○気のせい?
別荘に来て1週間と少しが経った。日付は12月の17日目。
サクラさんとアイリスさんのおかげで、私は無事風邪から回復した。朝、目が覚めた時にサクラさんに抱き枕にされていたことには驚いたけどね。看病してくれたことにお礼を言いつつ
『メイドさんには何て言ったの? 主人の私の危機に何もしないとは思えないのだけど』
私がそう、サクラさんに聞いてみると、
『あー……メイドさんは「お嬢様には近づくなと言われたので」って言ってた。間違いなく心配はしてたよ? ひぃちゃんの服とかタオルとか、全部用意してたし。なんか、落ち着かない様子だったし』
茶色い髪の毛を跳ねさせながらそんな答えが返ってきた。メイドさんは従者としての職業衝動が無く緊急性も低いと見て、私の言いつけを守ってくれたみたい。そういう所はメイドの
朝ご飯。この頃になるとメイドさんの〈収納〉から出てくるパンは保存のきく硬い物に。その硬いパンを食べるためにスープ、という献立が固定され始める。不思議なもので、何日か同じものを口にすると、刺激が欲しくなる。結果。
「アイリスさんのスープも、今はありね」
「今日のは超苦いけどね。だけど、なんでだろ。前よりはいけるかも」
「あれ? 病み上がりのスカーレットちゃんのために体に良いものをと思ったのですが、今日も失敗していますか? おかしいなぁ……」
野草をたくさん使った緑色のスープが出来上がっている。隠し味に入っている木の実の甘みが、渋みと苦みを前面に引き出してくれている。スープだけだとどうにかなってしまいそうだけど、途中、硬いパンを浸して食べると、パンの香りとほんのりとした甘さがこれまたスープの下地になって違った苦さを生み出す。
だけど土臭さをはじめとする嫌な香りと味は全く無くて、あくまでも野草本来の香りと味を引き出しているとも言える。
「料理の新たな可能性を感じますね……」
と、メイドさんに至っては研究を始める始末。普段はほとんど意識しない舌の奥の方を嫌というほど刺激されながら、私たちはアイリスさんの手料理を頂いた。……ついでに。塩味を加える前のものをポトトに食べてもらうと、
『クルッ?! キュゥ……』
聞いたことも無い鳴き声を上げて、動かなくなってしまった。見れば、立ったまま気絶しちゃったみたい。ポトトにはまだ、アイリスさんの料理は早かったようね。体に悪いものは入っていないから死んでしまう心配はないんだけど。
食後、修行の続きをしに行ったサクラさんとアイリスさん、ポトトは庭へ。私は書斎での調べものを再開しようと地下へ向かう、その途中。
「お嬢様、少しお時間、よろしいでしょうか?」
メイドさんにそう、引き留められる。風邪の間は話していなかったしちょうどいいわ。私は頷いて、メイドさんと並んでリビングのソファに座った。
「それで、話って?」
「はい。どうでしょうか。この別荘に来て、いくつかの文献を読んで。――何か思い出しませんか?」
私の方を見て、メイドさんがそんなことを聞いて来た。
「思い出す、と言われても……。そもそも私がここに来たのは初めてよ?」
メイドさんはご主人様と来たのかもしれないけど、私がここに来たのは間違いなく初めてのこと。眉根を寄せる私に、
「……もう一度、よく考えてみてください」
笑顔のままメイドさんが食い下がる。その理由を考えて、先日読んだ本の内容を思い出す。
ホムンクルスは素体となった人物の記憶を引き継ぐことがある。つまり、メイドさんは私の中にあると言う先代の死滅神の記憶のことを言っているのでしょうけど。やっぱり何も思い出せない。少しでも前任の死滅神の記憶を覗くことが出来れば今の私の役に立つ。だからメイドさんも思い出さそうとしてくれているのね。でも……。
「ごめんなさい。メイドさんの気持ちは嬉しいけれど、何も思い出せないの」
私をまっすぐに見つめる翡翠の瞳に、応えてあげられない。
「一緒にお風呂に入ったことも? お庭で体術とナイフさばきを押してくれたことも? 召喚者様とここでこうして談笑したことも、お忘れですか?」
「忘れるって……。いい、メイドさん? 私はスカーレット。あなたの言う“ご主人様”では――」
「そんなはずはありません」
メイドさんの声は、静かなリビングによく響いた。驚く私の両肩を掴んで、メイドさんはまくしたてる。彼女の瞳は確かに私を見ている。だけど、どうしてだか目が合っているという気がしない。
「いいですか、レティ。あなたはご主人様の血肉を受け継いだのです。記憶を引き継ぐべくして。にもかかわらず、受け継いだのは
ふと、言葉の雨が止んだ。
「め、メイドさん? 肩が痛いわ……」
「……おっと、失礼しました♪」
先ほどとは一転。いつもの口調と笑顔で私の方から手を放す。
「どうしたの? 何かあった?」
「いいえ。ここしばらくお嬢様にお会いできていなかったので、寂しさが爆発してしまいました♪ どうやらお嬢様成分が必要なようです……」
「何よ、私成分って……って、きゃあ!」
私成分なる単語に呆れていると、メイドさんが押し倒してくる。ソファで仰向けの私のお腹の上に腰掛けたメイドさん。宝石のような目で私を見下ろし、ある意味でいつも通り
「このまま、どうですか? ここ最近、
そう言って、私の頬を撫でてくる。……ひょっとして、私がメイドさんを遠ざけている事、気にしてる? でも、さっきの態度はそれだけには思えないけれど。それでも、部屋に入らないでって言いつけを守ってくれているのも事実。
「埋め合わせ……? な、何をすればいいの?」
「んふ♪ そうですね……。アイリス様と夜になされている事を
現状、メイドさんは勘違いをしているはず。つまり、これもいつも通り冗談で“そういうこと”をねだっているわけね。だけど、アイリスさんとの関係の誤解を簡単に否定するわけにもいかない。うまくぼやかしつつ……。
「はぁ……。良いはずないじゃない」
「それは、残念です。では今日1日。就寝するまでは、おそばに」
「つまり、いつも通りね。それならいいわ。むしろ私からお願いしたいくらい」
そう言うと、メイドさんが私の上から退いてくれる。これも私たちの間ではある種お決まりのやり取り。さっきのメイドさんの必死さは、やっぱり私の勘違い? ただ単に寂しかったのかしら。だとしたら、主人としてメイドには言っておかないと。
「私はメイドさんが、その……好きよ? そ、それだけは勘違いしないで」
「まぁ! やはり、今から寝室にどうでしょうか、お嬢様?」
「ごめんなさいそれは遠慮しておくわ」
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