○お金を稼ぐのって大変ね

 朝食を済ませて部屋に戻ると、8時30分を少し回ったところだった。騒がしいからと窓を閉めるメイドさんと、今後についての作戦会議ね。


「前任の死滅神の軌跡をたどるとして、次はどこに行くの?」


 昨日メイドさんと話し合って決めた今後の方針は、前任者の軌跡をたどること。ポルタはあくまでも中継地点にしか過ぎない。向かいのベッドに腰掛け、私と向き合う形を取ったメイドさんが提案した。


「はい、ひとまずはウルの神殿へと向かうのはどうでしょう?」


 そもそも死滅神は、創造神、生誕神、破壊神に並んで『四大神』と呼ばれる職業の1つ。フォルテンシアにそれぞれ1人ずつしか存在しない、貴重な職業。神と名がつくこともあって、各大陸各国に神殿があったりする。もちろん、信者だっている。

 生まれたばかりの私はまだまだだけど、レベルを上げれば絶大な力を得ることになる。私が持つ〈即死〉も、今は触れた人しか殺すことが出来ない。けれど、スキルのランクを上げることである程度遠くからでも目視出来れば殺すことが可能になるみたい。これは知識というより直感、みたいなものね。

 その分、人々は私達を常に見て、評価している。もし反感を買うようなことがあれば、殺されてしまうこともある。それこそ、前任者のように。


「わかったわ、そうしましょう」

「お嬢様が死滅神であることもそこで公になりますが、大丈夫ですか?」

「ええ。きちんとフォルテンシアの人々に見てもらわなければならないもの。覚悟はできているわ」


 生物の死を司る死滅神。いつ殺されるともしれない恐怖から、私への風当たりは強くなる。けれど、それが私に課せられた職業ジョブであり、生き方。不平も、不満も、恐怖も、憎悪も、その全てを受けなければならない。それが今の私にとっての、死滅神の在り方よ。


「……んふ♪ やはり、そうなのですね」

「何か言った?」

「いいえ。では早速、お金を稼がないとですね。少なくともここからウルまで、3日分の食事と水の確保、町で鳥車を借りるお金も必要です。ポトトを借りる必要はありませんが」


 その言葉を聞いて安心する。信用していないわけじゃなかったけれど、昨晩ポトトにエサを1人であげに行ったメイドさん。正直、ポトトの肉が彼女の〈収納〉から出てきても驚きはしなかったと思うわ。怒るけれど。それはもう、怒るけれど。


「それと、先を急ぐ必要はありません。なので、もしこの宿が気に入ったようであれば、連泊の申し込みも必要です」

「やることが山積みね。でも何事も1つずつよね。いいわ、やってやろうじゃない!」




 3日後の昼下がり。私はポトトの柔らかな羽毛に背を預けながら厩舎きゅうしゃの屋根を見上げていた。手入れされていることもあって、においは気にならない。むしろ干し草とまじりあった牧歌的な香りには安心感すらあった。今着ている服はライザさんから譲り受けた娘さんのお古。白地に共通語で『働いたら負け』と書いてある。下は青色に染められた厚手の生地の短パンだった。


「ねぇポトト。働くって大変ね」


 ここ数日。昼は畑、夜はライザさんの厨房で働く日々。今日も朝から熟れて橙色になったアールの収穫を手伝い終わったところ。この後もライザ屋で給仕と皿洗いの仕事が待っている。

 酷使した足腰を休ませながら、ポトトに体重をかける。どこまでも沈んでいきそうな柔らかな羽毛もまた、ポトトが“有能”と呼ばれる所以ゆえんね。寝具にクッションなど、その用途は様々だった。


『クルルゥル……?』


 労わるように羽で私を包んでくれるポトト。さながら高級羽毛布団ね。気遣いもできて本当にいい子だわ。出会った頃は頼りなかったけれど、そもそもメスなんだし、戦いは怖いわよね。私もそうだもの。


「でも、これでようやく30,000エヌ。イズリさんがお昼ご飯を振る舞ってくれるのが嬉しいわね」


 手元にあるのは重みのある金色の硬貨3枚。俗に金貨と呼ばれるそれは、貴重な金属でできた10,000n硬貨だ。偽造防止の特別な魔法が施され、特別な技術で彫刻されている植物はサクラ。先が欠けたような5枚の花弁を持つその花はニホンにあるらしいわ。フォルテンシアにも召喚者たちが似せて育てているものがあるらしいけれど、実物は見たことが無い。

 あ、イズリさんはここ3日間働かせてもらっている農家の短身たんしん族の女性ね。優しくて面倒見のいい28歳の女性で、何かと良くしてくれる。


「それに……〈ステータス〉!」




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.3  職業:死滅神

体力:100/130(+15)  スキルポイント:39/42(+6)

筋力:11(+2)  敏捷:10(+2)  器用:20(+4)

知力:14(+3)  魔力:20(+5)  幸運:2(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉




 たくさん体を動かしたことで幸運以外のステータスが2桁に乗った。レベルが上がったのが大きいわね。人を殺すだけが経験値を得る方法じゃない。普通に生きているだけで、どんな職業ジョブでも経験値を得られる。だから初めて会った時にメイドさんは私のレベルを確認したんだと思うわ。記憶が無いと言った私の言葉の真偽を知るために。

 ステータスも、体を鍛えたり、勉強したり。努力次第で、レベルアップ時に数値を加算することが出来るわ。森ではメイドさんへの言い訳のために頭を働かせたから+1されていたはず。今回のレベルアップでは全体的に1~3、加算されている。


「やっぱり、こうして努力が目に見えるのは、嬉しいわね」


 レベルが上がっているということは、生きているということ。ひいては世界の役に立っているということね。人を殺すことで経験値を得ることは複雑だけれど、それでもやっぱり、それが私の生きる道だという使命感の方が大きい。


「そう言えば、イチマツゴウ以来、あの声が聞こえないわね……」


 世界に囁かれているような声。猛烈な欲求、職業の衝動はこの3日間なりを潜めている。けど、それはつまり世界が平和ということになるはずよね。あるいは、何か条件があるのかしら。それこそ索敵範囲のような。


「ま、殺さなくていいならそれでいいわね。ありがと、ポトト」

『ク、クルルゥル……?』

「そ、そんな顔しないで? ……離れられないじゃない」


 結局それからしばらく、私を呼ぶライザさんの声が聞こえるまでポトトと交流を図った。

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