしら?」


 私の問いかけに、ソトトソさんが頷く。


「そして、魔素を蓄積して瞬間的に放つ『魔法銃』を作ろうとしている。……それも、合っているわよね?」

「な、なんでそのこと……?!」


 幼さを残すソトトソさんの顔が、驚愕に染まる。彼女だけじゃない。マユズミヒロト達も、私が、秘匿されているはずの情報を持っていることに目を見開いている。そう。私が彼女を殺さなければならない理由は2つ。

 1つは、彼女が『魔法銃』という魔法道具を作ろうとしているから。私が魔法銃の存在について知っているのは、ただ単に、職業衝動で記憶が流れて来たからだった。製法も、その性能も知らない。だけど、魔法銃を完成させてしまうと、フォルテンシアの文明が大きく進み過ぎてしまう。より、人々が容易に他者を傷つけることができるようになってしまう。

 だから私は、ソトトソさんを殺さなければならない。そして、彼女を殺さなければならない理由が、もう1つ。


「その研究の過程で、あなたは15人の人を器具で拘束。自由を奪って、殺した……。そうね?」

「う……」


 私の言葉に、ソトトソさんが気まずそうに目を逸らす。彼女の背後にいるマユズミヒロト達が目を見開いているということは、ソトトソさんの罪について、彼らは知らなかったのでしょう。

 ソトトソさんに殺された人々は、やっぱりというべきかなんというべきか。奴隷と呼ばれる人たちだった。なぜ彼らを殺したのか。その理由を聞くと、私が思っていた以上に間の抜けた答えが返って来る。


「え、えっと……。ヒロトとの生活が楽しくって。家の地下に居るその子たちのお世話を、忘れちゃってた……」

「世話を、忘れた……?」


 聞き返した私に答えたソトトソさんの話を聞けば、こうだ。もともと“研究者”の両親を持つソトトソさん。彼女の家には、研究を手伝う奴隷たちが多く居た。成人を迎え、独り立ちしたソトトソさんのために、両親は奴隷の何人かを彼女に譲ったのだという。それが、3年前。


「その後、ファウラルで研究してたらヒロト君に会って。しばらくはファウラルで魔法の研究しながら、ヒロト君を手伝ってたんだけど……」


 1年前。マユズミヒロトが、ここ、ウーラに住むことになったときにソトトソさんも身一つで一緒について来た。その時、チキュウの知識を生かした『魔法銃』という魔法道具の着想を得てしまった。結果、研究に熱中するあまり、ファウラルの家の地下に拘束していた奴隷たちの世話を見ることを忘れていた、と。

 1か月後、思い出して家に戻ってみれば、


「全員、死んじゃってたんだよね~……」


 苦笑しながら、事の顛末てんまつについて語ったソトトソさん。悪びれる様子は無くて、ちょっと大事なものなく知っちゃったな~、くらいの感覚で居るのでしょう。ケーナさんの時にも感じた、人を研究の道具や素材としてしか見ていない考え方が、透けて見えるわね。


「あなた、馬鹿なの?」

「あはは、情けないお話で……」

「いいえ、笑い事じゃないから」

「は、はい……」


 多分、多かれ少なかれ、“研究者”の職業ジョブを持つ人たちは、知識を求めることを最優先に考えてしまうのでしょう。とは言え、全員が全員、度を超えるかと言うとそうじゃない。ファウラルに居る魔法使いの人体を含め、正しい方法で道を究めようとする人が大半でしょう。今回のソトトソさんの件だって、単なる彼女の不注意でしかない。


 ――もし、ソトトソさんが家を出る前に奴隷たちを解放していたら……。


 薄暗い地下。のどが渇き、お腹は減って。やせ細り、次々と仲間たちが死んでいく。極限状態。水分を求めて時に他人と唾液を交換し、死んだ者の血を吸い、最終的には空腹を埋めるために仲間の肉を食う。そんな悲惨な光景を、私は職業衝動を通して見てしまっている。

