○職業衝動は、まだまだ謎ね
初めて見る魔物を注視することに夢中になるあまり、アートードの接近に気付かなかった。
「レティ! ……オホン、失礼しました。お嬢様、早くスキルを使ってください」
『クルゥ! クルルゥッ……』
ふと見れば、メイドさんとポトトがそれぞれ左右の角を掴んで、アートードを引き留めている。素手で魔物の突進を止めるメイドさん。そして、2本の足を器用に使って同じことをするポトト。メイドさんにはまだまだ余力がありそうだけど、のんびりしてはいられない。
「そ、そうね。2人ともありがとう。……今、楽にしてあげるわ――〈即死〉」
スキルを発動して、アートードの露出した顔に優しく触れてあげる。すると即座にアートードの全身が脱力し、その場に崩れ落ちた。浮き出て、脈打っていた血管もその拍動を止めている。
私が触れる。ただそれだけで、この世界の命は潰えてしまう。
「お勤めご苦労様でした、お嬢様♪」
「ええ。メイドさんも、ポトトも。魔物を引き留めてくれてありがとう」
『クルッ!』
2人がアートードの突進を止めてくれなかったら、今頃私は
「……それでメイドさんは何をしているの?」
私が戦闘の反省をする横で、膝を折ったメイドさんがアートード切り
「魔物の解体です。主に飲み込んだと思われる魔石の回収と、アートードであれば毛皮ですね。メリの肉は美味なのですが、アートードになると臭みが強いので罠に使いましょう」
刈り取った命。それを最大限利用することも私の使命なのかしら。いえ、そうでしょうね。だとするなら、料理に加えて解体も私が知るべき技術だわ。
「『体力』の高い魔物を倒す際は魔石を砕く方法が一般的ですが、こうして無傷の魔石を取り出せるのはお嬢様の特権ですね。高く売れます♪」
【ウィル】で生成した水を使ってきれいにした魔石を私に示したメイドさん。デアの光を受けて青紫色に輝くそれは宝石のようにきれいで、引き込まれてしまうような魅力がある。個体差はあるらしいけれど、今回の魔石は拳を2つ合わせたぐらいの大きさで、丸いものだった。
そうして手際よく解体されていくアートード。手持ち無沙汰な私は、頑張ってくれたポトトも労わる。何も与えてあげられない代わりに、たくさん撫でてあげることぐらいはしてあげないと。
「ありがとう、ポトト。この後も頑張ってもらわないとだから、今は休んでいてね」
『クルルゥ♪』
良かった、気持ちよさそう。自分で毛づくろいが出来ない首元や胸元を撫でるのが重要ね。
それにしても、職業衝動の発生の条件はやっぱり謎だわ。今回はアートードを見たときに衝動があった。それはとても抗えるものではないほどの欲求で、体が勝手に動き出してしまいそうなほどだ。
それに、こうして殺した今は尋常じゃない高揚感に見舞われている。気を緩めると、頬が緩みそうになる。何かを殺して笑うなんて、異常者でしかないでしょうし、必死に我慢しないと。
「そう言えば……」
前回のイチマツゴウとは違って、アートードはまだ誰も殺していなかった。にもかかわらず、私は職業衝動に見舞われた。本人が望んでいたから?
どこか苦しそうに見えたアートードの顔。アートード自身が死を望んだ。だから、あるべき場所に死を運ぶという“死滅神”の衝動が応えた。
「そう考えるのが妥当……なのかしら」
アートードが人里に下りていれば被害が出ていたでしょうし、アートード自身も死ぬまで痛めつけられることになっていたでしょう。その点、痛みもなく相手のレベル分のスキルポイントを使って即座に対象の体力を0にする〈即死〉のスキルが、アートードにとっても救いだったならいいのだけど……。
「お嬢様、解体が終わりました。またもう少し進んで、それからお昼ご飯にいたしましょう」
思考に
「そうね。ポトト、行けるかしら?」
『……? クルル!』
鳥車を示した私に黒い羽を広げて元気よく応えたポトト。……多分、大丈夫ってことよね。私には
そうして2人分のクッションが置かれた御者台に座って手綱を握る。実のところ、私たちのポトトは素直で賢い子だからほとんど
「それじゃあ、行きましょうか」
目指すはウル王国の王都ウルセウ。貿易で栄える港を抱えるその場所を、メイドさんはこう表現した。
「“欲望の町”です」
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