○メイドさんは噓つき

 星空の下の露天風呂。まるで物語を読み聞かせるように、メイドさんは私たちが居なくなってから最初の1週間を教えてくれた。


「なるほど……。その後、魔石についての情報は出て来たの?」

「はい。ルゥルゥ様からハルハル様経由で、ファウラル政府へと働きかけてくれたようです」

「国が丸ごと?! ありがたいことね」

「んふ♪ これも、あの時。迷宮のいざこざに首を突っ込んだお嬢様が結んだ繋がりのおかげでしょう。とは言え、これでファウラル政府にも“借り”が出来てしまいましたね、お嬢様?」


 貸しだとか借りだとか。またメイドさんはそうやって、人の善意の裏を読むんだから。素直に受け取って「ありがとう」で良いじゃない。相手に貸し借りなんてなくても、困っている人が居たら「大丈夫?」と聞いてあげられるような人でありたいわ。

 でも、ハルハルさん達ファウラルに恩が出来たのも事実よね。


「落ち着いた頃にお礼に行こうかしら」

「それがよろしいかと。それだけで、ファウラル政府としては万々歳でしょう」


 アイリスさんでおなじみのウル王国でもそうだったけれど、死滅神わたしとのつながりがあるというだけで、対外的には大きな意味を持つらしかった。


「そうして魔石の情報を得たわたくしたちはハリッサ大陸への中継地点となるアクシア大陸へと向かったのです」

「ふむふむ……って、待って。狂人病はどうしたの? そのせいで私たちはカルドス大陸から出られなくなっていたんじゃなかったかしら?」


 感染経路も対処法も不明な未知の病『狂人病』。その流行のせいで、カルドス大陸から他の大陸へと向かう船は受け入れ拒否をされていたように思う。なのにどうやってアクシア大陸へ……。


「はっ! まさか、密航――」

「なわけありません。なので閃いた、という顔はおやめください」

「むぅ……。じゃあどうしてカルドス大陸から出られたの?」


 少しのぼせてきた私は一段上の段に座って半身浴をすることにする。芯まで火照った体が寒気に晒されると、何とも言えない心地よさがあるのよね。

少し高い位置から、湯船に浸かるメイドさんのうなじを見下ろす。立てた指を振りながら話してくれたメイドさんの話をまとめると、こうなる。

 ショウマさん達の徒党に居た長身族の男性サハブさん達は、実は研究者さんだったらしい。彼の研究グループによる研究発表のうち、人から人への感染が無いこと。また、病気にかかる原因が判明したことで、各国の警戒態勢が緩和されて、渡航できるようになったそうだった。


「お嬢様との話し合いがきっかけになったと聞いていますが?」

「う~ん……。思い出せないわ」


 お使いの途中、私は色々あってショウマさんとサハブさんと話をしたらしい。その時の会話が、狂人病の研究を大きく前に進めたみたい。そうして作られた研究資料に基づいて、これからカルドス大陸にある国々が一体となって、狂人病を治すための特効薬の製作に当たるらしい。


「間接的とは言え、お嬢様のおかげでたくさんの命が救われることになるでしょうね?」

「やっぱり覚えていないけれど……ふふっ! もしそれが本当だったら嬉しいわ!」


 だって、殺すことしか出来ない私でも狂人病で苦しんでいる人たちの助けに、少しでもなれたんだもの。こんな私でも、人を助けることが出来る。それが分かっただけで、成果としては十分なんじゃないかしら。……まぁ、今の私ではないことが残念だけれど。

