○ちっぽけな意思

 最初に、私の後方で悲鳴が上がった。


「おい、リンド! 何があった?!」


 ピンク髪の男……確かドドギアだったかしら。彼が仲間の安否を尋ねるも、返事はない。


「おわっ、いつの間に――」

「金髪ちゃん?! 会いに来てくれた――」


 次に右後方、さらに左後方で声が上がる。


「ゼーグ?! ピリル?! 返事しろ!」


 ドドギアが叫ぶけれど、やっぱり返事はない。……メイドさん、殺してないわよね? 消える前に見せた笑顔が怖かったけれど。

 少し取り乱していたドドギアだったけど、いくつも修羅場を乗り越えてきたのでしょう。冷静さを取り戻して、


「マル、トッズ、警戒だ! 侍女が何かしてる!」


 仲間に指示を出す。一方で、初めての光景に戸惑っていたのは敵だけじゃなかった。


「ひ、ひぃちゃん?! 何が起きてるの?!」


 事態を読めていないサクラさんが身を震わせて、聞いてくる。


「大丈夫よ、サクラさん。もう少しでメイドさんがお掃除を済ませてくれるから」


 人との戦闘は私でも、サクラさんでも、ましてやポトトの領分でもない。一番戦い慣れしているメイドさんの領分だ。もちろん彼女に今後も彼女に任せきりにするわけにはいかない。私もきちんと、手を汚さないとね。じゃないと、公平じゃないでしょ? 何より、メイドさんに任せてしまうとやりすぎてしまう恐れがあるもの。


「この……! 舐めるな!」

「誠心誠意、綺麗にいたします♪」


 ドドギアの左方を任されていた、大剣を持った筋肉質の男トッズと、メイドさんの声が聞こえる。焚火の明かりで一瞬見えた2人は、鍔迫つばぜり合っていた。あんな巨漢の男と押し合うなんて、メイドさんのステータスは本当にどうなっているの?! レベルもそうそう上がらない、みたいなこと言っていたし……。

 数合打ち合った後、トッズと呼ばれた巨漢の男が倒れた。そこの身体には首が無くて――。


「サクラさん、目を瞑って!」

「えっ? どうしたの、ひぃちゃ――」


 遅かったみたい。私の方を見て、私の背後にある血を吹き出す遺体と赤く染まる砂浜が見えてしまったのでしょう。サクラさんが口元を手で押さえる。けれど、こらえきれずに吐いてしまった。殺し合いだから仕方ないのかもしれないけれど、メイドさん……っ!


「ポトト、念のためにサクラさんを見ていて」

『ルゥ!』


 私も警戒しないといけないし、サクラさんの護衛をポトトに任せる。敵は恐らく残り2人。ドドギアと太っちょさんことマル。だけど、


「こんばんは♪」


 マルの前にメイドさんの姿が見えた。マルは100㎝ぐらいの直剣を振るって迎撃する。2m以上ある慎重に、恰幅のいいお腹。そんな巨体に似合わず素早い身のこなしで、目にも止まらない速さで振るわれるメイドさんのナイフを凌いでいる。


「おや、この剣は……宝剣『ヒズワレア』ですね?」


 少し距離を取ったメイドさんが、マルの持っている剣を見て言った。宝剣。特殊なスキルを持った剣のことね。ウルには錫杖や笛なんかがあったけれど、武器がスキルを持っていることもある。俗に魔法道具と呼ばれるものね。手にした人がスキルポイントを使って、そのスキルを使用できるわ。

 メイドさんの質問に、剣を手で叩きながらマルが答える。


「良く知ってますね。とある王族からもらったものなのですが」

「んふ♪ 貰ったのではなく、“殺して奪った”の間違いですよ、マル様」


 残念ながら、宝剣ヒズワレアの知識はない。けれど、恐らく格上のメイドさんと互角に戦うだけの身体能力を得る物なんじゃないかしら。

 自然と手に汗握りながら、メイドさんの戦闘を見ていた時だった。


「よそ見とは、感心しないな。おじょうさまよぉ?」

「えっ、あっ――んん……っ!」


 ドドギアの声が、すぐそばから聞こえた。とっさに彼から身を離そうとした私だったけれど、遅かった。後ろから羽交い締めにされて、口を塞がれる。そして、右手に持った剣を首に当てられた。


「俺の職業は“戦士”でなぁ。〈視線誘導〉なんていうスキルがあるんだよぉ。それにレベルも、ステータスも意外とあってなぁ……」


 にらみつける私に勝ち誇った顔で言ったドドギアは、


「そこまでだ、侍女! ……鳥も弓の女も、動くなよ?」


 メイドさんとポトトに、人質として私を示す。のだけど、メイドさんは戦闘の手を止めない。むしろ――。


「死にたくなければ、お嬢様から離れた方が良いですよ、ドドギア様?」


 そんな忠告をドドギアに飛ばす。もちろん、敵であるメイドさんからの進言。ドドギアからすれば従う理由は無いわよね。


「冗談じゃねぇぞ? 例えこのおじょうさまが依頼品だったとしても、多少手荒をすることは許されてるんだ」


 言ったドドギアは、私の首に当てた剣を少し横に引く。それだけで焼けるような痛みが私の首を襲う。胸とお腹を血が伝うのが分かった。


「ほら、お前の大切なご主人様が死にそう――」

「レティ。やらなければ、やられますよ? あなただけでなく、ポトトもサクラ様も」


 ドドギアの言葉を無視して、マルとの戦闘を続けながらメイドさんが私に言って来る。そうは言っても、私が目的である限り、殺されることはないはず。そうでしょ? 私が痛みを我慢すれば、わざわざドドギアを殺す必要はない。……いいえ殺したくない。だから私は〈即死〉を使わない。

 口を塞がれていて話せないから、目だけでメイドさんに訴え――ようとして。


『ドドギアを殺せ』


 職業衝動が私を襲った。体中が熱くなって、思考がまとまらなくなる。それでも、体の奥には使命感だけがあって、私に課せられた役割を果たすための最適解だけが示される。

 殺したくない? 私は馬鹿なのかしら。

 私のちっぽけな意思なんか関係ない。大いなる世界の意思の方が大切。それに、生物として当然よね。自分を殺そうとしている相手だもの。殺さない方が、おかしいわ。今、私がこいつを許してしまえば、今後、多くの人が奴隷として捕まり、苦しむことになる。そんなこと、許せるはずがないじゃない。

 嘘のように冷静になった頭で考えて、私は〈即死〉を使用する。


「あ?」


 間抜けな声を漏らして崩れ落ちたドドギア。彼が “戦士”として積み上げてきた努力、経験、犯してきた罪。その全てを私が裁いて、無に帰す。残ったのは物言わぬ亡骸なきがらと、経験値と共にレベルが上がった全能感に酔いしれる私だけだった。


「んふ♪ お勤めご苦労様でした、お嬢様。それではこちらも。――さようなら、マル様」

「何を……? なっ?! ふぅっ……?!」


 私に向けてそう言ったメイドさんは、苦戦していたことなんて嘘みたいにマルを切り刻んでいく。宝剣を振るって必死に対応するマルだけど、ものの数秒で血の海に沈んだのだった。

 死滅神と、その従者に牙をむいた人々からはもう、せいの気配はない。静かな波の音と、焚火が爆ぜる音。心地よい音だけを乗せた潮風が、私の黒い髪を揺らしていた。

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