○食料調達と共通語
夕暮れ。海沿いを進んでいた私たちは、森から離れた砂浜で野営をすることにした。メイドさんが「
「嗜みって言ってたけど、メイドさんってテントも張れないといけないんだね~」
「ど、どうかしら……。あの人は特殊な気もするけど」
そんなことをサクラさんと話しながら、波打ち際を歩く。
海に近いこともあって霧は濃いけれど、テント近くで焚いている焚き火のおかげで、戻るべき場所は遠目でも分かる。湿気が多いこともあって、着火から火の維持に至るまで、メイドさんに任せきりになってしまった。
だから私たちはせめて、食べ物を確保しないと。私は、森で獲ったうねうねしている虫を張りにつけて、岩場から糸を垂らす。一方で、
「わっ! あったかい!」
サクラさんは裸足になって、浅瀬の貝なんかを取る係ね。
『無理、無理! 虫だけは、絶対に、無理!』
うねうねと無数の足を動かす
リリフォン周辺を含む、ササココ大陸の南部は
「お、タコだ! ……せいっ」
早速サクラさんが、岩場に隠れていた生き物を見つけたみたい。背中の矢を取り出して、腰の矢筒から矢を番えると、放つ。チャポッと音を立てながら、矢が砂に刺さった。
「獲ったど~! だったかな……って、うわっ! 気持ちわる! まだ動いてる~……」
矢に刺さった獲物を持ち上げて、叫ぶサクラさん。そこには、真ん丸なお腹とたくさんの腕を生やした白色の海洋生物がうねうねと身をよじっている。
「ネルラの仲間ね。コリコリした身が美味しいと聞いたわ」
「ていうか、足10本もある! それにネルラ? タコじゃないの?」
タコ……は、私の知識には無いわね。後でサクラさんに聞いてみよう。こうしてチキュウのことを知ることが出来るのも、サクラさんと一緒に居る利点ね。今までも、大まかなチキュウの話や服のことやお化粧のことなんかも聞いた。私の探索時の格好を『ダサい』……格好悪い、似合ってないとサクラさんが言ったことが、地味に引っかかっていたりするのだけど。
と、釣り竿にも反応があった。しかも、結構大きい……?!
「さ、サクラさん! ちょっと手伝ってっ!」
「了解だよ、ひぃちゃん! ちょっとそのまま」
そう言って軽やかに私が座っていた岩に飛び乗ったサクラさん。足元にネルラを置いたかと思うと、静かに弓を構える。そして、水面下で暴れ回る魚目がけて、矢を放った。
美しい青の軌跡を残しながら、水中に吸い込まれていく弓矢。すると、すぐに竿から魚の抵抗が消えて、何かが引っ掛かっている重みだけが返ってくるようになった。
「すごいわ、サクラさん! まさか魚を射止めるなんて!」
「えへへ~。まさか自分でもできるとは思わなかったよ。これもスキルのおかげかな」
普通、水に入れば矢は減速するらしいのだけど、スキルのおかげで速度が維持されるみたい。とは言っても、狙いを定めるのはサクラさんのはず。すごいことには変わりないはずよね。
2人で浜に引き上げた魚は、真っ赤な色をしていた。大きさは50㎝くらい。あんな小さな虫に食らいついたとは思えないほど、大きな口をしていた。頭にはサクラさんの矢がきれいに刺さっている。
「温水海は独自の生態系をしているから、名前までは分からないけれど、メイドさんに見てもらった後、美味しく頂きましょう」
「3人分には少し足りないかな? もう少し頑張ろう~」
その後15分くらい、私とサクラさんとで晩ごはんの食材を調達し続けた。
夕飯を済ませ、テントの中でくつろぐ私とサクラさん。ポトトとメイドさんに見張りを任せて、今夜は就寝となる。敷いてある布団はメリの毛を詰めた物、薄手の毛布はポトトの毛を使った物。どちらも最高級品質のものらしいわ。持つべきものは、頼れるメイドさんね。
「さっきのがネルラ。で、泣きっ面にハチが多分、『
メイドさんが整えてくれた寝所に身を横たえながら勉強をしていたサクラさんが呟いた。
「共通語のことかしら? ニホン語とほとんど同じだと聞くけれど?」
共通語は召喚者たちが使うニホン語を基に作られたと聞く。その後、召喚者たちが各地に作った学校で教えられ、使われるようになって、ここ300年で普及した言語だったはずよ。
「そう。ほとんど同じなんだけど、物の名前とか、ことわざとかは現地のものが混じってる感じで……。そこがちょっと変? みたいな」
ニホン語を使う人からすると、何かが違うみたい。
「物の名前はフォルテンシアのものなんだけど、例えば『鳥』とか、『馬』とか。こう……分類? みたいなのはそのまんまなの。そこがなんか、ややこしい~……」
うつぶせのまま、嘆くように足をばたつかせているサクラさん。似ている分、少しの違いが気になる、とかそう言うことかしら。そこでふと湧いた疑問を、サクラさんに聞いてみた。
「言われてみると、ポトトは鳥だけれど、『鳥』という動物はみたことが無いわね。チキュウには居るの?」
『鳥』がいるとして、やっぱりポトトみたいに大きいのかしら。それとも、小さい? きっとおおもとになった生き物がチキュウにいるのでしょう。そう思っていたのだけど。サクラさんはきょとんとした顔をした後に首を振る。つまり、鳥という名前の動物は居ないということらしい。だけど、サクラさんは少し考えてから。
「……なるほど! 今のひぃちゃんの言葉でわかったけど、品種だって思えばいいんだ!」
急に身を起こして、何かを思いついた様子で言った。
「品種? どういうこと?」
「例えば、チキュウには犬がいるの。でも、犬っていう動物は居なくて、チワワとかトイプーとかって名前がある。そんな感じなんだね!」
犬……。飼いならされた狼や狐、という認識だけど。
「だから、さっきのネルラも、足が10本あるちょっとおかしなタコでいいんだよ! なんかすっきり! これで気持ちよく寝られそう!」
そう言って、もう一度布団に寝転がったサクラさん。結局、私には何が何だかよく分からなかったけれど、力になれたのなら何よりだわ。
そばで焚火が弾ける音を聞きながら、私も眠ろうとまぶたを閉じる。そんな時。
「失礼します、お嬢様、サクラ様」
メイドさんがテントの入り口から顔を覗かせる。半眼のまま、どうしたのかと目で尋ねた私に、笑顔のメイドさんが言った。
「敵襲です♪」
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