○サクラさんは2人居るの?

なんじ』『訪問者』『1人』『(解読不能)』『ほふる』『行く』『可能』『向こう』


 ドア枠の模様と一体化するように書かれた、フォルテンシア語。前回は不勉強でそれくらいの情報しか得られなかったけれど、今回は古フォルテンシア語が鍵になることを事前に知っていた。だから、サクラさんが剣の修行をしている間、メイドさんと私とで勉強してきている。その甲斐あって、およそ全ての文面を解読できた、その結果は……。


「『あなたが訪問者であるならば、1人で川を渡れ。戻るべき場所でまだほふられていないのならば、向こうの世界へ行くことができるだろう』……ですね」


 かみ砕いた文面を、改めて口にしたメイドさん。ドア枠のそばには、ユリュさんと、彼女に遊び道具にされているポトトを除いた全員が居た。


「なるほど。これを読んで、ひぃちゃんはここが地球に繋がってるって思ったんだ?」

「ええ」


 訪問者が、召喚者。向こうの世界をチキュウと読んで、この先がチキュウに帰るための場所になると推測したはず。


「だけど、ちょっとした想定外もあったわ」


 私は、ほふるという言葉から、この先に待ち構えている障害――リズポン――を倒せば“向こうの世界”へ行けると思っていた。だけど、実際はそうじゃないみたい。


「『戻るべき場所でほふられていない』……。死滅神様のお考えを是とするなら、訪問者……今回はサクラ様ですね。そのサクラ様が、チキュウで殺されていなければ、という表現になります」


 真面目モードのシュクルカさんが説明を引き継いでくれる。そう、シュクルカさんの言う通り、この文面の意味がちょっとよく分からない。

 真正面から受け止めるなら、チキュウにもサクラさんが居て、そのサクラさんが殺されていなければ、フォルテンシアに居るサクラさんがチキュウに戻れる、ということになる。


「これじゃあまるで、サクラさんが2人居るみたいな言い方ね……」


 でも、そんなことはありえない。つまり、別の解釈をするべきだと思う。全員が頭をひねる横で、ただ1人。


「やっぱり……」


 そうつぶやいたのは、サクラさんだった。思わずサクラさんの方を見た私たちの視線で、サクラさんも自分の考えが口から漏れていたことを悟ったみたい。慌てたように取り繕ったけれど、


「……サクラ様、やはりとは、どういうことですか?」


 メイドさんの厳しい言及に、諦めの息を吐いた。


「えっと……」


 そう言って話し出したサクラさんによると、彼女はかねてからフォルテンシアについて考えていたみたい。思えば、邸宅にある彼女の部屋にはたくさん本があったわね。きっとあれらを読み漁って、フォルテンシアという世界について考えていたのでしょう。

 フォルテンシが何なのかを調べる。何をそんな馬鹿なことを、と、私としては思わなくも無いけれど、サクラさんからすれば知らない場所だもの。知ろうとするのは、生物としての本能とも思える。


