○イライラする……
明日に控えた旅立ちに向けて、私はポトトとリアさんを連れて食材の買い出しに行くことにした。
「改めて紹介するわね。この子はククル。私たちの可愛いポトトよ」
『ククルクク~!』
「はい。よろしくお願いします、ククル様」
私の腕の中で羽を広げたポトトに、リアさんが丁寧にお辞儀をする。黒キャルのことも可愛がっていたみたいだし、動物が好きなのかも。そう思って、私はリアさんにポトトを渡す。
「暴れたときはフンを我慢している時だから、放してあげてね」
「はい」
お腹辺りでポトトを抱えるリアさんが、ジッとポトトを見ている。もう既にうちのポトトの可愛さに魅了されたのかしら。ま、当然ね。
黒い髪の私と、白い髪のリアさん。そして、白黒ポトトのククル。こうしてみると、ポトトが私たちの子供みたい……なんてね。
「それじゃ、行きましょうか」
今私たちが歩いているのは、砂浜近くの大通り。ジィエルで一番栄えている場所で、本当に何でも手に入る。ふと白い砂浜を見れば、色とりどりの下着のような服を着た人々が、思いのままに過ごしていた。
「リアさん、あれは下着じゃなくて水着と言うそうよ。水浴びをする時用に買っておこうってサクラさんが言っていたわ」
「はい」
「体形が良いから、リアさんには似合いそうね。リアさんは何色が好き? 私はやっぱり、黒かしら。あ、だけど、あえて白もありね。リアさんの髪とおそろいだわ!」
「はい」
「上下別れた物と、つながった物。フリフリが付いたものもあるみたい。買うならどっちにしようかしら……」
「はい」
会話? かどうかは分からないけれど、話しながら賑やかな通りを進む。
潮風に真っ白な髪を揺らしながら、少し眩しそうに砂浜を見て歩いているリアさん。その姿はびっくりするくらい
「それで? リアさんは何色が好き?」
「……黄色、です」
少し意外な色ね。理由を聞いてみると、
「シンジ様とメイド様。2人の髪の色です」
リアさんの中に唯一残っていた記憶。それを象徴する色だと言ったリアさんの答えに、私は納得してしまった。……と言うより、シンジさんも金髪だったのね。と言うことは、メイドさんのきれいな髪色はシンジさん譲りということかしら。
なんて、考えていた時だった。
「あ、れ……?」
一瞬だけ視界がぼやけて、足元がふらつく。そのせいで、少し後ろを歩いていたリアさんにぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい、リアさん。大丈夫?」
「はい、リアは大丈夫です」
暑さにやられてしまったかしら? 会話に夢中になっていて、水分補給を忘れていたことも思い出す。ジィエルを含め、カルドス大陸は年間を通してかなり温かい。これまでとは違った体調管理が必要だったのだけど、うっかり忘れていたのね。
――もうこの時の私には、〈ステータス〉を見るなんて正常な思考は無かった。
「お買い物がてらひとまず近くのお店に入って涼んでも良い?」
頷いたリアさんを連れて、私は手近なお店に入る。空調が強めに聞いた店内は、かなり涼しい。入り口近くにあった長椅子に腰かけて、肩にかけているカバンからコップを取り出す。【ウィル】で生成した水を飲むと、ほんの少しだけ気分は良くなった。
そうして改めて入ったお店を見てみると、そこは食材から日用品まで幅広く取りそろえる商店だった。値段もちょうどいいし、ここで買い出しを済ませてしまいましょう。
「えぇっと、私たちが買うのは……なんだったかしら?」
「はい。乾麵20㎏、コメ10㎏、塩3㎏、砂糖5㎏。まずはこれだけを、と、メイド様が言っていました」
リアさんが詳細に教えてくれたことで、私も自分が何を買いに来たのかを思い出す。そう言えば、ポケットにメモも入っていたんだったわ。いつもは忘れることも無いのだけど、少しぼうっとしていたみたい。
「そう……ええ、そうだったわね。それじゃあ早速、買ってしまいましょうか」
『カート』と呼ばれる、買い物専用の台車を押して、涼しい店内を見て回る。新鮮な食材やおいしそうなお惣菜はもちろん、パンの種類だって豊富。調味料の品揃えも良くて、
長い旅の事前準備なだけあって、かなりの量を買い込むことになっている。リアさんは見た目通りあまり重いものを持てない。ましてや〈ステータス〉が無いんだもの。
「リアさんはお塩を探して来てくれない? 私がその他を見ておくわ」
