○モブキャラ
脳内に響く拍動が、私をあるべき場所へと導く。たどり着いたそこはウルセウのほぼ中央にある、四角い堀に囲まれた王城。
避難者が場内へと入ることが出来るよう、今は城へと続く跳ね橋が下ろされている。その橋を警備している衛兵さんたちが何かを話し合っていた。
「くそ、赤竜はどこに行きやがった?!」
「分からねぇ! 今ギルドが高
私が橋に近づくと、そのうちの1人が私に気付いて声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、避難してきたのか? だったら、さっさと入った方が良い。またいつ赤竜が暴れるかも分からない」
「分かったわ、ありがとう」
私の身を案じてくれる彼に軽くお礼だけを言って、私は頑丈な木製の橋を渡る。そのまま、広い前庭を抜けて場内へ。
入ってすぐのその場所は天井の高い大広間になっていた。滑らかな白い石でできた床の上に敷かれた布の上では、多くの負傷者たちが苦しそうな声を漏らしている。他にも両親を前に泣く子供の声、怒号と共に錯綜する情報、血の匂い。……私が生まれてから初めて見る、惨状だった。
この状況を生んだ本人は広間の奥、城内へと続く大階段の前にいた。金色の髪を後ろで1つにまとめ、巻き髪にして垂らした幼い少女。水色のドレスに身を包んだ
ちょうど、彼女は逃げるように城内へ戻ろうとしているところだった。
絶対に許さないし、逃がさないわ。
「待ちなさい、サザナミアヤセ」
その声にびくりと肩を震わせ、私の方を振り返ったサザナミアヤセが呟く。
「どうして、私の名前……」
驚いたように私を見る青い瞳。誰かに似ているような気がすると思えば、アイリスさんだ。その当人であるアイリスさんはギルド職員の制服を着てセシリアさんの隣にいる。
流れ込んできたサザナミアヤセの記憶によると、アイリスさんはお姉さんになるのね。似ているはずだわ。それと、この国の第2王女でもあったみたい。昼食の時にアイリスさんが驚いていたのも、私が彼女の正体を知らずに休日について聞いたからでしょうね。
この国の王女のことすら知ろうとしなかった自分の“鈍さ”にため息をつきたいけれど、今はそんなことより大切なお役目がある。
「初めまして、私はスカーレット。死滅神の
自分でも驚くほどきれいに自己紹介と口上を終える。あとは使命を果たすのみ。私を恐れてかは知らないけれど、一歩踏み出す度にみんなが道を開けてくれる。
「スカーレットちゃんが、死神様……?」
そんなアイリスさんの声が聞こえる頃には、私はセシリアさんの目の前にいる。手が届く距離。殺す前に、念のため確認しないといけないわね。人違いなんて、絶対にあってはならないもの。
私より低い位置にあるセシリアさんの青い瞳を見下ろす。彼女を殺せと叫ぶ、職業衝動の声がうるさい。
「あなたが赤竜を呼びよせた。そうして窮地を演出したところで人々を癒し、人心を得ようとした。――間違いない?」
「……し、知らないっ」
そう言って首を振るセシリアさんはただのか弱いお姫様。でも――。
「ごめんなさい。転生者であるあなたは25年も生きている。もう少し大人なはずよ、サザナミアヤセさん」
「……どうして知ってるの?」
観念したのか、怯える演技を止めて座った瞳で聞き返してくるセシリアさん。これは自白したと捉えて良いのかしら。
「さあ? それこそ、私が知りたいわ。どうしてあなたの正体を知らされるのか」
前世の記憶は見えなかった。それでも、彼女が15歳、職業コウコウセイだったニホンの女の子の転生者であること。そして、第3王女セシリアとして自由気ままに生きてきたことは分かった。
それに、何より大切なこと。それは――
「あなたが自分勝手な理由でいくつもの命を奪った。その事実は変わらないでしょ?」
言って、私が〈即死〉を使うためにセシリアさんの柔らかそうな頬に触れようとしたまさにそのとき。
「ま、待ってください! ……お願いだから待って、スカーレットちゃん」
隣にいたアイリスさんが私の手を取る。その手は
セシリアさんと同じ、綺麗な青い瞳を見上げて私は尋ねる。
「アイリスさん? どうして止めるの? これが私の役割。大人で、王女でもあるあなたならこの意味、分かるはずよ」
「そ、それは理解できます。でもこの子は……セシリアは私の妹なの。だから、待って。それにまだこの子が竜を呼んだって決まったわけじゃ――」
そう言って妹を必死に庇うアイリスさん。……なるほど、アイリスさんにとって、セシリアさんも大切な家族だということね。
でも、そんな彼女の努力もむなしく。この場にいる、傷ついた多くの国民の前でセシリア王女は純真無垢に、あるいは無知蒙昧に言うのだ。
「え? モブキャラって何人殺してもいいんじゃないの? だってここは私のための異世界なんだから」
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