 彼らの無念を思うと、どうしたってソトトソさんを許す気にはなれない。


 ――真に恐れるべきは、狡猾こうかつな人でも、凶悪な人でもなく、馬鹿な人なんじゃないかしら。


 私自身も相当、馬鹿だとは自覚しているつもりだけれど、それにしたって。うっかり人を殺してしまうほどの馬鹿じゃないと思いたい。


「ファウラル政府は、あなたのしでかしたことを知っているの?」


 もし知っているのに看過しているというのなら、私はファウラルに行かなければならない。人を殺した人を許す合理的な理由は何か、聞かないといけないもの。でも、そんな私の心配は杞憂きゆうに終わる。


「ううん、知らないはず。だってあの後、必要ないから家と一緒に地面に埋めたし。土地も売って、そのお金で魔法銃を作ろうとしてたから」


 家と亡くなった奴隷たちを一緒に語るなんて、本当に、この人は……。


「そう……。もう、いいわ。お話に付き合ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

「それじゃあ、最期に何か言い残すことはあるかしら?」


 私の最後という言葉で、己が辿たどる運命を察したらしいソトトソさん。


「う~んと。じゃあ、1個だけ」


 そう言った彼女は、髪色とよく似た瞳を、マユズミヒロトに向ける。そして、これから死ぬとは思えないくらいの良い笑顔で、


「ヒロト、大好き! 私に生きがい……本当に研究したいこと見つけさせてくれて、ありがと!」


 彼への好意と感謝とを口にする。一方で、マユズミヒロトは複雑な顔を見せている。恐らく、ソトトソさんの好意と、犯した罪とをどう受け取って良いのか、整理できていないんじゃないかしら。


「うん、すっきりした~! じゃあ、お願いします、死滅神様」

「そう。それじゃあ……さようなら」

「あっ、ふぁっ――」


 マユズミヒロトが悲鳴を漏らした時には、もう、ソトトソさんは二度と目覚めない眠りについていた。木漏れ日の中、鳥たちの声に見守られながら安らかな顔で目を閉じるソトトソさんは、本当に眠っているだけのように見える。一切の痛みを感じさせずに相手に死をもたらすことだけが、唯一、〈即死〉の良いところだと、私は思っていた。


「お勤め、ご苦労様でした。お嬢様」

「……ええ」


 減少したスキルポイントは33。レベル33は、18歳にしてはかなり高い数値にあたる。きっと、熱心に研究に励んでいたのは事実だったのでしょう。だからこそ、思わずにはいられない。


 ――どうして、あんな馬鹿なことを……っ!


 静かに目を閉じてソトトソさんの死に思いをせていると、小さな足音が聞こえて来た。


「スカーレット、用は済んだかしら~?」


 真っ白な髪を揺らしてのんびりした声で聞いてきたのは、このウーラの町の主、フィーアさん。今日も“誰か”を演じているみたいで、声色もまとう雰囲気も、ふんわりとした印象のものになっていた。

 フィーアさんはソトトソさんの遺体のそばに膝をつくと、その時だけは本来の眠そうな表情に戻って、ソトトソさんの頬に口づけをする。


「……よく頑張ったね、お疲れ様」


 慈しむように、愛おしむように。亡くなったソトトソさんを労うその姿は、なるほど。私とは違った見送り方だと言わざるを得ないわね。そのまましばらくソトトソさんを眺めた後、静かに立ち上がったフィーアさん。

 未だに、私がソトトソさんを殺したというその事実が場を重く支配する、そんな状況なのだけど。フィーアさんが、自分の調子ペースを崩すことはない。


「〈保存〉のスキルを使ったわ~。これでしばらく、この子は今の肉体の状態を保つことができると思うから~――」


 腐敗が進むことはない。そう、どこか間延びした声で言ったかと思えば、今度こそ。


「――〈保存〉のスキルが切れちゃう前に。裁判、始めよっか~」


 フィーアさんは本来の要件である罪の裁定をするための議論を開始することを、宣言した。

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