今回はポトトに来てもらっている。
リアさんと別れて、私も買うべきものを探していく。
「乾麵は、確かこの緑の柄の袋のやつよね。1つ300gだから、えぇっと……」
さっきから熱に侵されたようにうまく働かない頭を使って、必要な量を買物かごの中に入れていく。100袋くらい買っておけばいいかしら。
「それから、確かコメ。10袋は結構な量ね」
1袋5㎏あるコメの袋をメモ通り10
「お砂糖が5袋。これはお菓子用かしら。それから、塩が3袋……。折角だし、油も買い足しておきましょう」
私だって買い物は慣れたものよ。手際よく必要なものを買っていく。
「リアさんのフォークとナイフ、コップも買っておかないと」
そう思って日用品を見ていると、少し重そうに塩が入った袋を持ったリアさんがやって来た。そう言えば、彼女にポトトを任せていたんだった。どうしようか迷ったのでしょう。リアさんはポトトを頭の上に乗せることにしたようだった。
カートを2台持っている私を見て、リアさんは少し戸惑うような仕草を見せる。これだけたくさんの物を買っているところなんてあまり見かけない光景だろうし、仕方ないでしょう。
「お塩、ありがとう。かごの中に入れて置いて?」
「……はい」
私の言った通り、すでにかごの中に入れておいて塩の袋の上に、リアさんは持ってきた袋を重ねる。
「これで必要な分は揃ったわね。お会計に行きましょうか」
リアさんに塩と砂糖、油が乗った軽い方のカートを任せて、私たちは会計に向かう。困ったことに会計場所が混んでいて、かなり待たされることになりそう。店員さん、丁寧な仕事は大切だと思うけれど、列を見て? かなり待っている人が居るの。
「早くして欲しいわ……」
イライラのあまり、ブーツで床を叩いてしまう。何かを待つ時間って本当に無駄なのよね。普段の私はどうやって平静を保っていたのかしら。
5分くらい経った頃、ようやく待ちに待ったお会計が始まる。
「あの、お客様。買われる量をお間違いでは無いですか?」
「いいえ、大丈夫よ。きちんとメモ通り買ったから」
「ですが……」
人間族の年配女性が、私を見てしつこく確認してくる。さてはこの人も、私を子供と思っているのね。馬鹿にしないで欲しいわ。ただでさえ熱っぽいうえに待たされてイライラしているのに。
「大丈夫。大丈夫だから早くして」
「……かしこまりました」
やっぱり手際が悪いのかしら。お会計が終わるまでかなり時間がかかった。しかも、
「お会計、75,800nです」
「うわ……メイドさん、お小遣いが足りないじゃない。仕方ないわね」
渡されていた40,000じゃ全然足りなくてびっくり。商品の値段自体は安い方だったから、メイドさんが計算を間違えたのね。仕方なく私は自腹を切って、お会計を済ませる。自分用のグラスを買うお金が無くなってしまったけれど、また別の町で買いましょう。
後はカートを一旦お店の外に出して、ポトトには元の大きさに戻ってもらう。
「確か、カバンの中に、メイドさんから預かっている袋があるはず……」
本格的に働かなくなってきた私の頭。明滅する視界でカバンを漁ると、紐と大き目の袋が出て来る。袋に乾麺と調味料を詰めて鞍に引っかけて、紐でポトトの背中にコメを結びつける。
少ししんどいから、ポトトに乗せてもらいましょう。
「ポトト、このまま私とリアさんを乗せて宿まで行って?」
重く感じる身体をどうにか動かして、ポトトの背中に乗る。
『クルッ?! ク、クルル……』
「ふぅ、ふぅ……。さぁ、リアさん。ポトトに乗って、宿に戻りましょう」
鞍の上にまたがる私を、リアさんは無表情のまま見上げるばかりだ。
「大丈夫、怖くないわ。それにポトトならこれくらい、運んでも大丈夫なはずだから」
別荘で聞いたアイリスさんの話だと、人2人なら余裕で乗せて運ぶことが出来るはず。私とリアさんが乗っても問題ないはずよ。
「ほら、早く乗りなさい。今、私、頭が痛くて気が立っているの。だか、ら……」
そこでついに、私の視界が暗転する。全身から力が抜けて、鞍の上からずり落ちる感覚がある。ポトトの背中は2m近い場所にある。……ああ、不味いわ。頭から落ちている。さすがにここから落ちたら、
「死ん、じゃう……」
正体不明の熱に侵された私の意識はそのまま、身体と共に落ちて行った。
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