○尽くす喜びを、あなたに
それは、ジィエルに来て2週間が経った頃。リアさんと一緒に行動するようになってから、5日目のことだった。
今日も冒険者業を終えて、夕食を食べた後、各々が宿で自由に過ごす。私はシロさんに手伝ってもらいながら鍛錬をする。サクラさんはメイドさんと一緒に、お勉強。ポトトは夜だからぐっすり眠っていた。
「じゅう、ご! じゅう……ろ、くぅ! ふぅ」
リアさんに足を押さえてもらいながら頭上げ16回をどうにか終わらせた私は、マットの上で脱力する。コロンと仰向けになった後、宿の天井を見ながら考えるのはこれからのことだ。
――次はどの町に行こうかしら?
ガラスの食器を必要数買い揃えて、旅立つ資金もそれなりに溜まった。シロさんを見つけた以上、私たちに残された明確な目標は、サクラさんをチキュウに帰すことくらい。後は……そうね。少し遠いけれど、そろそろ死滅神の神殿の総本山があるハリッサ大陸に行って、転移陣を修復したいかも。フォルテンシアにある大陸全てに、瞬時に移動できるようになるのは、かなりありがたい。
移動時間の短縮は、今の私にとっての急務。あるべき場所に死を運ぶためにも、転移陣は必要不可欠よね。それに、移動時間が無くなれば、情報を多く集められる。ひいては、サクラさんをチキュウに帰す情報集めを加速させることが出来るはずよ。……よし、決めた! 転移陣を修復しましょう。
「メイドさん。ササココ大陸に居た時、どうしてハリッサ大陸に行かなかったのだったかしら?」
中央大陸であるアクシア大陸から見て、北東部にあるササココ大陸と、北部にあるハリッサ大陸はそれなりに近い。少なくとも別荘を発った時に行ってもいいんじゃないかと思える距離ではあった。行こうと思えば行けたのに、そうしなかった理由はなんだったかしら?
指を立ててサクラさんに何かを教えていたらしいメイドさんが、マットで寝転ぶ私を翡翠色の目で見る。
「あの時期にはまだ、ご主人様を殺したゴミ……外来者がいる可能性があったからです」
「と言うことは、かなり時間が経った今なら行っても大丈夫? そろそろ転移陣を修復したいわ」
「なるほど……」
私の言を受けて、メイドさんは何かを考えている様子。ディフェールルでも少し話したことだけれど、転移陣の修復にはかなり専門的な知識が要求される。結局、ディフェールルでは転移陣に関する情報を集められなかったけれど、魔法技術が進んでいる国はフォルテンシア各地にある。
「ここ最近で狂人病の流行が一気に公になったせいで、カルドス大陸からは出られないのでしょう? だったら、カルドス大陸にある魔法の研究が進んでいる国に行くのはどうかしら?」
「そう、ですね。
ヒェット共和国、ファウラル。ジィエルから1500㎞くらいの場所にある町らしい。ククルが引く鳥車が1時間6㎞くらいで、疲れも考えると10時間くらいしか移動させたくない。
「となると、1か月近い長旅になるわね」
「もちろん、途中で他の町にも寄るので、さらにもう少しかかるでしょう」
食料はもちろん、衣服、資金もかなり心配ね。私たちより“すること”が多いサクラさんの負担も大きいわ。それぞれの身体の状態を確認しながらの旅になりそう。
「リアさんはどうする? 今のあなたは自由。私たちのもとを離れてくれても良いし、ついて来てくれるなら衣食住は用意できるけれど」
リアさん自身はどうしたいのか。そう聞いてみたけれど、リアさんは無表情のままコテンと首をかしげるだけ。……可愛いわね。ってそうじゃないわ。
「どうしたいの? 自分の言葉で言ってみて?」
「リアは、スカーレット様の指示に従います」
何度も自由だと言っているのだけど、リアさんは相変わらず誰かの指示を仰ごうとする。どこまでも受け身な彼女の姿勢は、本当にもどかしい。どうして自分で何がしたい、こうしたいと言ってくれないのかしら。これじゃあ心のない人形みたいじゃない。
「私たちはホムンクルス。お人形じゃないわ」
私はリアさんに、きちんと意思を持って生きて欲しい。きっとそれが幸せにつながると信じているから。
「何度も言うようにリアさん、あなたの意思を――」
「お嬢様。それこそが、リアの意思なのです」
と、少しきつめに言ってきたのはメイドさんだ。
「指示に従うことが、リアさんの意思? どういうこと?」
