○side:F イーラにて③

 美しい黄緑色の目を怪しく光らせながら、スカーレット様へとナイフを振り下ろそうとするメイドさん。リアはとっさに、


「メイドさん! フォルテンシア様とは、誰ですか?!」


 大きな声で、聞いてみます。リアが大きな声を出したことに対する驚き。そして、リアがフェイ様の記憶を持っている、いわばフェイ様の代わりであるという事実。その2つが重なって、初めて。メイドさんは、リアに目を向けてくれるのでした。


「リア……。急にどうしたのですか、大きな声で?」

「教えて下さい、メイドさん。フォルテンシア様とは、どこの誰ですか?」


 リアの問いかけに、面倒見のいいメイドさんは一度ナイフを下ろして律儀に答えてくれます。


「リア。フォルテンシアとは、わたくしたちが生きるこの惑星のことです」

「はい、知っています。ですが、それはリアや、サクラ様、ククル様。誰より、スカーレット様よりも、大切な人なのですか?」


 リアの問いかけに、メイドさんはきれいな瞳を大きく見開いて、驚いています。それと同時に、メイドさんの瞳から怪しい光が消えて行きます。


「お嬢様よりも、フォルテンシアの方が、大切なのか……ですか?」


 問いを再確認するメイドさんに、リアは頷いて見せます。ずっと、不思議でした。メイドさんもスカーレット様も。フォルテンシア様のために生きているらしいのです。ですが、リアはフォルテンシア様に会ったことがありません。

 一生懸命、メイドさんもスカーレット様も、フォルテンシア様に尽くしています。なのに、フォルテンシア様は一向に姿を見せません。


「メイドさんの目の前にも。スカーレット様の目の前にも。リアが……ワタシが居ます。サクラ様が居ます。ククル様が居ます。なのに、誰とも分からないフォルテンシア様のために尽くすのですか?」


 リアのご奉仕が実らないことは、仕方ありません。リアの実力不足です。ですが、無茶をして、身体を張って頑張っているスカーレット様たちのご奉仕が報われないと、なぜか、リアの心は小さく痛むのです。


「リアは聞きたいです。メイドさんは、誰に尽くしたいのですか?」


 聞いてみたリアの目の前には、また、薄っすらと目を光らせ始めたメイドさんが居ます。


「……リア。この話は、そんなに単純な話ではないのです。そもそもわたくしたちには“職業ジョブ”というフォルテンシアから与えられた役割があるのです。その使命を果たすことこそ、わたくしたちの――この星に生きる者の使命なのです」


 また、フォルテンシア様です。どうしてそう、話を大きくするのでしょうか。メイドさんもスカーレット様も、実はリアを見ているようで見ていません。目の前に確かにある小さなものに目を向けず、ありもしない、大きな“何か”を見ているのです。


 ――でも。


 リアは、スカーレット様にもメイドさんにも、どこにも行って欲しくないです。リアの近くに居て、リアに奉仕をさせて欲しいです。だからリアは、自分がここに居るのだと。精一杯、メイドさんに伝えます。


「フォルテンシア様がメイドさんを必要としているのか。リアには分かりません。ですが、ワタシは、メイドさんを必要としています。だから、だから……」


 リアがメイドさんを必要としている。それだけはダメなのでしょうか。フェイ様の記憶と合わせると、リアはかなり長い間メイドさんのそばに居たことになります。だというのに、メイドさんはリアを見てくれない。フォルテンシア様のため位に生きるというのです。それは、なんだか、もやもやです……。

