○やさしさに包まれて
波が岩にぶつかる音がする。霧と暗闇に包まれた砂浜には、私とポトト。そして、砂浜に座り込んだサクラさんがいた。
私が死滅神――“死”そのものであり、“殺すこと”を
誰よりも優しく、“殺すこと”に抵抗と忌避を抱いていたサクラさんは、私の自己紹介に対してただ一言、
「そっか」
とだけ答えて立ち上がった。
「とりあえず、テントに戻ろ、ひぃちゃん」
「……え?」
サクラさんの予想外の言葉と反応に、あっけにとられて立ち尽くす。そんな私の手を取って、サクラさんはテントの方へ歩きだす。
「私の話、聞こえていた? 私は触れた人を殺せるのよ? 殺すことが役割で――」
歩くたびに揺れるサクラさんの茶色くてふわっとした髪を見ながら、私はもう一度言う。だけどサクラさんは歩みを止めない。むしろ、少しだけ私の手を握る力が強くなったような――。
「わたし、成績は良くても考えること自体は苦手でさ~。多分、馬鹿なの」
不意に、サクラさんの声が聞こえた。
「考えるよりも先に体が動いちゃうし、自分の目で確かめた方が分かりやすくて、好き」
彼女の言っていることが分からなくて、今度は私が顔に疑問符を浮かべることになる。そうこうしているうちに、テントに着いてしまった。少し光量の減った焚火に照らされたテントの入り口で、サクラさんも私も立ち止まる。
「まだ1週間ぐらいだけど、フォルテンシアに来てからずっと、ひぃちゃんと一緒に居たんだもん。ひぃちゃんがどんな人かくらい、知ってるつもりだよ?」
「私がどんな人か……?」
握っていない方の手を使って足に着いた砂を払ったサクラさんが、テントに入っていく。
「どうしたの? ひぃちゃんもおいでよ!」
何が何だか分からないけれど、サクラさんに言われるがまま私もテントに入る。柔らかな布団の上で腰を下ろし、向かい合う私とサクラさん。
「確かにひぃちゃんはしめつしん? かもしれない。触れただけで人を殺せちゃうのも本当なんだと思う」
きれいな真ん丸の茶色い瞳で私を見詰めて、話してくれる。
「――だけど、今こうして手をつないでいてもわたしは死んで無いし、森で困ってたわたしを助けてくれて、今も面倒を見てくれてる。なんのメリットも無いのに」
「それは、だけど……っ」
なぜだか目を合わせていられなくて、私はサクラさんから視線を外す。そんな私に正面からすり寄って、指を絡めてくるサクラさん。
「ひぃちゃんはひぃちゃんだよ? 優しくて、可愛くて、だけど死神さんで。それから――」
至近距離で優しく諭すように言ったと思うと、空いている手で私の頬に触れた。
「怖がりなのに、頑張って背伸びしてる、ただ女の子」
細めた瞳。眉尻を下げた、困ったような笑顔。サクラさんが心から私を思いやってくれていることがわかる。私の頬に触れる手は優しくて、温かくて。
「そ、そんなこと、無い……わ! そ、それに、私は、死滅神、で……」
「ううん、今もこうして泣きそうな顔してる……」
サクラさんに言われて初めて、私の目元が震えていることが分かった。雫をこらえる私の頭を、サクラさんが優しくなでてくれる。触れてくれる。
「怖く、無いの? 目だって、血のように赤いし……」
「こんなに泣き虫な死神さんが怖いわけ無いよ。目の色も、きれいだったよ? 朝焼けみたいな……。始まりを教えてくれる、きれいな緋色。“ひぃ”ちゃんに、ピッタリ。怖くなんか、無い」
暗闇の中。真っ赤に光る眼を見て、きれいだと言って褒めてくれるサクラさん。だけど。
「そ、そんなわけない! 人を殺す私が、きれいなわけ、無いじゃない! それに、泣き虫でも、ないわ……っ。今まで泣いたことなんて、1度も、無いんだから……っ」
「うん、うん、そうだね」
私の言葉、本当に届いているのかしら。ちゃんと伝わっているのかしら。だって、おかしいじゃない。
ポトト、メイドさん、ライザさんにイズリさん。それから、アイリスさん。触れるだけで命を奪ってしまえる私が、こんなにもたくさん温かない人と出会えるなんて。そのうえ、サクラさんまでなんて。
新聞で見たように。ウルで向けられたように。冷たい言葉と視線の中で、私は生きていなきゃいけないはずなのに。
「おかしいわ……。サクラさんも、みんなも……。死滅神の私に優しくする、なんて……」
目覚めてたった数か月の私は貰ってばかり。人の優しさに付け込んで、甘えてばかり。何も、何も返せていない。なのに、みんなが優しくしてくれる。それがどうしようもなく情けない。何も返せないことが、悔しくて悲しかった。
「あれ、私、泣いて……ぐすっ」
気付けば自然と、頬を涙が伝っていた。
「大丈夫。大丈夫だから、泣かないで、ひぃちゃん?」
「うぅ……うぁっ……ぅぐっ……」
自分でもよく分からない様々な感情がない交ぜになって、あふれ出す。そんな私を、メイドさんとは違った優しさで受け入れて、抱きしめてくれるサクラさん。
彼女の胸で想いを吐き出すうちに、気付けば私は眠りに落ちていた。
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