○私って、案外できる……?

 夕方5時から夜8時までのお皿洗いで宿泊費と食費が差し引き0になって、実質の稼ぎは1日10,000エヌ。目指す金額は鳥車の賃料を含めた諸々込みで100,000nだから、残りは70,000nね。

 少しだけ作業に慣れてきたこともあって、初日ほどの一杯一杯さは無い。むしろ、テーブルの配置や料理の名前を憶えてきたから、


「待たせたわね。Bセットよ」

「おう、待ってたぜ! 今日もスカーレットちゃんは元気だな! これからも頑張れよ!」

「ふふ、ありがとう。食べたら食器を受付までお願いね」


 こんな風にお客さんと話をする余裕もあった。もともと、作り手の好みに合わせられるよう、手先が器用な私達の種族――魔法生物。案外、私もやれるみたい。

 そうして見えてくるのはやはり、ここが“いさかいの町”だと思えないほど平和なところだということ。


「一体メイドさんは、何を思ってそう言ったのかしら? まさか、また、からかわれてるんじゃ――」

「スカーレット! ぼうっとしていないで、次!」


 お客さんの多い修羅場の時間帯ということもあって、ライザさんの口調は厳しい。彼女の言うことももっともね。余計な考え事はあとにして返事を返して、私はまた厨房に戻ることにした。仕事、完璧にこなして見せるわ!




 仕事終わり。ため息をつきながらメイドさんの所へ。今日も彼女は暖炉の前で優雅に紅茶を飲んで、私を待ってくれていた。


「メイドさん、待っていてくれてありがとう。ご飯にしましょう?」

「お疲れ様でした、お嬢様。一生懸命働く姿も、仕事に慣れた油断からお皿を2枚割って慌てる姿も、とても愛らしく、素敵でした」

「ど、どうして知ってるの?!」


 この位置から厨房の中は見えない。それに、調理の音やお客さんたちの声でお皿が割れた音も聞こえなかったはずなのに。今回が初めだったからライザさんも笑って許してくれたけれど、やっぱり調子に乗るものじゃないわ。そう、私の中だけでとどめたのに……。


 「んふ♪ お嬢様のことは全て、お見通しです」

 「こ、怖いこと言わないで。いつもの冗談……よね?」


 優雅に紅茶を飲みほしたメイドさんは、笑顔だけを返してくる。結局私の問いかけに答えることはなく、彼女は思い出したように声を上げた。


「そう言えば。こちらをお嬢様に」

「それよりもさっきの質問に……って、これ、お金じゃない」


 彼女が〈収納〉から取り出したのはエヌ硬貨がたくさん入った袋だった。紫色の100n、緑色の500n、赤色の1,000n……色とりどりのお金が全部で数十枚……いいえ、100枚以上あるんじゃないかしら。

 昼間、私が働いている間姿をくらませていたメイドさん。きっと彼女が稼いだお金でしょうね。


「悪いけど、受け取れないわ。これはあなたが稼いだ――」

「いいえ。これはお嬢様に対する陳情ちんじょう……寄付なのです」

「私? でも陳情なんてした覚えは……、まさかメイドさんが?」

「はい♪ お嬢様が身寄りもなく、記憶も無いただの女の子であることを少しだけ強調してみれば、この通り。主にここを利用している皆様が、お金を出してくださいました」


 お金の出どころを語りながら、少し強引に私に袋を握らせたメイドさん。そう言うことだったのね。なんとなくお客さんからの反応が温かい気がしていたけれど、彼女が裏で手を引いていた、と。

 でも、だったらなおのこと受け取れないわ。私はまっとうに働いて、きちんとお金を稼ぎたいもの。


「いいえ、お嬢様。これはあなたが働いて得たお金です」


 まるで考えなどお見通しと言わんばかりにメイドさんが言う。そして、私がどういう意味かを尋ねる前に、言葉を続けた。


「良いですか? 誰が見ず知らずの人間にお金など出すでしょうか?」

「……そういう人だっているわ。現にこうしてお金が集まっているじゃない」


 そう私が指摘しても、メイドさんは首を振る。


「もちろん、ごく稀にはいるでしょう。ですが多くは、心苦しく思いながらも、あるいは見て見ぬふりで、何もせずに通り過ぎるのです」


 そんなはずは無いと言いたいけれど、彼女の方が深くこの世界を知っているはず。そんなメイドさんの言うことだ。それもまた、真実なのでしょう。


「ですが、その人が懸命に声を上げればどうでしょう? それはもう、一生懸命に。すると、人が立ち止まるようになります。その人の訴えに少しだけ、耳を傾けてくれるのです。どうしたのか、と」

「まだ難しい話は分からないけれど、私は叫んだことなんかないわ」


 何かのたとえ話だとは思うけれど、私は事実だけを語ることにする。


「それにお金が欲しいならみすぼらしく声を上げるんじゃなくて、手ずから仕事を見つけるわ。事実、こうして私は働いてお金を貰っている。その子も――」

「はぁ……」


 私の言葉を遮ったのは、紅茶を置いたメイドさんによる深いため息だった。なんとなく小馬鹿にされたような気がして腹が立つ。


「……何かしら? 言いたいことがあるのなら言ったらどうなの」

「そうですか? では――」


 睨み付けるような私の視線を悠然と受け止めたメイドさんは、その新緑のような瞳を細めたかと思うとぴしゃりと言い放った。


「レティ。それは思い上がりと言うものです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る