●ウルセウにて

○港湾都市

 いさかいの町改め、職人の町ポルタを離れて3日目の夕暮れ。20mはありそうな分厚い城塞を見上げながら、私は達成感と共に呟いた。


「よ、ようやく着いたわね」

「長旅お疲れ様でした、お嬢様。……ポトトも、きちんと役に立ちましたね? ご苦労様です」

『クゥルゥ!』


 私達は王国ウルの首都ウルセウ。北にある港湾にかけて弧を描く分厚い城塞の、南側にある関所。今は検問待ちの列に並んでいるところね。

 人間だけじゃなくて丸耳まるみみ族、角耳かくみみ族、短身たんしん族だけじゃなくて、背中に羽が生えた私の手のひらぐらいの大きさしかない妖精ようせい族、遠くからでもわかるぐらい背の高い長身ちょうしん族……。


「色んな種族の人が居るわね。壮観だわ」

「ここはフォルテンシアでも指折りの港湾都市で、多くのヒトとモノが集いますので」


 彼らのほとんどが荷車を引いていて、たくさんの荷物を積んでいる。私達と同じでポトトに引かせていたり、ブルと呼ばれる体高1.5mほどの4足歩行で角の生えた牛に引かせたり。ブルもお乳は『牛乳』に、角は工芸品に、皮は皮革製品に。肉も上質な食料として利用できるから、ポトトと一緒で重宝される動物だったはず。

 今は姿が見えないけれど、速さを求める時はパカラという馬を利用することも多いわ。


「次のひとー。荷台を見せてください」


 その声で、手綱を優しく揺らしてポトトに進むよう指示する。少し進んだところで鳥車を止めると体の急所だけを守る装備をした軽装の衛兵さんたちが手際よく荷台を検めていく。やましいものは無いけれど、どうしても緊張してしまうのはなぜかしら。


「女性お2人ですか? ウルセウにはどんな御用で?」

「はい、死滅神様の神殿へ弔問ちょうもんに。ついでに、観光とお買い物をしようかと思います」

「商売ではなく、旅の方々でしたか」


 若い衛兵さんの質問に、メイドさんが答えている。弔問、死んだ人をお見舞いすることだったはずよね。


「荷台、問題ありません」

「ちょっと荷物が少ない気がするが、特に問題は無いな。――ご協力感謝します。ようこそ、ウルセウへ」


 衛兵さんたちが開けてくれた道を、ゆっくりと進む。広く、背の高い城塞の門をくぐると――。


 そこは中央に噴水をたたえる広場になっていた。灰色の石で舗装された道路はまっすぐ北に延びていて、中央にそびえたつ背の高い建物まで続いている。

 道沿いにはきらびやかな商店や宿が立ち並んでいて、歩道には多くの人が行き交う。屋根の色、壁の色、人々が着ている服の色。ポルタでは見られなかったたくさんの色が私達を出迎えてくれた。


「きれい……」


 夜のポルタのような、美しい街並みと言わけでは無い。むしろ多種多様な文化が入り混じって雑多な印象すら受ける。けれど、なぜかしら。多くの人の営みが感じられて、思わず言葉が漏れてしまった。


「お嬢様、後続の方も多くいらっしゃいます。まずは進みましょう。左側に寄せてくださいね」

「あっ、ええ、そうね。ポトト、お願い」


 景色に見惚れて思わず鳥車を止めてしまっていた。再度、手綱を揺らして幅の広い車道を進む。鳥車4台が余裕ですれ違うことの出来るこの主要道路は、行軍や式典でも使われるとメイドさんが教えてくれた。行き交う馬車、牛車ぎっしゃ、鳥車にもいろんなものがあって、人を乗せるための豪華なものから私達が乗っているような簡易なものまで、様々だった。


「ポルタの時と一緒なら、まずは宿よね」

「はい。安く済ませるのであれば、冒険者ギルドの直営する宿が一般的ですね」


 冒険者ギルド。その名の通り、各地のダンジョンや人々の困りごとを解決する“冒険者”の人たちが所属している巨大な組織ね。スキルの等級ランクを決めている場所でもあったはずよ。

 正確には“冒険者”は職業ジョブでは無いのだけど、自らにあてがわれた職業の傍ら。人のために尽くす彼ら彼女らは素直に尊敬できた。


「そうなのね。でも正直に言って、宿は少し良いところがいいわ。この2日間、あまり眠れなかったの」


 ポルタを離れて1日目は野営だった。2日目、つまり昨日は山間の小さな村に泊まったけれど、床に薄い布を敷いただけの場所で眠ることになった。加えて動物や魔物の襲撃にも備えないといけない。正直気は休まらなかった。

 それに、多分だけど、私の安全確保のためにメイドさんはほとんど寝ていないはず。彼女にきちんと休んでもらうためにも、宿はあまり妥協したくなかった。


「かしこまりました。それでは手頃な宿を探しましょう。この辺りだと……素泊まりでも3000エヌほどでしょうか。大通り沿いだと4000nは固いですね」

「そ、そんなに高いの?! いいえ、また頑張って働けば……」


 そう言えば前回はメイドさんが手を回してくれたから働き口があったのだと思い出す。果たして、ただの小娘でしかない私を雇ってくれるところなんてあるのかしら。泊まる場所に、働き口、ポトトの厩舎きゅうしゃ。やることは多そうだけど。


「まずは1つずつ。そうよね?」

『クルルッ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る