 言葉に詰まってしまったリアの言葉を引き継いでくれたのは、


「そっか。……そうだよ!」


何かを閃いたようなサクラ様でした。


「わたしもフォルテンシアのためとか言われたら、なんか『そうかも?』とか思ったけど、結局は単純な話なんだよね?!」


 不意に強い風が吹きました。雪をはらんだ風は冷たい吹雪となって、リアたちを打ちつけます。思わず目を閉じてしまったリアが、もう一度目を開いた時。

 雲の切れ間から差し込む光に照らされてきらりと目を輝かせる、サクラ様が居ました。風が止んで周囲に静けさが戻ると、サクラ様は笑います。


「わたしは、メイドさんにも、ひぃちゃんにも、死んでほしくない。……うん! そういう簡単な話の方が、わたしは好き!」


 その時のサクラ様の笑顔は、とても、リアには真似できない眩しさを持っていました。

 日が差したからか、それともサクラ様の笑顔が眩しかったからか。メイドさんも、サクラ様のことを眩しそうに見つめています。そんなメイドさんに力強い足取りで近づいたサクラ様は、


「メイドさん! ひとまず、ポーション下さい!」


 皮の手袋をした手をメイドさんに向けます。その勢いに飲まれたのかもしれません。メイドさんも言われるがまま、よく分からない空間から2本の赤い液体が入った瓶を取り出して、サクラ様に手渡しました。


「ありがとうございます!」


サクラ様はポーション1本をリアに預けて飲むように言った後、スカーレット様の所に歩み寄ります。


「メイドさんがしないなら、わたしがしちゃうもんね。ごちゃごちゃしたフォルテンシアの事情なんて知らない。わたしは、ひぃちゃんに生きてて欲しい。またあの笑顔で、わたしの名前、呼んでほしいもん」


 ポーションを片手に膝をつき、もう片方の手でスカーレット様の頬に触れたサクラ様。


「冷たいなぁ。死んでるみたい。でも……大丈夫なんですよね、メイドさん?」

「……はい。原型をとどめてさえいれば、わたくしたちホムンクルスは半永久的に生きることが出来ます。ですが先ほども言ったように、このまま不出来なわたくしともども消えた方が――あっ」


 メイドさんが短い悲鳴を上げた時、スカーレット様とサクラ様が口づけをしていました。長く、ねっとりと。まるで愛を確かめるような口づけ。一度口を離したかと思えば、ポーションを口に含んで、もう一度。スカーレット様に口づけます。

 それを数度。ちょうどポーションの中身が亡くなるまで繰り返したサクラ様は、


「ぷはぁっ! やばっ……。なんかこれ、気持ちい……。クセになるかも……っ」


 そう言って、スカーレット様の柔らかい唇から口を離します。そして、眠ったスカーレット様を優しく抱き上げると、ククル様の背中の鞍にスカーレット様の身体を固定しました。


「よし、これでオッケー! じゃあ、ひぃちゃん連れて帰ろっか、ポトトちゃん! リアさんも、ポーション飲んだらポトトちゃんに乗ってね。わたしが歩くから」

「はい。……メイドさんは、どうするのですか?」


 リアが聞いても、メイドさんはスカーレット様とサクラ様が口づけをしていた場所を見つめるだけです。結局、リアがククル様に乗っても、メイドさんは俯いたままそばを動こうとしません。


「……それじゃあ、先に行きますね、メイドさん。言っておきますけど、ポーションを飲ませた以上、ひぃちゃんはじきに目を覚ましますから。えへへ、わたしが最初におはようって言うんだ~」


 そうしたらひぃちゃんが泣きついてくる。ポーションを飲ませたのがわたしだって知ったら、恩も売れる。最高! と、サクラ様が欲望を垂れ流します。

 と、何か譲れない所があったのでしょうか。メイドさんがようやく、反応らしい反応を返します。


「随分。そう、随分と勝手なことを、してくれましたね。サクラ様?」


 怒りを堪えたような笑顔で言って、雪の上を歩き始めたメイドさん。……雪に足は埋もれないのは、何かのスキルでしょうか。それとも、歩き方のせいでしょうか。ひとまず、メイドさんの瞳から魔素の光が無くなってリアとしては一安心でした。

