○サクラさんは2人居るの?
『
ドア枠の模様と一体化するように書かれた、
「『あなたが訪問者であるならば、1人で川を渡れ。戻るべき場所でまだ
かみ砕いた文面を、改めて口にしたメイドさん。ドア枠のそばには、ユリュさんと、彼女に遊び道具にされているポトトを除いた全員が居た。
「なるほど。これを読んで、ひぃちゃんはここが地球に繋がってるって思ったんだ?」
「ええ」
訪問者が、召喚者。向こうの世界をチキュウと読んで、この先がチキュウに帰るための場所になると推測したはず。
「だけど、ちょっとした想定外もあったわ」
私は、
「『戻るべき場所で
真面目モードのシュクルカさんが説明を引き継いでくれる。そう、シュクルカさんの言う通り、この文面の意味がちょっとよく分からない。
真正面から受け止めるなら、チキュウにもサクラさんが居て、そのサクラさんが殺されていなければ、フォルテンシアに居るサクラさんがチキュウに戻れる、ということになる。
「これじゃあまるで、サクラさんが2人居るみたいな言い方ね……」
でも、そんなことはありえない。つまり、別の解釈をするべきだと思う。全員が頭をひねる横で、ただ1人。
「やっぱり……」
そうつぶやいたのは、サクラさんだった。思わずサクラさんの方を見た私たちの視線で、サクラさんも自分の考えが口から漏れていたことを悟ったみたい。慌てたように取り繕ったけれど、
「……サクラ様、やはりとは、どういうことですか?」
メイドさんの厳しい言及に、諦めの息を吐いた。
「えっと……」
そう言って話し出したサクラさんによると、彼女はかねてからフォルテンシアについて考えていたみたい。思えば、邸宅にある彼女の部屋にはたくさん本があったわね。きっとあれらを読み漁って、フォルテンシアという世界について考えていたのでしょう。
フォルテンシが何なのかを調べる。何をそんな馬鹿なことを、と、私としては思わなくも無いけれど、サクラさんからすれば知らない場所だもの。知ろうとするのは、生物としての本能とも思える。
――それに、いつだったか、同じような疑問を持った気もする。
あれは果たして、いつだったかしら……。私が頭を悩ませている間に、サクラさんの説明は終わっていた。
「で、個人的にこれかなって言う推測があるの」
なぜか私の方を見て、自分なりの考えがあることを口にしたサクラさん。当然、私としては気にならないわけがない。
「どんな推測?」
「それは……今は内緒」
「何よ、思わせぶりね」
「わたしの考え聞いて来たのはひぃちゃん達だし。それに、わたしとしては、間違ってて欲しいから」
苦笑して、それでもこれ以上は言わないと、サクラさんが態度で示す。ただ、ここで踏み込んだのはメイドさんだった。
「『今は』とは? ではいつ話してくれるのですか?」
尋ねたメイドさんを、サクラさんが無言のまま見つめる。
「あなたは馬鹿ではないでしょう。残された時間が多く無いかもしれないことも分かっているはずです。なのに、お嬢様に……
いつになく必死さをにじませて、言い募るメイドさん。これ以上、隠し事はしないで欲しい。そう解釈できる言葉に、サクラさんが首を縦に振ることはない。
「すみません、メイドさん。それに、ひぃちゃんも。ごめんね?」
誤魔化すでもなく、茶化すでもなく。ただ、謝罪の言葉を口にするばかりだ。当然、私も、メイドさんも納得することはない。だけど、これ以上追及しても、それこそ時間の無駄だということは分かっている。そんな葛藤を見かねたのは、リアさんだった。
「サクラ様。サクラ様は2人居るんですか?」
気まずい雰囲気の中での、唐突にも思える質問。きょとんとしていたサクラさんだけど、気を取り直してリアさんに応える。
「半分そうで、半分違うかな」
「じゃあ、フォルテンシア様とチキュウ様は繋がっていますか?」
「そうかな、とは思ってます」
「川は、手がかりになりましたか?」
「そうかな。川と、お花畑。それが、ある意味でフォルテンシアって世界を象徴している気もしてます」
「じゃあフォルテンシア様は何者ですか?」
「……その手には乗りませんよ、リアさん?」
流れに乗ってサクラさんの考えを聞き出そうとしたらしいリアさん。でも、今回はサクラさんが一枚上手だったみたいね。ただし、考えをいくつか引き出せたのも事実。サクラさんが2人居るかも知れなくて? サクラさん自身も、フォルテンシアとチキュウに繋りがあると思っている。何より……。
――川とお花畑が、フォルテンシア……?
確かにフォルテンシアには川もお花畑もあるけれど、他にも見どころはいっぱいあったはず。
「っていうかほんとに! わたしの考えなんてどうでも良くて! 早くリズポンと戦わないといけないんじゃないの?」
考える時間はお終いと、そう言うようにサクラさんが手を叩く。そして、残念なことに、サクラさんの言う通りなのよね。
「むぅ……!」
「はい、ひぃちゃんむくれない! メイドさんも睨まないで下さい! リアさんもぼうっとしてちゃダメだし、シュクルカさんはちゃっかりひぃちゃんの首筋を嗅がない!」
「え? きゃぁ」
「きゃいんっ?!」
サクラさんに言われて首筋に感じた気配を反射的に手で払ったら、シュクルカさんの顔面にきれいに一撃が入ってしまった。
「あ、ごめんなさい、シュクルカさん。つい……」
「大丈夫です、死滅神様。乾いた汗の臭いは、ルカにとってのご褒美ですっ」
「本当に誤り甲斐のない人ね!」
そのまま、いよいよドア枠の中に広がる暗闇へと足を踏み入れる流れになる。ポトト、ユリュさんと合流して、はぐれないよう全員で手をつないで飛び込むことになった。
私は、右手で繋がっているサクラさんの顔を見上げる。と、私の方を見ていたらしい茶色い瞳と目が合った。
「……さっきの話。まだ気になる?」
「ええ。もちろん」
「そっか」
一番前。メイドさんが、全員の準備が出来ているかを確認している。
「ヒント……にはならないだろうけど。わたしの予想だと、ひぃちゃんが言ってた変な川。わたしの身体は映るんじゃないかなって思う」
「……え?」
「ううん逆か。その川に映る人だけが、向こう側に行けるのかも」
「それって、どういう――」
「行きます!」
飛び込んだメイドさんに引っ張られるように、全員がドア枠の中に広がる暗闇に身を躍らせる。サクラさんが、どうして今になって秘密を作ったのかは分からない。でも、それは意地悪なんかじゃない。私たちのことを想ってくれてのことだということは、分かっている。
暗闇の中。右手に伝わる愛しい熱を握りしめると、握り返してくれる感触がある。今はこの手の温もりを信じて、私は沈み行く意識に身を任せるのだった。
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