○うるつや肌になれるのに

 港からリリフォンの町中に入る。時刻は朝の9時過ぎ。これはメイドさんの体内時計によるものだけど、その正確さはこれまでの付き合いで信頼に足るものだと分かっていた。

 霧のせいでデアの光が届かず、町はどこか薄暗い。それに、


 「朝とは言え、とても静かね」


 そんな私のつぶやきが良く聞こえるほどには、リリフォンの町は静かだった。まだ朝の9時だから? 少し変なにおいがするけれど、ほんのりと温かな気候は外で過ごしやすそうなのに、住民らしき人がいない。

 気になることは他にもある。1つ1つの建物が大きくて、ウルセウの冒険者ギルドくらいの建物が乱立していること。その建物同士が地表や中空に渡された太い土管のようなものでつながっている。上から見ると、迷路のようでしょうね。建物や筒にある窓から魔石灯の光が漏れているから、中に誰かがいるのでしょう。


 「だけど、やっぱり出入り口は無い……」


 道は舗装されていて、丸い灰色の石が敷き詰められた感じ。地面は霧に濡れているけれど、でこぼこのおかげで滑るようなことは無さそうね。ただ、壁や地面についた大きな傷なんかが補習されていないのはいただけないけれど。

 カツカツという私のブーツの足音、カリカリとポトトの爪が地面を掻く音が響く。こうして聞いてみると、メイドさんって足音がほとんどしないのね。それも従者としての“たしなみ”なの? そんなことを考えていたら、


 「わたくしもリリフォンに来るのは初めてなので、実態は知りません。が、不思議な光景ですね」

 「……え?」


 しげしげと町を観察していたメイドさんから衝撃の告白があった。知っているような口ぶりだったけど、どうやらそれは情報収集で得た知識だったみたい。


 「そ、そうだったのね……。じゃあメイドさんは昔、どうやって別荘に行っていたの?」

 「転移でポイっと、です♪ さすがに慰労のためだけにハリッサ大陸からの長距離移動などしていられません」


 そう言えば、転移陣が使えなくなったとかどうとか、ポルタで話していたこと尾を思い出す。ササココ大陸よりさらに北西にある極寒の地ハリッサ大陸にはメイドさんと“ご主人様”が住んでいた死滅神の本部があったはず。本部の転移陣が壊れたから、私達はこうしてわざわざ移動しなくてはいけないわけね。そして、その旅費を稼ぐために、働いているわけだけど――。


 「もしかして、私達がこうして不便しながら移動しているのは前任者を討った召喚者たちのせい?」

 「今頃お気づきですか? 奴らがわざわざ起点となっていた本拠地の転移陣の破壊などしたために、こうしてお嬢様もわたくしも遅々として進まない旅をしているわけです」


 転移陣があれば、もっと効率的に、前任の死滅神の情報を集められたのに。そう思わなくはないけれど、もしも転移陣が使えていたら、ポトトのありがたみも分からなくて、ライザさんやアイリスさん達とも出会っていなかったかもしれない。だとするなら、彼女たちに会わせてくれたという意味で、前任者を討った召喚者たちには感謝すべきなのかも。


 「……まあ、こればかりは仕方ないということにしましょう。それよりも今は、宿を探さないと」


 やるべきことを1つずつ。それ自体は変わらないはずよ。差し当たって私たちは、リリフォンの中央を目指す。途中、土管を越えるための階段をいくつも上り下りさせられたけれど、南北を走る中央通りまで出れば真っ直ぐに道が続いていた。商業用の荷馬車が通るためだろうというのがメイドさんの見解だった。


 そうしてたどり着いたリリフォンの中央。そこには巨大な円筒の塔が立っていた。その塔からは中空で四方に土管が渡されていて、それぞれ建物につながっている。ここまで来ると分かってくることがある。


 「どうやらリリフォンの人々は、建物と土管の中で生活しているみたいね」

 「さすがお嬢様、御慧眼ごけいがんです」


 どうやら私が気づくまで待っていてくれたらしいメイドさんが、塔に向かう道すがら補足してくれる。塔の外壁にそって円を描く道の幅は、優に50mはある。周りの建物も大きいから、自分たちが小さくなったみたいに錯覚してい舞うような、そんな街並みだった。


 「ササココ大陸は海底火山によって生まれた大きな大陸だと言われています。こうして町を包んでいる霧も、実は温かな海からの湯気なんですよ?」


 北方と言う寒冷な気候と、海底火山で温められた海水の温度差による湯気。それがリリフォンを包む霧の正体みたい。白鯨海はくげいかいでもリリフォン周辺は温水海おんすいかいと呼ばれ、海では独自に進化した生態系が構築されているらしかった。


 「でも、それと土管暮らしに何の関係が? 少し臭うけれど、過ごしやすいはずよ」


 実際、霧のおかげで肌も潤っているし、密かに自慢にしている私の黒髪もしっとりツヤツヤ。腕や髪をさすって尋ねる私に、メイドさんが両手で霧を包むようにして答えてくれる。


 「その原因こそ、この霧とにおいです。実は空気中にわずかながら有害な物質が含まれております。数年単位で吸い続けると、体を壊してしまう。だから人々は、こうして引きこもって暮らすようになった、と」


 有害物質って、毒ってことよね。なるほど、ここで“暮らす”となると、相応の工夫が必要だったということね。


 「他にも、どうしてそこまでしてリリフォンで暮らすのか、という疑問もあるでしょうが……先に関所で検問を済ませてしまいましょう。どうやらリリフォンへは、この中央の塔からしか入れないようです」


 そう言えばウルセウに入る時も検問があったわね。宿探しはそれからになりそう。大きく門戸を開いた中央の塔に私、メイドさん、ポトトの順で入る。

 この先にある“屋内”こそ、真のリリフォンの姿のはず――。

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