 ――それに、いつだったか、同じような疑問を持った気もする。


 あれは果たして、いつだったかしら……。私が頭を悩ませている間に、サクラさんの説明は終わっていた。


「で、個人的にこれかなって言う推測があるの」


 なぜか私の方を見て、自分なりの考えがあることを口にしたサクラさん。当然、私としては気にならないわけがない。


「どんな推測?」

「それは……今は内緒」

「何よ、思わせぶりね」

「わたしの考え聞いて来たのはひぃちゃん達だし。それに、わたしとしては、間違ってて欲しいから」


 苦笑して、それでもこれ以上は言わないと、サクラさんが態度で示す。ただ、ここで踏み込んだのはメイドさんだった。


「『今は』とは? ではいつ話してくれるのですか?」


 尋ねたメイドさんを、サクラさんが無言のまま見つめる。


「あなたは馬鹿ではないでしょう。残された時間が多く無いかもしれないことも分かっているはずです。なのに、お嬢様に……わたくしたちに秘密と、そう言うのですか?」


 いつになく必死さをにじませて、言い募るメイドさん。これ以上、隠し事はしないで欲しい。そう解釈できる言葉に、サクラさんが首を縦に振ることはない。


「すみません、メイドさん。それに、ひぃちゃんも。ごめんね?」


 誤魔化すでもなく、茶化すでもなく。ただ、謝罪の言葉を口にするばかりだ。当然、私も、メイドさんも納得することはない。だけど、これ以上追及しても、それこそ時間の無駄だということは分かっている。そんな葛藤を見かねたのは、リアさんだった。


「サクラ様。サクラ様は2人居るんですか?」


 気まずい雰囲気の中での、唐突にも思える質問。きょとんとしていたサクラさんだけど、気を取り直してリアさんに応える。


「半分そうで、半分違うかな」

「じゃあ、フォルテンシア様とチキュウ様は繋がっていますか?」

「そうかな、とは思ってます」

「川は、手がかりになりましたか?」

「そうかな。川と、お花畑。それが、ある意味でフォルテンシアって世界を象徴している気もしてます」

「じゃあフォルテンシア様は何者ですか?」

「……その手には乗りませんよ、リアさん?」


 流れに乗ってサクラさんの考えを聞き出そうとしたらしいリアさん。でも、今回はサクラさんが一枚上手だったみたいね。ただし、考えをいくつか引き出せたのも事実。サクラさんが2人居るかも知れなくて? サクラさん自身も、フォルテンシアとチキュウに繋りがあると思っている。何より……。


 ――川とお花畑が、フォルテンシア……?


 確かにフォルテンシアには川もお花畑もあるけれど、他にも見どころはいっぱいあったはず。


「っていうかほんとに! わたしの考えなんてどうでも良くて! 早くリズポンと戦わないといけないんじゃないの?」


 考える時間はお終いと、そう言うようにサクラさんが手を叩く。そして、残念なことに、サクラさんの言う通りなのよね。


「むぅ……!」

「はい、ひぃちゃんむくれない! メイドさんも睨まないで下さい! リアさんもぼうっとしてちゃダメだし、シュクルカさんはちゃっかりひぃちゃんの首筋を嗅がない!」

「え? きゃぁ」

「きゃいんっ?!」


 サクラさんに言われて首筋に感じた気配を反射的に手で払ったら、シュクルカさんの顔面にきれいに一撃が入ってしまった。


「あ、ごめんなさい、シュクルカさん。つい……」

「大丈夫です、死滅神様。乾いた汗の臭いは、ルカにとってのご褒美ですっ」

「本当に誤り甲斐のない人ね!」


 そのまま、いよいよドア枠の中に広がる暗闇へと足を踏み入れる流れになる。ポトト、ユリュさんと合流して、はぐれないよう全員で手をつないで飛び込むことになった。

 私は、右手で繋がっているサクラさんの顔を見上げる。と、私の方を見ていたらしい茶色い瞳と目が合った。


「……さっきの話。まだ気になる?」

「ええ。もちろん」

「そっか」


 一番前。メイドさんが、全員の準備が出来ているかを確認している。


「ヒント……にはならないだろうけど。わたしの予想だと、ひぃちゃんが言ってた変な川。わたしの身体は映るんじゃないかなって思う」

「……え?」

「ううん逆か。その川に映る人だけが、向こう側に行けるのかも」

「それって、どういう――」

「行きます!」


 飛び込んだメイドさんに引っ張られるように、全員がドア枠の中に広がる暗闇に身を躍らせる。サクラさんが、どうして今になって秘密を作ったのかは分からない。でも、それは意地悪なんかじゃない。私たちのことを想ってくれてのことだということは、分かっている。

 暗闇の中。右手に伝わる愛しい熱を握りしめると、握り返してくれる感触がある。今はこの手の温もりを信じて、私は沈み行く意識に身を任せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る