●リリフォンにて

○〈即死〉じゃお金は稼げない

 船でまったりとした日々を過ごすこと11日。10月の17日の明け方。私達はササココ大陸南端の港、リリフォンに到着した。“霧の町”と言うだけあって、到着する1時間以上も前から海は霧に包まれていた。それに、北の町にしては何だか温かいような……?

 港に船から下りるための階段がかけられて、順に下りていく。その波に乗って私、メイドさん、ポトトも不自然にならない程度の手荷物を持って岸に降り立った。しばらく船の上にいたからかしら。揺れない地面に、体が変な感じね。


「ここが、ササココ大陸、リリフォン……」

『ルゥ!』


 メイドさんが乗降手続きをしてくれている間に、ポトトと並んで町並みを眺める。うっすらと霧が立ち込めているから町全体は見渡せない。けれど、少なくとも100mくらいなら問題なく見通せそうね。

 港は、ウルセウに比べるとかなり静か。寂れているというよりは、落ち着いた雰囲気ね。目に付く建物は灰色の石材で作られたものが多いかしら。ウルセウでは色とりどりの三角屋根が楽しかったけれど、ここは四角くて、全体的にかなり大きい建物が多そうね。


「でも、入り口が無い。どうやって中に入るのかしら」

「お待たせしました、お嬢様。それでは参りましょう」

「そうね、まずは宿……と行きたいのだけど、どうしてここに来たの、メイドさん? 何も紅葉の観光だけじゃないんでしょ?」


 あのメイドさんが観光だけで私をここに連れて来たとは思えない。きっと何か裏があるはず。そう思って、私は紅い目でメイドさんを見上げる。疑念ではなく、彼女への信頼を込めて。

 そんな私の態度に一瞬、翡翠色の瞳を見開いたメイドさん。だけどすぐにいつもの柔和な笑顔を浮かべると、


「んふ、お嬢様のおっしゃる通りです♪ ここにはご主人様の別荘がございました。そこに何かお嬢様の役に立つものがあるのではないかと、愚考いたしました」


 観念したように白状した。


「そう。じゃあ今回はその別荘を目指すことになるのかしら?」


 私の問いかけにプラチナブロンドの髪を揺らして頷いたメイドさん。

 なるほど。確かに前任の死滅神の遺品があれば、何か役に立つかもしれないわね。それこそ、手記なんかがあれば私の出自の詳細についてもわかるかも。


「場所はここ、リリフォンから北東の山を5つほど超えたところもあります」

「そう。じゃあ早速、宿を……山を5つですって?」

「はい♪ 鳥車ですと、1ヶ月ほどかと」


 え、普通に遠くない? 何が嫌って、1ヶ月近く鳥車に揺られること。だって、お尻が痛いんだもの。


「その距離、どうにかならないの?」

「おや、お嬢様にしては珍しい弱音ですね。それほどお体が痛かったのですか? 念のために、少し厚めのクッションも用意しておきましたが……」


 なんでもお見通しのメイドさんには感嘆するしかないわね。でも、私の本音としては野宿をするたびにメイドさんの負担が増えてしまうのが嫌なのよね。今なら多少、私が頑張ればメイドさんの苦労を減らせるのかもしれないけれど……。それにポトトの負担も尋常じゃない。いくら職業ジョブが“運び屋”だと言っても、働き過ぎは良くないでしょ?

 あごに手を当てて私が悩んでいると、メイドさんが白手袋をはめた指を立てた。


「お嬢様が選べる手段はおおよそ3つかと。1つ、素直に1ヶ月ほどかけて地道でご主人様の別荘に向かう。2つ、飛空艇ひくうていを使って、のんびりとした空の旅行。3つ、諦めて帰る、もしくは別の目的地を探す。以上です」

 「2番目一択じゃない?!」


 思わず声を張り上げてしまった。あるんじゃない、理想的な道のりが!

 飛空艇は魔力を込めると浮き上がる性質を持った鉱石を腕のいい技師さんが錬成。そうして船1つを浮き上がらせるほどにしたもの。

 空の旅はきっと船と変わらないでしょうし、憧れだってある。空を飛ぶなんて、夢みたいじゃない? これならメイドさんもポトトも――。


「ですがよろしいのですか? 飛空艇の最低使用料金は1日1,000,000エヌからだと聞いております」

「……嘘、でしょ?」


 メイドさんから聞いた金額の桁が間違っていることを祈って聞き返してみる。けれど、聞き返した私にメイドさんは笑顔で首を振った。


「待って。ウルセウで私の稼ぎが1日11,000n……いいえ、あれは指名料も入っていたはず。だとするとやっぱり6,000nぐらいかしら……」

 「ここでの宿泊料は2,500nほどだと聞きました。食費は日ごと切り詰めて1,500nほどでは?」


 つまり単純計算で1日2,000n。目指す金額は1,000,000nだから、えっと……。


「500日間。つまり、1年とさらに半年ほど。毎日毎日働いて、ひもじい生活をして、ようやく乗ることが出来ますね♪」


 メイドさんが素早く計算してくれた。なるほど、それぐらいなら私が働けばいけるわ。


「分かったわ。少し時間がかかるけれど、1,000,000nエヌぐらいどうってことない。きっとその頃にはステータスもレベルも、かなり上がっているはずよ」

「かしこまりました。別荘までは3日かかるので、さらに3倍。つまり5年近くかければ空の旅が――」

「ごめんなさい無理ね諦めましょう。少なくとも、今飛空艇を使うべきでは無いわ」


 というより、無理な案を提案しないでくれるかしら。それともメイドさんならそれぐらいの金額持っていると? ……あり得そうなのがまた、怖いわ。だって、シュクルカさんとの共闘だけど、1匹80,000nの赤竜を簡単に倒してしまうんだもの。魔物退治や動物退治をすれば、稼いでしまえそう。


「はあ……。結局、方法は1つなのね。こうなったら、絶対に良い鳥車を買ってみせるわ」

「最初から諦める選択が入っていないのは、さすがお嬢様です♪」

『クゥルルー!』


 何をするにもお金がかかる。お金の前には〈即死〉なんて意味が無い。厳しい世界だわ……。

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