○初めての仕事……“依頼”は何かしら?
朝。私は1人、王都ウルセウの北西部、港に近い倉庫街で
履いているのは生まれてこの方ずっと愛用している、くるぶしまでを覆った柔らかな皮靴。森でメイドさんがくれたものね。動きやすい代わりに、少し蒸れるのが難点だけど。
「確かこのあたりに居るって……。あの人かしら?」
目的の人物らしき男の人を見つけて歩み寄る。今日の仕事……依頼は封書3通をそれぞれの人に届けること。
「ちょっといいかしら。あなたがゴロデさん?」
「なんだ、嬢ちゃん。確かにオレがゴロデだが……」
良かった、正解みたい。倉庫の入り口付近で木箱に何かを詰め込んでいた彼が立ち上がると、身長は2mを優に越していた。浅黒い肌に筋肉がついた体、四角っぽい目に黒いあごひげが特徴的なゴロデさんは
こちらを見下ろす彼に私は先ほど受け取った金属製のカードを示しながら身分を示す。
「私は冒険者のスカーレットよ。あなたに手紙を届けに来たわ……です」
南の大門から北寄りの中央にある城にかけて、ウルセウを縦に割るように走る中央街道沿いにある大きな建物。レンガと鉄の支柱で作られた頑丈な5階建ての建物こそ私の働き口――冒険者ギルドだった。5階建てと言っても天井が高いから思ったよりも大きな建物ね。
夕方。手紙を届ける依頼を終えた私は、大きく開かれた木製の扉をくぐってギルド内部へ。1階と2階が貫通した「吹き抜け」という造りになっていて、入り口から見える室内はかなり広く感じられる。1階は情報交換や交流の場として飲食ができる酒場、各種受付が2階にある。3、4階が昨日メイドさんの言っていた宿、5階に職員たちと来客用の部屋があるらしいわ。
「確か、依頼の報告も受付よね……」
床や階段は入り口の扉と同じ木製。ドドの木のさわやかな香りを感じながら壁沿いにある階段を上ると、横に長い受付カウンターがある。依頼について話す冒険者さんたち、せわしなく動く職員さん達。ここにいる全員が人のために働いているのだと思うと、本当に頭が下がる思いだわ。
重そうな鎧や武器を鳴らす彼ら彼女らの間を縫って、受付の順番待ちをすること10分。そこで依頼完了報告の旨を伝えて列を離れ、受付の前にある丸テーブルに座りながら担当者さんを待つことさらに10分。
「お待たせしました、スカーレットちゃん! 依頼完了の手続きで大丈夫ですか?」
そう言ってキレイな金色の髪を揺らしながらやってきたのは、人間族の女性。白のシャツに肩の無い紺色の上着、同じ色のスカートを合わせたギルド職員の制服を着ている。身長は私より少し高いくらいで、メイドさんよりも少し低い。大きな青い瞳が愛らしい、そんなはつらつとした印象の女性だった。
「ええ。確認をよろしくね、アイリスさん。これが受取った人たちの署名よ」
「確認しますね。ゴロデさんに、キリッケさん、それからテューターさん……」
依頼書が3枚。それぞれにある署名欄の名前を丁寧に確認していくアイリスさん。冒険者にはそれぞれ担当者がいて、個人個人の信用や力を把握しながら適切な依頼を割り振ることが多いみたい。
そして、私の担当受付が目の前にいるアイリスさん。今朝、冒険者としての登録をした私を率先して担当してくれた。
「はい、3件の依頼達成、確認しました! 初めてのお仕事、どうでしたか?」
「たくさん歩いて疲れたけれど、それぐらいかしら。特に身の危険も感じなかったし、ウルセウを色々見ることが出来て楽しかったわ」
「ふふっ、それなら良かったです。まずはこういった小さな依頼で人脈を広げながら、町について知っていく。冒険者さんたちみんなが通る、大切な一歩なんですよ?」
言われてみれば、届け先の人たちは種族も職種も色々だったような。遠さも端から端までというわけでは無かったけれど、西、南、中央とそれなりに距離があった。ただの配達だと思っていたけれど、そんな意図があったのね。
「どんな依頼も大切ということね」
「はい! それにスカーレットちゃんは女の子1人なので、地味かもしれませんが配達や採集なんかの仕事が多くなります。えぇっと、それでも大丈夫ですか?」
そう言って、アイリスさんが方針を確認してくる。申し訳なさそうなのは、きっと、冒険者の花形だと聞いた魔物討伐の依頼を受けさせられないことに対してでしょうね。でも、どんな仕事も人の役に立つということは変わらないはず。それに報酬というお給料だって貰える。
「ええ、問題ないわ。まずは生活費を稼がなくちゃいけないもの」
「了解です。次はいつ来られますか? 適当な依頼を見繕っておきますよ?」
「今日はもう日が暮れてしまったし、明日また来る予定よ。大丈夫?」
「わかりました! すぐに次の依頼を探しておきますね。では報酬を持って来るので、もうしばらく待っていてください」
トタトタと受付の裏へと消えて行ったアイリスさんを見送る。たくさん人に会って、たくさん歩いて。疲れたけれど、旅のそれと違って無性に心地いいのはなぜかしら。充足感とでも言えるような、そんな気持ちが沸き上がる。
「お待たせしました! E
赤色の金属ヒノカネを使った1000n硬貨が3枚。緑色のヒスイノカネが使われた500n硬貨が1枚。4枚の硬貨が今回の報酬ね。
この1つ1つが人々の想いだと思うと、なんだかむずがゆい気持ちになる。重みを感じるそれらを受け取ると時、自然と笑みがこぼれてしまった。
「ふふ、初めてしっかりと笑ってくれましたね?」
「そ、そうかしら? 言っておくけど、お金が嬉しいんじゃなくて、あ、もちろんお金も嬉しいのだけど、それだけじゃなくて――」
意図せず笑顔を見られてしまって、しどろもどろに答える私をニヤニヤと見ていたアイリスさん。
「また明日ね、スカーレットちゃん。またのお越しをお待ちしています!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます