○屋内都市

 リリフォンは異質なところだった。それは今私がいる中央の塔からも良く分かる。

 関所にもなっている塔の入り口で衛兵さんの検問を受けた後、入国を許可された私達。ヒヤッとしたのは動物ポトトの入国条件。いわく持ち主が〈意思疎通〉、もしくは動物当人が《言語理解》を持っていることが前提だったことね。きっとこれもあって、メイドさんはポトトのレベル上げをしてくれていたんだと思うわ。


 壁と同じ、のっぺりとした灰色の石材でできた床を踏みしめて塔の内部へ踏み入る。


「なんというか、人工的な芸術品、みたいな所ね」


 それが、私がリリフォンを見て最初に感じた印象だった。

 床や壁に大量に設置された、暖色系の魔石灯で照らされている屋内。円筒状の塔の半径は軽く100mを越えていそう。閉じられた空間なのに、声が反響しない程度には広い。

 目を引くのは巨大な塔を支える太くて大きい柱。柱自体も直径30mはあるんじゃないかしら。

 塔の壁と柱には、曲面に沿うように螺旋階段があって、それを使って各階に上がっていくみたい。

 塔の壁に穴が空いているように見えるのは、それぞれの建物に続く土管があるから。壁からは中央の柱に向けて渡り廊下が架けられて、それ同じ数だけ支柱が乱立している。渡り廊下と支柱で埋め尽くされた頭上は、どこか狭苦しい印象があった。


 塔の1階は中央の太い柱を中心にして広場になっていて噴水や芝生、ベンチがある。朝ごはんを食べ終わった家族や子供たちが楽しそうに遊んだり、くつろいだりしていた。港からここまで人っ気が無かったから、少しホッとする。


「渡された案内図によると、市街地と呼べる場所は主に南側……港方向の建物に集中していそうですね」


 旅客だと伝えた時に衛兵さんが渡してくれたリリフォンの地図を眺めながら、メイドさんが教えてくれる。私も彼女と並んでそれを見る。

 今いるのが中央の塔『タワー』ね。そこからまずは太い土管を伝って東西南北におおよそ別れた地区へ移動する。人が暮らしているのは北区以外の3区画で、南区に商業施設なんかが集中しているみたい。ついでに北区は工業地区みたいだから、私達が行くことは無いと思うわ。

 町は、4㎞四方くらい? ポルタよりも少し大きい程度。その全部を、土管を伝って移動するとなると結構大変そうね。階段も高低差もあるから牛車や鳥車は使えなさそうだし、物資の運搬なんかはどうしているのかしら。

 隣で難しい顔をしながら地図を眺めているメイドさんに目を向けて、聞いてみる。


「宿もそこに行けばあるって考えて良いの?」

「恐らくは。冒険者ギルドは、この規模の町だと支部になりそうですね」

「つまり、手厚いサポートは期待できなってことで合っているかしら?」

「はい。アイリス様のような担当受付などは、期待できないでしょう。もし冒険者業をされるのであれば、お嬢様が自ら判断して依頼を受けなければなりません」


 自由に依頼を受けられる、と言えば聞こえは良い。だけど、私みたいに経験の浅い冒険者は己を見極める力も、依頼が適正なのかという判断材料も少ない。ここで冒険者業をするのは難しいかも。


「わかったわ。とりあえず、南区に行ってみましょう。腰を落ち着けてから、考え事はしないとね」

「仰せの通りに♪」『クルッ!』


 私の提案に、メイドさんが笑顔で、ポトトが羽を広げて了承してくれる。外は湿気が多くて羽が重かったのでしょう。少し気分が落ち込んでいたように見えたポトトに元気が戻ったようで何よりだわ。外と違って建物内は少し肌寒いけれど空気が澄んでいて、過ごしやすいものね。




 階段を上ったり、下ったり。魔石灯がほんのりと照らす土管を行ったり来たり。地図には大まかな道しか書かれていないこともあって、道にも迷う。直線距離なら20分もかからないでしょうに、不便ったら無い。

 だけど、ヘンテコなリリフォンの町の“在り方”を私は気に入っていた。景色は基本的に魔石灯に照らされた階段と通路、そして大量の扉。その1つ1つが家だったり、会社だったり、果ては公園だったりする。中が何なのかは表札でわかるようにはなっているけれど、ドアを開けたその部屋が芝の生い茂る広場だった時はさすがに驚かされたわ。


『どうやら照明が工夫されているらしく、背の低い植物であればデアの光が無くても育つようです』


 と道中、メイドさんが解説してくれた。タワーで見た植物も似たような原理で維持されているのでしょうね。水は土管の壁の中に通されている管を使って、町中に供給されているみたい。年2回、火の季節水の季節を前に行なわれる『ジェリー』を使った水管の清掃作業は知る人ぞ知る行事らしかった。


「ブヨブヨで汚れを食べて生きるジェリーと私たちホムンクルス。同じ魔法生物なのは少し複雑な気分ね」


 魔法生物。そう言った自分の声で思い出すのは、船で勉強中にメイドさんにきつく言われたこと。


『お嬢様……。いいえ、レティ。良いですか? ササココ大陸では人族、あるいは人間至上主義国家が多くあります。わたくし達がホムンクルスであることはこれまでとは違って“意図的に”隠してください』


 そんな言葉だった。時折、こうして自分が“人”では無いことを自覚させられる。人の細胞とスキルの粋を集めて造られる私達ホムンクルス。見た目も、生物的な構造も、ほとんど彼らと変わらない。けれど、私達には魔物と同じ“魔石”が体内にあって、それが心臓の代わりをしている。流れる血も、感じる拍動も、細胞分裂から新陳代謝に至るまで。所詮は全て、作り物。

 アイリスさん、ライザさん、イズリさん……。彼女達と同じように笑って話すけれど、根本のところは全く違う。なんだかそれがとても、もどかしくて――。


「着きましたよ、お嬢様。……お嬢様? どうかされましたか?」


 うつむいて考え事をしながら歩いていた視界が明るくなった。同時に人を感知して自動で開くケリア鉱石製の透明な扉が開く音が聞こえる。


「いいえ、何でもないわ。それより」


 そう言って、私はうつむいていた顔を上げる。そこには明るい白色の魔石灯で照らされ、多くの人々が行き交う巨大商業施設『ゼレア』があった。

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