○事件の香りしかしないわ……

 海鳥の声が聞こえる霧に包まれた海沿いの街道。海からやってくる少し暖かい潮風を浴びながら鳥車に乗る私たちは、魔法の基になるスキルの話をしていた。


 同じ名前でも、スキルの効果が1つ1つ違う。しかも、スキルも持ち主と一緒に成長する。スキルを得るタイミングはレベルが上がる時だけど、職業由来、種族由来、自然獲得の3種類があったりしたはずで……。

 私がスキルの奥深さに1人頷いている横で、話はスキルを基にした技術、魔法に移行していた。


「とあるイメージを持って言葉を発すると、魔素が特定の現象を引き起こす。そんなことが各地では古くから確認されていました」


 白い手袋に包まれた細い人差し指を立てながら、クルクル回すメイドさん。彼女の言葉に、ハッとした顔を見せたサクラさんが顔を輝かせる。同時にふわっとした茶色い髪――栗毛というらしいわ――も元気よく跳ねた。


「あっ! もしかして、それが魔法ですか?!」


 サクラさんの返答に、メイドさんが微笑みながら頷く。背中の中ほどまでのプラチナブロンドの髪と翡翠の瞳は今日も綺麗ね。


「はい。例えばお嬢様がよく使うという【ウィル】。この言葉をスキルポイントを使おうと思って発すると、水が生成されるわけです」

「やってみよ! ……【ウィル】!」


 両手でお椀を作って、気合を込めて言ったサクラさん。すると、手のひらのお椀の上に直径10㎝ぐらいの水の塊が出来て、やがてサクラさんの手を濡らした。


「ひぃちゃん、見た?! わたしにもできたよ?!」


 嬉しそうに手のひらの水を示すサクラさん。初めての魔法にはしゃいでいるサクラさんに「すごいわね」と相槌を返しつつ、私は知識の確認も兼ねてメイドさんに聞いてみる。


「つまり、魔法は誰にでも等しく使えるスキルだと思って良いのかしら、メイドさん?」

「さすがお嬢様です。スキルは人によって使えるものが違いますが、魔法に関してはイメージとスキルポイント、詠唱さえ知っていれば発動できるスキル、だと思ってください」

「なるほど。他にも、違う人が使っても、同じ魔法は同じだけスキルポイントを使う。【ウィル】であれば“3”ね。かわりに魔法の効力に関わってくるのがステータスの『魔力』で――」


 こうして話している間にも、サクラさんは【ウィル】を連発している。あれ、この流れ、私は知っているような……。


「サクラさん、あんまり魔法を使い過ぎると――」

「あ、れ……? ねむ……い……。スヤァ……」

「おっと♪」


 御者台に身を乗り出したまま気を失ったサクラさんが落ちそうになったところを、メイドさんが支える。スキルポイントが枯渇して、気を失ってしまったみたい。

 ウルセウで私も同じ経験をしたからわかるけれど、もうしばらくは揺すっても叩かれても起きることは無いと思うわ。


「誰もが通る道……なのかしら? メイドさんも最初に魔法を使った時はこうなったの?」

「んふ♪ どうでしょうか」


 はぐらかされてしまった。今でこそ完璧なメイドさんも、たくさん失敗を重ねてきたはずよね。……想像はできないけれど。

 ひとまずポトトに指示を出して、鳥車を停める。


「うへへ……魔法……」


 幸せそうな笑顔を見せながら眠っているサクラさんの顔を眺める。


「可愛い寝顔ね」

「はい。もうしばらく寝かせてあげましょう」


 そう言って、荷台に回ったメイドさんは、モコモコ動物メリの毛を詰めた柔らかいマットを荷物の間に敷く。そして、そこにサクラさんを横たえた。念のため、落ちないように荷物を止めておくためのヒモで身体を固定しておく。


「……なんだか、人攫ひとさらいみたいじゃない?」

「そうですか? それより、先を急ぎましょう、お嬢様。今日中に霧のある地帯の半分は進んでおきたいところです」


 荷台に昏睡した女の子を縛り付けた状態で乗せながら、私たちは旅を続ける。……ってこれ、他人が見たら本当に事件よね。

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