○メイドさん……?

 クリスマスまで残すは2日。途中、風邪をひいて遅れたけれど、贈り物の作業は順調。形はおおよそ完成した。あとは細かな飾りを縫うだけ。さすが私、手先は器用ね。

 書斎での読書作業も、目ぼしい物にはほとんど目を通すことが出来ていた。今私が目を通しているのは、死滅神の成り立ちと、フォルテンシアの歴史について。


「もとは『イーラ』と呼ばれていた職業ジョブなのね。それが共通語の普及とともに『死滅神』になったと……」


 この世界を作ったとされる原初の存在『グウィ』。彼がフォルテンシアを作って魔素を充満させ、星を管理する生命体を創造した。それが今で言う人族や魔族ね。

最初は食料を作る『シェゥラ』……今で言う“農民”たち。他にも、集団を統率する『デラ』……“王”だったり、『ギッラ』と呼ばれる物を作る人“職人”だったり。その他大勢、どんな職業になることも出来る柔軟さを持った“市民”『レリラ』が創られた。


「そして、グウィに代わってフォルテンシアを治める4つの職業が今で言う“神”なのね……。時代とともに呼び方もステータス表記も変わって、大衆の意識が反映されている説と、本人に最も馴染みある言語が使用されている説があって……ダメね。もう一杯一杯」


 私は一度本を読む手を留めて、一息つく。

 だけど、これまで本を読んで分かったこともある。どの時代にも必ず神と名のつく4つの職業はそれぞれ1人ずつしかいないこと。それぞれが死んで空席になることもあるけれど、遅くても1か月以内には新たな人物が“神”の職業に就くことなんかも分かった。また、“神”については生誕神ですらもステータスには書き込めないみたいだった。


「その点、私は先代死滅神の子供に近い存在で、職業を受け継ぎやすい状態にあった。そして、職業が空白だったことと合わさって、死滅神の職業を得た、ということかしら……」


 先日、メイドさんといる時に見つけた本と、自分の書置き……メモを眺めながら私が死滅神になった理由を推測してみる。もしそうだとするなら、職業という点に関しては、前任者の思惑通りなのね。だけど、記憶は中途半端な状態だった、と。


「……もしかして、前任者は自分と同じ存在を造って、ずっと“死滅神”であろうとした?」


 理由は……。例えば、命を軽んじるケーナさんのような人が死滅神に就くことを恐れた、とか。それなら私も納得できる。今の私が立派な死滅神では無いことは分かっているけれど、ケーナさんよりはマシだと思うわ。人としてではなく、あくまでも死滅神として、だけどね。


「つまり、前任者は私を自分の代わりとして作った、ということね」


 言葉にしてみると、少しの気持ち悪さと大きな納得がある。言ってしまえば私は前の死滅神の成りそこない、ということ。本来持っているべき前任者の記憶がないんだもの。失敗作も良いところ。


「でも、だからこそ。前任者よりもすごい死滅神にならないと」


 だって、ある意味では職業を託されたと捉えることも出来るはずだから。記憶が無いのなら、記憶がないなりに、今の私にできることを精一杯やっていかないと。

 だけど、少なくとも、前任の死滅神が極悪人だったという話は聞いたことが無い。メイドさんが尊敬するくらいだし、人としてはかなり完成された人物だったのでしょう。私が超えるべき壁は、高く分厚い。それでも。


「頑張りましょ――」

「お嬢様、独り言が多いですよ?」


 意気込もうこぶしを握った私の所に、本を手にしたメイドさんがやって来た。態度が少し変だったあの日以来、特に変わった様子はない。時折、私成分なるものを摂ろうと過剰なスキンシップを図って来ることがあるくらいだった。


「ご、ごめんなさい……。だけど、地下が少し苦手なの。こうして話していないと不安で……」

「はぁ……。いいえ、今はご自分で結論にたどり着いたことを喜ぶべきでしょう」


 私の独り言とメモ書きから、私が1つの結論にたどり着いたことを悟ったらしいメイドさん。そして彼女も、私と同じ結論を導いていたことが分かった。

 と、手にしていた本を机に置いたメイドさんが机を回り込んで、ふかふかの椅子のひじ掛けに置いていた私の手を握る。そして、膝をついたかと思うと、


「それでは改めて。失礼を承知でお尋ねします。……どうでしょうか? わたくしのこと、何か思い出しませんか?」


 私を見上げて、いつかと同じ質問をしてきた。いつものお茶らけた感じも、余裕のある笑顔でもない。ただ真剣に、どこかすがるように私を見る。そんな弱弱しいメイドさんの姿を見るのは、これが初めてだった。仰々しすらも感じる態度に驚く私は背もたれから身を起こし、首を振る。


「何度も言うけれど、私はスカーレット。あなたの主人だけど、ご主人様では無いわ」


 そう返すことしかできない。やっぱり何も、思い出せない。

 きっぱりと真正面から否定した私に対して、メイドさんは透き通ったきれいなみどり色の瞳を少し見開いてから、目を閉じる。そして、


「……そう、ですか。ここまで来ても……いいえ、まだ最後の可能性がありますね」


 落胆の色を言動ににじませながらつぶやいたメイドさんは立ち上がった。


「メイドさん?」


 困惑する私をよそに、メイドさんが〈収納〉からあるものを取り出す。書斎を照らす魔石灯に照らし出されるのは翡翠色の刀身。そう、それはメイドさんが宝物だと語っていた“ご主人様”お手製のナイフ。どうして今この時機タイミングでナイフを? と疑問に思う私に対して、


「すみません、レティ。あなたにはここで、死んでもらおうと思います」


 そっと静かに、ナイフを振り上げた。

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