○今日の一皿は……焼肉!

「近くに火つけ石があるのに、まさかお嬢様が魔法をお使いになるとは……。動かないでくださいね」

「ごめんなさい。てっきりただの黒い石ころだとばかり思ったわ。んぐ……。強すぎない?」

すすは意外と落ちないんです。ああ、綺麗な髪にまで……」

「……ごめんなさい」


 大体30分後。部屋に連れ戻された私は椅子に座って、すすで汚れた顔をメイドさんに拭かれていた。火つけ石は強く擦り合わせることで火花が散る石らしいわ。


「木材も、最初の1本はきちんと油を染み込ませたものを使用しないと時間がかかってしまいます。もしくは、紙や枯草などの燃えやすいものから順に火を移すのが基本ですね」


 煤で汚れた布を水を張った桶ですすぎながら、メイドさんが教えてくれる。


「まさか料理をする前に失敗するなんてね。格好がつかないにもほどがあるわ」

「失敗することは悪いことではありません。わたくしは、挑戦しないことの方が良くないことに思えます。……はい、服を脱いでください♪」

「そこで声を弾ませないでくれる?」


 汚れた服を洗うためでしょうけど、余計な勘繰りをしてしまうじゃない。スカートは黒いからいいけれど、白い上着と紅いネクタイは大丈夫なのかしら。初めて自分で買った服だし、ポルタの思い出の品でもある。できれば捨てたくはないけれど……。

 そうして不安げに服を見る私の表情から何かを察したらしいメイドさん。


「安心してくださいお嬢様。メイドの威信にかけて、必ず綺麗にいたします」


 丁寧に畳んで、〈収納〉の中にしまい込んだ。




 結局、時間も遅くなったためにメイドさんが料理を作ってくれた。

 ナールと魔石灯の光に照らされた夜のウルセウ。調理場の横にある食卓には2人分の鉄板が並んでいた。

 今日は切ったブル肉に香辛料と香草をかけて丁寧に焼き上げた焼肉ステーキと、私が料理に使う予定だった野菜を使った付け合わせだった。音を立てながら跳ねる脂が私の食欲を誘って来る。


「頂くわ」

「はい♪ 美味しいので、是非」


 ナイフとフォークで切り分けて焼肉を一口食べる。途端にあふれ出した肉汁が口の中を優しく満たす。次いで刺激的な香辛料の刺激が襲ってくるのだけど、それをブルの肉の脂が受け止めてくれて程よく中和……いいえ、引き立て合っているわ。

 噛むごとにお肉の味がしみだして、その奥に感じるのはやっぱり牧草の香りかしら。飲み込んだ後に残る脂っこさは、さわやかな香草の香りと付け合わせの野菜たちがきちんときれいにふき取ってくれる。


「~~~~~~っ! たまらないわね!」

「当然です♪ お嬢様を思って作りましたので」


 旅の疲れがたまっていたのに、一気に吹き飛んだ気分だわ。手が止まらないとはこのこと。ライザさんの手料理もおいしかったけれど、今日のこれは間違いなく人生で一番おいしい。


「ポトトにも同じものを?」


 美味しいものはみんなで共有するべきでしょ? そう思って聞いてみるとメイドさんは首を振った。


「いえ。彼女にはもったいないので、今朝獲れたばかりという新鮮な野菜を。それはもう美味しそうに食べていました」

「ふふ、そう。ポトトも頑張ってくれたものね。メイドさんがそのあたりはきちんとしてくれて嬉しいわ」


 もったいないと言いながら、毎回の食事はきちんと考えてくれているみたい。じゃなきゃポトトがあんなに健康なわけないものね。


「食事は小さいままで?」

「さすがに時間がかかってしまうので、そこの道で食べさせようと。その際にお嬢様を見つけた次第です」

「面目ないわ……。そう言えば、どうして私は眠くなってしまったのかしら……」

「ああ、そちらについては――」


 メイドさんの話によると、魔法は誰でも使えるスキルみたいなものみたい。それが使用者の魔力と結びつく形で発現するらしいわ。さっきの私はどうやらスキルポイントが空っぽになったから気を失ってしまったみたい。


「スキルポイントが0になると気を失ってしまう。きちんと覚えていないと、戦っている時なんかは大変なことになりそうね……」

「『スキルポイントは1以上残せ』。常識ですね。アートードの時も、今回の魔法についても。お嬢様の知識には所々、穴があるようです。分からないことがあればきちんと申してくださいね」


 話してるうちに、鉄板の上には何もなくなっていた。まさしく、絶品だったわ。


「ご馳走様。明日からは働き口を探さないと。あ、神殿にもいかないとなのよね?」

「神殿はもう少し落ち着いてからでよろしいかと。働き口については、おすすめがございます」


 また何か知らないところで動いてくれたのかしら。少し申し訳なく思いながら心当たりについて聞いてみると、夕方に彼女との話で話題に上がったという。けれど思い出せない。自分で言うのもなんだけど、人と色にあふれたウルセウに浮かれていた自信だけはあるもの。

 そうして頭をひねる私にメイドさんが教えてくれた仕事先は、私が尊敬するあの仕事だった。……そうね。今思えば、ぴったりかもしれないわ。


 翌朝。今度こそ朝食作りに挑戦した私は、焼いたパンに目玉焼きと塩味の効いたポチャ肉のベーコン、葉野菜を挟んだものをメイドさんが入れてくれた紅茶と一緒に頂いた。食材はポルタで余ったお金エヌを使って、城門前の中央市場で買ったもの。

 パンも卵も結構焦がしてしまったけれど、メイドさんは文句ひとつ言わずに食べてくれた。正直私は紅茶が無ければ食べられたものじゃなかったと思うのだけど……。

 私も彼女が納得するような料理の腕を早く身につけないとね。たとえ何年かかっても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る