○side:S・S ファウラルにて

 そうして、わたし千本木桜せんぼんぎさくらは情報収集を始めた。情報と言えば冒険者ギルド! ということで、ファウラルでお世話になっているギルド職員さんからスキルについて書かれた本をいくつか借りたんだけど……。


「メイドさんが言ってたこと以上の情報は無いか~……。これ、ありがとうございました!」


 特にこれと言った情報もないまま、3日が過ぎてしまった。こう言っちゃんなだけど、わたし……というよりわたし達は情報収集をほとんどすべてメイドさんに任せてきた。だから、いざこうして〈転移〉の情報を調べようにも、何をどうすればいいのか、分からない。


「スマホあればなぁ……。GPSとか、ミーチューブとか、インツタで一発なのに」


 フォルテンシアって、便利なんだか不便なんだか分からないよね。きっと人を探す時にも役に立つスキルがあってしまうから、技術が発展しないんだと思う。で、必要な時は必要なスキルを持つ人を頼る。各々が与えられたスキルと使命を果たすことで、この世界は回ってる。


「よく言えば分業、になるのかな?」


 究極の分業社会。それが、フォルテンシアという世界の常識みたいだった。


「って、余計なこと考えてる場合じゃないっ」


 今はひぃちゃん達が居なくなって3日目。どこかに転移させられたのだとして、もしその場所に水や食料が無かったら、もうそろそろ限界ということになる。

 わたしは無い頭を使って、ひぃちゃん達の居場所をもう一度よく考えてみることにした。


「多分、ひぃちゃんの性格的に、自分が死滅神の役割をこなせなくなったらその時点で自殺しちゃう。でも3日経った今も死んで無いって言うのはメイドさんの職業衝動から分かるらしいから……」


 ということは、自分の使命を果たせるような場所に居るはず。……じゃあ、案外、安全な場所に居るのかも。で、わたし達との合流を目指している? そうだとすると怖いのが、入れ違いになること。ひぃちゃん達がわたし達を探しにファウラルに戻って来たのに、わたし達はひぃちゃん達を探しに外に出ている。この状況が、一番まずい。

 でも、実は私たちにファウラルを出ないといけない事情がある。それは、ファウラルを訪れた目的――転移陣を直すことが出来る、魔法道具の技師『クゥゼ』さんの存在だ。

 メイドさんが長い交渉の末、クゥゼさんの予約アポを取り付けてくれた。それがちょうど、ひぃちゃんが居なくなった日だった。お誕生日プレゼントとして、わたしはグラスを、メイドさんは情報をそれぞれ用意していたんだけど、計画はダメになった。


「契約期間が30日。転移陣があるハリッサ大陸まで、急いでも20日はかかるらしいから……」


 残された期限は約1週間。それまでにひぃちゃん達の居所を調べられなければ、わたし達は選択を迫られる。数少ない技師であるクゥゼさんを手放して、雲をつかむような話でもあるひぃちゃん達の居所を探すのか。それとも、クゥゼさんを連れてハリッサ大陸へ向かうのか。


「現実的なところだと、ハリッサ大陸に行って転移陣を修復した後、ファウラルに転移して戻って来る、かな?」


 転移がどこまで便利なのか分からないけど、この方法なら転移陣を修復しつつ、入れ違いの可能性を最小限に出来ると思う。あとは……、篠塚しのづか君とかルゥちゃんに頼んで、ひぃちゃん達が来た時の足止めを頼む、とかかな。


「ルゥちゃん。ひぃちゃんが居なくなったって聞いて、心配してくれてたし……」


 うん。情報収集はメイドさんに任せて、わたしはちょっと先の未来を見据えて動こう!

 なんたってここはフォルテンシアだもんね。分業だよ、分業。わたしはチャッキーこと空飛ぶ箒に飛び乗って、まずは工房・ルゥへと行ってみることにする。


「ついでに、何か〈転移〉の情報について分かったことがないか聞いとこ」


 そうして訪れた、服の仕立て屋さん『工房・ルゥ』。出迎えてくれたのは店主である赤髪の小さな女の子ルゥちゃん。ひぃちゃんよりも小さくて幼い見た目なのに100歳を超えていて、ハルハルさんのお母さんでもあるんだって。……まぁ、わたしは今も信じてないけど。

 軽い挨拶を済ませた後、ひぃちゃん達がまだ帰って来ていないこと、〈転移〉に巻き込まれたかもしれないことを話す。しばらく、特徴的なひし形の瞳を伏せながら話を聞いてくれていたルゥちゃんだったけど、突然。


