○『キリゲバに見つかった』
リリフォン南区にある巨大な複合型商業施設『ゼレア』。ジメジメとした日の当たらない場所にも力強く咲く花の名前を冠する建物。食品、家具、娯楽、運動。ここに来れば大抵のものが事足りる、生活の中心地。そんな場所なのだと、ここに来るまであった人たちが語っていた。
薄暗い土管と建物の廊下を歩いて来たから、ゼレアを照らす魔石灯がやけに眩しく見える。それに、店内を満たす人々の活気はウルセウの中心部と何ら
「大きいお店ね……。確かここの上階が宿泊施設になっているんだったかしら?」
「
壁に設置された案内図を3人で見上げる。ポトトは見てもわからないでしょうけど、私達のマネをしているみたい。
各階層について、簡易化された絵と一緒に紹介されている。
「地下が2階、地上は10階まであるのね。1階が食べ物、2階から5階までが家具と衣服の階層ね」
「6階、7階に遊興施設。宿泊できる場所は8階、9階ですね」
地下と10階は施設関係者だけが入ることの出来る場所みたいで、詳細は書かれていない。
「聞いた話では2,600nが最低
メイドさんの助言に頷いて、私達は上階を目指す。途中、通路の幅に対してポトトが大きすぎるから小さくなってもらった。
魔力で上下する昇降機を使ってたどり着いた8階の宿泊施設の
宿を確保して次にしなければいけないこと。それは、そう、働き口の確保ね。けれど、これがかなり難航した。まずは宿の足元にあるお店で働くことを目指したけれど、募集は無かった。次に目指したのは売り込み。働けそうなところが無いか道行く人に聞いてみるけれど、どれも空振り。
一度、手ごたえがあった人間族のおじさんの家政婦に行ってみたけれど、過剰なスキンシップを求められたから断念。イチマツゴウ以来、久しぶりに鳥肌が立ったわ。
こうして2日間。ろくに収入もないまま迎えた夜。
私はメイドさんと2人、ゼレアに備え付けてある大浴場に半身を浸していた。リリフォンは海底火山が近いこともあって、温泉が豊富に湧き出ている。それを組み上げて利用しているらしいわ。
この浴場は宿泊客ならだれでも利用できる。湯浴み着を着用することが条件だから、こうしてメイドさんお手製の白いものを着ているわけだけど。
「さんざんね……」
そんな弱々しいつぶやきが、絶え間なく流れ込むお湯にかき消される。紅い目をした私が水面に揺れている。ポルタでメイドさんに言われた通り、なかなか見ず知らずの人を雇ってくれる人はいないみたい。
リリフォンに住む人々の住民性もあるでしょうね。閉鎖された場所で暮らす彼らは、皆と言わないけれど、よそ者である私達にそっけない。もちろん、聞けば最低限のことは教えてくれるけれど、一歩踏み込めば返ってくるのは気まずそうな作り笑顔とやんわりとした否定ばかり。
聞き方が良くなかったかしら? それとも態度? 何が悪いのか、分からない。
「どうかしましたか? 私の体をじっと見て」
そんなメイドさんの声で、私が彼女を無意識のうちに見ていたことを知った。
私と同じ白の湯浴み着を着て、白金の髪をタオルで纏め上げているメイドさんは、メイドさんじゃないみたいだった。まるで、お人形みたいで、やっぱりメイドさんも丁寧に造られたホムンクルスだということが分かるわね。
引き締まった体に長い手足。張り付いた湯浴み着が浮き上がらせる胸もお尻も身長も。私より一回りずつ大きい。なのに、腰の細さは同じくらい。従者として日々努力を欠かしていない証拠……よね?
「いえ、ごめんなさい。メイド服を着ていないメイドさんにはやっぱり違和感があって」
すぐに彼女に頼ろうとしてしまう自分が情けなくて、視線を水面に戻すと弱弱しい自分の紅い瞳と目が合う。それが嫌で、視線をずらすと、水面に映ったメイドさんの青い瞳と目が合った。
「んふ♪ 謝る必要はありません。
「……いいえ、それこそ結構よ」
「あら、残念です♪」
お湯をすくって腕にかけるメイドさんをよそに、私は仕事の問題にもう一度目を向ける。今持っている3,000nでは、今日明日中に食費で尽きてしまう。いいえ、今日の宿代2,600mをメイドさんに払うと、明日の朝ご飯だけで所持金が無くなるわ。
「はぁ……。仕方ない、わよね」
「気が変わりましたか? かしこまりました。私はいつでも――」
「そっちじゃない!」
他のお客さんもいる手前、静かに怒って見せた私は湯船から上がる。そのままメイドさんを置き去りに――出来るわけもなく、結局、2人してポトトが待つ客室に帰ることになった。
翌日、私はゼレアから少し離れたところにある冒険者ギルド支部を訪れることにする。冒険者としては経験不足だけどこればっかりは『キリゲバに見つかった』。本当にどうしようもないもの。
そうして訪れたこぢんまりした建物の中で、私はリリフォンが“こうなった”もう1つの理由を知る。……のだけど、それ以上に大きな“収穫”が、依頼の途中であったのよね。
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