 動き出したメイドさんに、どこか嬉しそうな顔でにやりと笑ったサクラ様。


「勝手で良いです。言い訳ばっかりで、ネガティブで。ひぃちゃんたちが居なくなってからのメイドさん、正直、ちょっと面倒くさかったですし」

「……言いますね? 何も知らない、召喚者の癖に」

「あ、言ったな~? ……でも? 召喚者だからこその視点を求めたからこそ、あの日、メイドさんはこうやってわたしの同行を許したんですよね?」


 あの日、とは何でしょうか。口ぶりからして、サクラ様と出会った日、ですよね。確かリリフォンという町だったと聞いています。リアが屋内都市という奇妙な町を想像する横で、メイドさんとサクラ様の舌戦が繰り広げられます。


「結果、お嬢様を甘やかす立派なお馬鹿様になられましたね、サクラ様は。あの時の自分の判断を、今日ほど後悔したことはありません」

「はぁ? 言っておきますけど、メイドさんこそ日頃から、過保護すぎてちょっとキモイですよ? だからひぃちゃんに反発されるんじゃないですかぁ?」

「ふふっ。ですが結局、お嬢様はわたくしの所に泣きついて来ます。基本的に、頼る順番はわたくしが最初である辺り、信頼の度合いがよく分かりますね、サクラ様?」

「うっわぁ、その余裕の顔、むかつく~! ……まぁでも? 私にはずっと一緒に居るって約束があるし?」

「その約束も、お嬢様が抱える使命感の前には紙屑かみくずも同然でしょうに。実際、こうしてサクラ様のことなど気にかけず無茶をして休眠しているわけで」

「分かってないな~、メイドさんは。ひぃちゃんの中でめっちゃ大きいフォルテンシアの使命とわたしとの約束が一瞬でも肩を並べたことにこそ、意味があるんだよなぁ」


 雪が積もった木々の間を歩きながら、ククル様を挟んで口論を続けるメイドさんとサクラ様。これだけ賑やかなのは、いつぶりでしょうか。


『今日も 2人は仲良いなぁ』

「当然です。お嬢様のご友人と仲良くするのもまた、メイドの務めですので」

「その言い方も引っかかるなぁ。なんか仲良くしようとしてるの、わたしだけみたい。まぁ、でも? けんかして、ひぃちゃんに嫌われるのだけは嫌だから、メイドさんとはうまくやっていくつもりですけどね?」

「あら? 別に無理をして頂けなくても結構ですよ? どうぞどこへなりとも行ってください。わたくしがお嬢様の面倒を見ますので」

「は? 別に従者だからっていっつも一緒に居ないとってことじゃないですよね? むしろ従者なら、一歩引いたところで主人を支えるべきです。メイドの心得? には、書いてなかったんですか?」

「それはもちろん、書いてありましたが……。しかし……」

「陰で支えてるって意味では、やっぱりカーファさんの方が従者っぽいですよね。メイドさんはむしろ親バカなお母さん……ううん、むしろなんでも娘の言うことを聞くお父さんって感じ」

『メイドさんが パパ! 確かに!』

「……お嬢様が起きていない今なら、この身の程知らずな外来者と鳥を排除してもバレないでしょうか?」

「お~? やりますか~? 言っておきますけど、ここ1か月でわたしもそれなりにはなったんですよ?」

『ククルもー! 負けないよー!』

「いいでしょう。ではイーラに戻ってお嬢様を邸宅に寝かせ次第、決着をつけましょうか」

「メイドさんを分からせるか、わたしが分からせられるか……。燃えてきた! 協力しようね、ポトトちゃん!」

『うん! ククルとサクラの連携 見せてやろー!』


 この騒がしさが、いつの間にか、リアには心地よいと感じられるようになっていて。


「すぅ……。すぅ……」


 誰に指示をされるでもなく、自分の意思で。ワタシは襲ってきた眠気に身をゆだねることにするのでした。

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