「〈転移〉のスキルを持つ魔石については、知っているわ」


 と、思いがけないことを教えてくれた。


「えっ?! ほんとですか?!」

「ええ。昔、わたくしが遊び場として使っていた浮遊島があったの。そこにつながる〈転移〉の魔石を持っていたことがあるわ。〈転移〉の魔石なんて滅多にないし、わたくしが持っていたものと同じである可能性は高いんじゃないかしら」

「持っていた、ということは、今は持っていないんですよね? じゃあ、その魔石は今どこに……?」

「あら、サクラ。今大切なのは、魔石の在りかでは無くてスカーレットの居場所でしょう? 貴方あなたが聞くべきは、『じゃあその浮遊島はどこ?』なんじゃないかしら」


 おかしそうに笑って、ルゥちゃんが正論を言ってくる。……そうだよね。言う通りだ。改めて問い直したわたしに教えてくれた浮遊島の場所。それは、人が住むにはあまりにも過酷な場所だった。でも、ハリッサ大陸を目指すわたし達にとっては好都合な場所でもある。これなら、メイドさんを納得させることも出来そう。


「ルゥちゃんが、絶対にお高い〈転移〉の魔石をなんで手放したのか。めっちゃ気になるけど……っ! 今は良いです! 情報提供、ありがとうございます!」

「うふふ! いいの。友人を助けるのは当然だわ? わたくしの方でも引き続き、ハルハルに調べさせてみるから」

「あ、あはは……ルゥちゃんが調べるんじゃないんですね。ハルハルさん、大丈夫かな?


 魔法の研究に、篠塚しのづか君たち勇者パーティの手伝い。貴族としてのお仕事もあるだろうし……。


「ハルハルさんに、ごめんなさいとありがとうって伝えておいてください!」

「ええ。きちんと伝えておくわね」


 ハルハルさんが過労死しないことを祈りながら、わたしはひとまず、手に入れた情報をメイドさんのもとへ持ち帰ることにする。


 ――メイドさん、冷静だと良いんだけど……。


 多分、本人は気付いてないけど、ひぃちゃんが居なくなってからのメイドさんは正直、見ていられないくらい痛々しい。寝る間も惜しんで情報を集めて、宿に戻って来たと思ったらポトトちゃんとわたしの最低限のお世話をしてまたどこかへ行く。その繰り返しだ。お化粧でもギリギリごまかせない目の下のクマ。ほんの少しだけ味付けの濃い料理。寝不足もあるんだろうけど、最近は優雅な身のこなしも精彩を欠いている……ような気がする。あと、事あるごとにため息をつくし、


わたくしは、ダメなメイドです……』

わたくしなんかより、サクラ様の方が上手くできると思います』


 ひぃちゃんに負けないくらい卑屈なことを言う。気弱なメイドさんも可愛いけど、ちょっとうざい。


「やっぱりメイドさんには自信たっぷりで居てもらわないと」


 メイドさんにとって主人が居なくなるのは、フェイさんに続いて2回目。元々、自分の侍女としての役割にも責任と誇りを持ってる人だから、自分の至らなさがひぃちゃん失踪に関わっていると思っている節があるんだよね。


「で、ひぃちゃんもルゥちゃんもそうだけど、フォルテンシアの人って自分の役割とか仕事にめちゃくちゃこだわるから……」


 自分のことなんかかえりみないで、無理をしちゃう、と。メイドさんが、ひぃちゃんを想って行動しているのか。それとも、あくまでも職業上、死滅神主人のひぃちゃんに尽くしているのか。今のわたしじゃ確証は持てない。

 でも、いずれにしても。フェイさんに続いてひぃちゃんまで死んじゃったら、間違いなくメイドさんも不甲斐なさで自殺する。それくらい、あの人は自分の職業に対しては真面目で、真摯だから。

 地球生まれ東京育ちのわたしには、そこら辺の気持ちは正直、よく分からない。ひぃちゃん達と話していても、結構温度差を感じる。多分、地球で生まれた召喚者なら、誰でもフォルテンシアの人たちの“気持ち悪さ”に困惑するんじゃないかな。


「けど、このままじゃひぃちゃんも、メイドさんも居なくなっちゃう」


 ――そんなの、絶対に嫌だ。


 きゅっと唇を引き締めて、わたしはチャッキーの最高速に当たる『3速』――最高時速60㎞くらい――にギアを入れて、宿フィンデリィへ急ぐのだった。

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