○数値“18”の命

 セシリアさんが言った「モブキャラ」の意味は分からない。だけど、人の命を軽んじていることは分かる。チキュウとフォルテンシア。そこに生きる命の価値に、違いなんてあるはずなのに。そんなことも分からないなんて、とても25年間生きて来た人間の言葉とは思えないわね。

 呆れる私は、アイリスさんに改めて向き直る。


「こう言っているけれど? 証拠は彼女の部屋になぜか国宝の錫杖と笛があること。〈魅了〉のスキルでそそのかされた衛兵さんもいると思うわ」

「そんな……っ! でも、まだ……」


 そう口では言いながらも、頭では分かっているのでしょう。私の腕を握っていたアイリスさんの手から力が抜けた。

 いくら前世でひどいことがあったって。努力が報われなくたって。違う世界に来たからと言って何をしてもいい理由にはならない。

 それとも、違う世界でやり直せば、努力せずともうまくいくとでも思っているのかしら。他の召喚者のように、本人が変わろうとしない限り、同じの繰り返しだと思うのだけど……。

 それに、そもそも――


 死滅神である私以外が人を殺していい理由なんてどこにも無い。


 アイリスさんの力ない手を優しく退けて、改めて私はセシリアさんと向き直る。


「もし、また次に転生することがあれば、もっと命を大切にすることね。じゃないと私みたいな存在ひとに目を付けられるから」


 セシリアさんの幼く、柔らかな頬に手を添える。もしもセシリアさんが信頼に足る人物あれば、アイリスさんのように私を止める人が他にも大勢いたでしょうね。いいえ、もしそうなら、そもそも私に彼女を殺すような声が聞こえるはずもない。


「え? もしかして私、本当に死んじゃうの? 待って、たった1回じゃん! 何も知らなかったんだって」 「そうね。その1回すら許さないこの世界……いいえ、私を恨んでもらって構わないわ」

「恨むって……死んじゃったら意味ない! いや……いやだ!」


 ようやく死を自覚し始めたのか、短い悲鳴を上げて腰を抜かしてしまったセシリアさん。そのせいで、私は対象から手を放してしまったことになる。うっかりね。

 私は尻もちをついているセシリアさんのそばにそっと膝をつき、彼女の小さな手をぎゅっと握る。


 ――もう、逃がさないわ。


「待って! まだ私、輝いてない! ちやほやされてないもん! てか、あんたも生きてるんだからたくさんの命を食べてる。つまり、殺してるよね?! 今だってあんたも私を殺そうとしてる! これからだって――」

「そうね。それが生きるってことで、あなたのような人を殺すことが私の役目なの」

「何言ってんのこいつ、意味わかんない!」


 チキュウに住んでいた彼女と私では、やっぱり考え方が根本的に違うみたい。互いに理解できない、言葉の通じない存在を相手にしている気分でしょう。

 私が両手で握っているセシリアさん……いいえ、サザナミアヤセの手が震え始める。


「いい? あなたは10人の人の命を奪った。でもそれは、奥さんや旦那さん、お父さんやお母さん、友人……。死んでしまった人々と過ごすはずだった“誰か”の温かな未来を奪ったこととも同じなの」


 脳内に響き続ける衝動の声に背を押され、私が私じゃないみたいに口が動く。そして気付かされる。彼女にとってはたった10の命なのかもしれないけれど、ある人にとってはかけがえのない“1人”だった。命を奪うこと。それは生き残ったその他大勢の人々から時間を奪うこととも一緒なのね。


「ご、ごめんなさい。やり過ぎたよね?! 異世界の人でも10人は殺し過ぎたよね?! 1人2人にすればよかったのかな?!」


 ブツブツ何か言っているけれど、ようやく謝罪の言葉が出たわね。反省しているのかは怪しいところだけど。でも、許すはずないじゃない。『ごめんなさいで済むのなら、死神なんていらない』。


「それに私だって頑張って体力も上げたからそう簡単には死なないはず! そう! その間にあんたを〈魅了〉して――」

「さようなら」


 言葉の途中で〈即死〉スキルが発動する。途端、サザナミアヤセは完全に力を失った。後方に倒れ行くその身体を両手でそっと支えてあげる。血の気のひいた真っ白な顔は、安らかなものだった。

 こうしてあっけなくウルセウを襲った赤竜の事件は解決する。人1人の命を奪った私が失ったものは、たった18のスキルポイントだけ。

 私は役目をきちんと果たした。後悔は無い……はずなのに。背後で顔を覆って肩を震わせるアイリスさんと、その手の隙間から見える涙。それを見たとき、どうしてだか胸が締め付けられた。

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