「そのまま意味です。リアは、お嬢様の指示に従いたい。そうですね?」
メイドさんの問いかけに、リアさんがコクンと頷く。
「はい。奉仕こそがリアの存在意義です。スカーレット様、どうか、ご指示を」
感情のない紫色の瞳で私を見るリアさん。
誰かに行動を決められることを良しとするなんて、あり得るの? 絶対に言わないけれど、「死ね」と言えば死んでしまいそうなくらいに、リアさんは従順だ。確かにホムンクルスは誰か・何かに仕えようとする意思が強い。リアさんも生来その性質を持っていたのでしょう。とはいえ、行動だけでなく生死まで相手にゆだねるなんて、さすがに行き過ぎじゃないかしら。
「リアさんは、本当にそれで良いの? 私にあなたの全てを任せるのよ?」
「はい、構いません。……なので、どうか、そばに。リアに奉仕をさせて下さい」
未だ表情を変えないまま、最後に言葉を添えたリアさん。誰かに尽くすこと、奉仕することこそが生きがいだと言わんばかりだ。その姿勢は、メイドさんに似て非なるものよね。だってメイドさんは“ご主人様”に仕えることだけを生のよすがにしている。フェイさんが死んだという現実を、きっと彼女は今も否定し続けている。だから、私やリアさんを使って、いびつな形でフェイさんを蘇らせようとしている。私にとってそれは、狂気にしか映らない。
対して、リアさんは別に私じゃなくても良い。誰でも良いから、自分を必要としてくれる人に仕えることを求めている。多分だけど、どれだけ愛されても、痛めつけられても、リアさんは全く同じこと……自分は何をすれば良いのかを尋ねるのでしょう。自分がここに居る理由――存在意義を証明するために。これもきっと、狂気と呼ばれるものじゃないかしら。
「ほんと、まともな人は私とサクラさんくらいね……って」
存在意義と言う言葉で思い出した。
「待ってリアさん。あなたそう言えば、ステータスはどうなったの?」
「ステータス……?」
このやり取り、とても既視感があるわね。そうよ、そう言えばリアさんにはステータスが無いんだわ。他の知識が無かった、つまり
だけど、
――フォルテンシアに尽くす幸せを教えてくれる。
そうよ、これでいいんじゃない。リアさんは誰か・何かに尽くすことを望んでいる。そんな彼女にとって、職業は間違いなく生きる意味になるはず。むしろフォルテンシアに生まれた喜びを知るべきだわ。
「さぁ、リアさん、唱えて? 〈ステータス〉。お腹に力を入れて、大きな声でね? 私と一緒に、フォルテンシアに尽くしましょう?」
「はい、スカーレット様」
リアさんが私の指示に首を振るわけがない。相変わらず抑揚は無いけれど、リアさんが赤くぷっくりした唇を開く、寸前で。
「待って!」
邪魔が入った。誰かがリアさんの口を押さえている。そのせいで、リアさんはフォルテンシアで生きる理由を知るための術を使えずにいる。それは、良くないわ。
「リアさんを離してあげて、サクラさん?」
「ううん、無理。今のひぃちゃんおかしいもん」
「いいえ、おかしくないわ。至って冷静よ? だから早くリアさんに〈ステータス〉を使わせて、フォルテンシアに生きる喜びを教えてあげないと。役割を与えてあげないと」
――祝福を与えてあげないと。
こうして言って聞かせても、サクラさんは駄々っ子のように茶色い髪を揺らして首を振る。……困ったわね。
「ひぃちゃん、とりあえず鏡見て来て。今自分が冷静じゃないってわかるから」
親友としての義理立てとして、一応私は浴室にある洗面台の鏡を見に行く。……サクラさんは何を言っているのかしら。冷静じゃないことが見ただけでもわかる? どうしてそんなことが言えるの?
その疑問は、鏡の中で私を見つめる緋色に輝く瞳が教えてくれた。
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※「メイド(さん)」のイメージ画像がある近況ノートへのリンクです。ご興味がありましたら、覗いてみて下さいね。
(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655925779468)
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