 これで、カルドス大陸から出られるようになった理由は分かった。


「それからメイドさん達はどうしたの?」


 冷えてきた身体をもう一度湯船に沈めた私は、隣で星空を見上げているメイドさんに聞いてみる。


「カルドス大陸から出るための船を探したのですが、渡航解禁直後ということもあって、なかなかいている船が見つかりませんでした」


 大陸から出られるようになったとなれば、多くの人が港に押し寄せる。特に貿易に力を入れている商人さんなんかを中心に、船の予約は次々に埋まっていったらしい。


「で、メイドさん達はどうしたの?」

「普通の船には乗ることが出来ない。となれば、普通の人々が乗れないような船に」


 普通の人が乗れないような船……? 種族限定とかかしら。でもそれだと、魔族のメイドさんと人族サクラさんでもう既に同じ船には乗れなくなってしまう。


「やっぱり密航――」

「バカですか、お嬢様は。一般人では乗れないような高級な船……飛空艇を使ったのです」

「ば、バカ?! 言ったわね?! 久しぶりに、言ったわねこのメイド! これでも私、あなたの主人あのにっ」


 思わずザバァッと湯船から立ち上がって、憤慨ふんがいする私。だけど目の前のメイドは平然と笑って、


「主人に現実を教えることもまた、従者の務めですので♪」

「~~~~~~!」


 いけしゃあしゃあと言ってくる。怒りのあまり、私は拳を震わせることしか出来ない。


「それからお嬢様。いくら湯浴み着を着ているからと言って、風呂場で他人に裸体を見せつけるような真似は控えるべきです」

「どうして、私が、立ち上がったのか、よく、考えて!」


 口では抗議しつつ、それでもメイドさんが言っていることは正しい。私は渋々、湯船の中に引き返す。


「ほんと、メイドさんは変わらないわね。……会えなくて寂しかったのは、私だけだったみたい」


 会えない間の心細さ。それは記憶が無い今の私の中にも残っている。


「でも、そりゃあそうよね。メイドさんにとって私は、フェイさんの代替品でしかないものね?」


 メイドさんが私を心配してくれたのも、再会した時に声と肩を震わせていたのも。彼女にとって一番大切な存在――フェイさんへの手がかりとなる私とリアさんが戻って来たからでしかない。再会できて嬉しかった私とはまた違った涙の意味が含まれていたはずだわ。

 事実、


「……そうですね。レティが生きていて、とても安心しました」


 と、代替品の私が無事だったことを喜んでいる。


「ふんだっ! 今は精々、余裕を見せていれば良いわ。いつか絶対、あなたが自分から仕えたいと思えるような主人に、なってみせるから。覚えておきなさい!」

「頑張り屋なお嬢様らしい捨て台詞、お見事です♪ はい、楽しみにしておりますね?」

「それでっ? 飛空艇を使ってアクシア大陸へ行ったあとはどうしたの? 確か、転移陣を修復できる技師さんを連れて行ったのよね……って――」


 そこでふと、私は同行者としてメイドさん達と行動を共にしていた技師さんの話があまり出てこないことに気付く。


「――技師さん……クゥゼさんは今、どこに居るの? 転移陣は直ったのかしら?」

わたくしたちも一昨日、こちらに着いたばかりなので修復はまだです。クゥゼ様には昨日から、大神殿の一室で寝泊まりして頂きながら、修復に当たって頂いております」


 大神殿。名前からして他の町にある神殿よりも大きな白い建物なのでしょうけれど、さっきベランダから見たときにはそれらしい建物は見えなかった。


「大神殿ってイーラの町にあるのよね。一体どこに?」

「そうですね……。ちょうど、身体も温まりましたし、髪の保湿も出来た頃でしょう。わたくしたちの旅の話の続きも含め、明日に持ち越すというのはどうでしょうか?」


 確かに、もう1時間近くお風呂に入っている。


「そうね、そうしましょう。ついでにイーラの町を案内してくれる? あなたの故郷と言っても良い場所でしょう、メイドさん?」

「かしこまりました♪ ですがお嬢様……いいえ、レティ。お風呂から上がったあなたにはまず、やるべきことがあるのでは?」


 やるべきこと? やるべきこと……。考えた私は、そう言えば。こうして私が露天風呂に居る理由になった出来事を思い出す。


「明日はレティと一緒にサクラ様にも町を案内しようと思います。……勇気は、出ましたか?」


 試すように。私のことを翡翠色の瞳で見てくるメイドさん。そんな彼女を前にして、私が首を横に振れるはずもない。それに、やっぱり。サクラさんには「ありがとう」って伝えたい。「友達だから」という理由だけでここ1か月、私を探し続けてくれたんだもの。

 私は覚悟を決めて、湯船から立ち上がる。


「ええ。きちんと謝って。その後に、お礼を言わないとね」

「その意気です、お嬢様♪」


 この後、サクラさんに誠心誠意謝って、許してもらった。そもそも、サクラさんもそれほど怒っていたわけでは無かったみたい。つまり、メイドさんが少し誇張して……嘘をついていたということ。


「本当に、メイドさんは噓つきなんだから……」


 そんなため息も、明日に控えた町の案内への楽しみが打ち消してくれる。死滅神のために作られた“最果ての町”イーラ。白黒の町並みで、人々は一体どんな生活をしているのかしら?

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