○初夜
ライザさんの作ってくれた夕食はお肉と付け合わせの野菜、アールという甘みのある野菜を使ったスープ、そして焼きたてのパン。どれも絶品で、働いている時に見たお客さんたちが漏れなく笑顔だったのも頷ける味だったわ。
ライザ屋の1階で食事を済ませた後、3階の街路側にある客室へ。そこに備え付けてある干し草と昼間見たモコモコ動物、メリの毛を使った程よい弾力性のベッド。その上で皮のブーツを脱いだ私は蒸れた素足を投げ出していた。
ついでに、同室のメイドさんはポトトに給仕しに行くと言って、夕食後すぐに出て行った。私が行きたかったけれど、「それは
部屋にはベッドが2つとそれぞれにサイドテーブルと、とても簡素な
厨房での仕事で濡れてしまった服。その代わりとしてメイドさんが着つけてくれたのは柔らかな質感と肌触り、厚手の生地ながら吸汗性に優れた、水色の寝間着だった。召喚者たちが見つけ、改良した植物コットンから作られたものらしいわ。
「静かね……」
暗い天井を見上げて呟く。目覚めてすぐにポトトがいて。その後すぐにメイドさんと会って、こうしてここまで来ている。思えば、私はかなり幸運なのね。ポトトがいなければここに来る道中は辛かっただろうし、メイドさんにも会えていなかったかもしれない。メイドさんがいなければ間違いなく、森で野垂死んでいたでしょう。
最初こそ怪しさと危うさのあるメイドさんの同行を渋った。けれど、昼食の時にも思ったように、願い出るべきは私だったのよね。むしろ、どうしてメイドさんは私について来てくれるのかしら。死滅神である私の従者だから、というだけではないような気もするけれど。
とにかく、温かな食事を食べて、楽しくおしゃべりをして、こうして安全に物事を考えられる。メイドさんにもポトトにも、きちんと感謝しなくちゃね。
「戻りました」
『妖精のいたずら』。噂をすれば面白がった妖精が渦中の人物を連れてくる、なんていうけれど。そんな声と共にメイドさんが帰って来た。
「お帰りなさい。ポトトはどうだった?」
「寂しそうにしていましたよ? 今のお嬢様のように」
「そう……。どうして私が食べ物を渡しに行ってはいけなかったのかしら?」
「んふ♪ それはここがポルタだからです」
そう言えば最初、ここを“諍いの町”だと表現していたメイドさん。けれど、少なくとも今日半日見た限りではそんな物騒な雰囲気は感じられなかったし、身の危険を感じるようなことも無かった。確かに汚れた服を着た、やけにガタイの良い男の人も多く、貧富の差はあるもかもしれない。けれど、住み分けのようなものは出来ている印象で――。
「それより、
「どうかしら? 静かだとは思ったし、ポトトにもメイドさんにも早く会いたいと思ったけれど……」
思っていたことを素直に伝える。そう言われれば、確かにメイドさん達がいなくて不安だったような。
「ええ、そうね。寂しかったんだわ。私、メイドさんもポトトも大好きみたい。だから、あまり1人にしないでもらえるとありがたいのだけど……メイドさん?」
話しながら対面のベッドに腰掛けるメイドさんを見てみると、そのきれいな翡翠の瞳を見開いている。ついて来てほしいとお願いした時にも見せた顔ね。驚いている……のかしら。その表情のまま固まっている。
「えっと、何かおかしかったかしら? 今後のためにも教えてもらえるとありがたい――」
「お嬢様」
不意に立ち上がったメイドさん。そして私と同じベッドに腰掛けた。揺れたろうそくに照らされる瞳と白金の髪がとてもきれいね。
「メイドさん、どうかした?」
「お嬢様……いいえ、レティ。あなたに1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「内容にもよるわ――っ?!」
真面目な雰囲気に気おされてしまう。唾を飲み込んで頷いた私を、メイドさんがベッドに押し倒した。都合、ベッドにうつぶせに寝転ぶ形になった私の服を
「き、急に何をするの?! まさか――」
「体をお拭きしても良いですか? たくさん汗をかいていらしたようで、その、少しだけ……」
「……? ――っ!」
言葉を濁したメイドさんだったが、私には言葉の続きが嫌というほどよく分かった。
「何度も言うけれど、そういうことはきちんと言って!」
確かに日差しの下たくさん歩いたし、わき目もふらず働いたし、焚火だってした。自分では慣れてしまっていたのでしょけど、きっと体臭がきつくなっていたのね。
そんな状態で
「恥ずかしがるお嬢様、可愛いです♪ どうですか? このまま夜のお勤めでも。こう見えて知識と練習は欠かさず――」
「馬鹿なこと言ってないで、早く体をきれいにしてっ!」
近所迷惑かもしれないけれど、叫ばずにはいられなかった。……それより『練習』って何かしら。彼女の言っている意味自体は分かるけれど、練習って?
なんとなく踏み込んではいけない気もする。
「……レティは目覚めてすぐなのでしょう? きっと体も凝っているはずです。そこはきちんとほぐさないと」
友人のように親しみを込めながら言って、体を拭きながら背中の凝りを癒してくれる。その力加減は絶妙で、あまりの気持ちよさに吐息と甘い声が漏れてしまう。
いつの間にかサイドテーブルに置かれたお湯。そしてメイドさんの手には布。香油が入っているのか、甘い香りが体を内面からも癒してくれる。時間をかけて丁寧に癒されていく私の身体。やっぱり言動には難ありだけど、従者としての
何かをはぐらかされたままのような気もするけれど、何だったっけ。
「それでは前をお拭きしますね。仰向けになってください♪」
「んっ……。ええ、了解よ……って、待って。それは自分でもできるわ」
「んふ♪ 残念です」
危うく堕落しそうになる思考を、すんでのところで引き留める。自分でできる所は、自分でしないとね。メイドさんが布を手渡してくれる際に見せた心底残念そうな顔は見なかったことにするわ。
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