○会話って難しい……

 チョチョさん、ベオリタさん夫婦にシロさんを引き渡してもらった、その日の夜。


「い、良い? 縄を解くわよ?」

「うん。メイドさんは離れていてください。また襲われたら大変です」

「かしこまりました」


 まるで危険物を扱うかのように、私とサクラさんとで慎重にす巻きにされているシロさんの拘束を解く。果たして中からまろび出て来たのは……。


「すぅ……。すぅ……」


 安心したように安らかな顔で眠る、真っ白な髪色のお人形のような少女だった。彼女が着ているのはこの前に見かけた時と同じ、無地の白いTシャツに股下10㎝くらいの短いズボン姿。肩肘の張っていない……ラフな格好と言えるわね。


「ひとまず……失礼します♪」


 言うが早いか、メイドさんが眠っているシロさんの服を剥ぎ取って行く。


「ちょっと、メイドさん! 別に今仕返しをしなくても――」

「身体にあざが無いか。健康状態は、体格は。確認しなくてよろしいのですか?」


 と、至極冷静な顔で言われてしまってはぐぅの音も出ない。シロさんには悪いけれど、手早く健康確認を行なってしまいましょう。……というより、これだけされても起きないなんて、シロさんは相当疲れていたのね。もしくは、自分が何をされても良いという心根の表れなのかも。


「さっきも思ったけど、やっぱりきれいな人だね……」


 下着姿になったシロさんを見ながら、サクラさんが思わずと言った感じで呟く。決して高くない身長。だけど、身体にはしっかりと凹凸があって、女性型らしい魅力を持っている。高い目鼻立ちはメイドさん似かしら。腰まで届く長い髪は奴隷だったとは思えないくらいにきれいで、魔石灯の光を浴びて輝いている。

 ここ最近は出歩かせてもらっていたからでしょう。白く透き通った肌は血色が良くて、あざのようなものも見られない。


「良かった。チョチョさんはシロさんをきちんと人として扱ってくれていたみたい」

「めっちゃ高そうなグラスもくれたし、わたしは結構良い人だと思うな~」


 安堵する私の横で、サクラさんが離れたところにある机の上に置かれた透明のグラスを見て言っている。去り際、今回のお礼だと言って作り置きしていたグラスを2つ、置いていってくれたチョチョさん。サクラさんは知らないでしょうけれど、あのグラス、1つで最低でも300,000nはするのよね。

 チョチョさんが良い人だと言ったサクラさんに、メイドさんが噛みつく。


「サクラ様、ご冗談を。お嬢様をドドギアに襲わせ、非合法な手段でシロ様を買っています。情状酌量は出来ますが、彼が善人であるはずがありません」


 足の先からうなじまで。舐めるようにシロさんの状態を確認しているメイドさんは、チョチョさんに厳しい評価を下す。この辺りは難しい所よね。善と悪。ひと目でわかる指標があれば、私としても楽なのだけど。世の中、そう簡単にはいかないものね……。

 ふぅ、と息を吐いて、私は隣で不躾にシロさんを見ているサクラさんの手を引く。


「サクラさん、シロさんが目を覚ますまでに晩ごはんを作ってしまいましょう」


 シロさんの過去と、メイドさんに行なった奇行の理由。詳しい話を聞くにしても、まずはお腹を満たさないことには始まらない。

 シロさんの世話をメイドさんに任せて、私とサクラさんは各階にある炊事場に言って晩ごはんを作るのだった。




 それから30分くらいかしら。私たちが夕食の支度をしていると、ベッドの上でシロさんが目を覚ました。大きなあくびをした後、少し眠そうな顔で部屋を見回している。


「おはよう。とりあえずこっちに来て? 一緒にご飯を食べましょう?」


 温かいご飯が冷める前に。そう思って食卓に誘った私の言葉にコクンと頷いた後、シロさんは裸足のまま丸机の前まで来る。もうメイドさんを襲うようなことも無くて、


「こちらにおかけください」


 メイドさんが引いた椅子に、素直に腰を下ろした。今日の晩ごはんは、私がユェダ粉とバターを使って焼いた20㎝くらいの魚。そこにサクラさんが作ってくれたミソスープとホカホカのコメ、メイドさんが作り置きしてくれているブルの尻尾煮だ。

 シロさんの歓迎会も兼ねているから、いつもより少しだけ豪華にしている。もちろん、食後のデザートだってあるわ。私とメイドさんが胸に手を当てて、サクラさんは両手を合わせて、


「「「頂きます!」」」


 あったかいうちにご飯を食べていく。だけど、どれだけ経ってもシロさんがナイフやフォークを持つことは無い。……そう言えば。


「シロさん。ご飯を食べて? あとこれからは好きな時に話していいわ」

「分かりました。では、頂きます……」


 私の指示を待って、シロさんは食事を口に運び始める。


「どう? お魚料理は人を選ぶけれど、苦手じゃなかった?」

「美味しいです」


 私の問いかけにそう返してくれるシロさんだけれど、表情が変わらないから全く美味しそうに見えない。


「シロさん。……笑って?」

「はい」


 試しに笑うように言ってみると、シロさんは笑う。それはもう完璧な笑顔を浮かべてくれる。他にも怒り、苦しみ、悲しみ。それぞれ言えば表情を変えてくれる。だけど、そのどれもが作られた表情だ。シロさん本人が感情を表にしているわけじゃない。……どうしたものかしら。


「シロさん。これからはあなたの好きなように生きるの。自由に笑って、怒って。嫌なことは嫌だと言うの。分かった?」

「はい」


 淡々と、私の言葉を全て肯定するシロさん。これじゃあ会話と言うより、ただの命令じゃない。ここまで自主性の無い子に接したことが無いから、どう接したらいいのか全然分からないわ……。


「そう言えば――」


 悶々としながらご飯を食べる私の横で、メイドさんがシロさんに話しかける。


「――どうしてわたくしに接吻を?」


 揚げ焼きした魚を口に運びながら、あくまでも何気なく。すまし顔で尋ねたメイドさん。あの時、シロさんは私が出会ってから初めて自分から行動したように思う。その行動の真意を知りたいと思うのは、私だけじゃなかったみたい。

 メイドさんの問いかけにぼうっと目を瞬かせたシロさん。やがて紫色の瞳をメイドさんに向けて答える。


「好意を寄せる相手に行なう行為であると、認識しています」


 これまでの経験から導いた答えだと、シロさんは語る。彼女は接吻に続いて、メイドさんの胸に触れていた。シロさんにとって接吻、そして、そこから始まる一連の行為の全ては、“好き”という感情に裏付けられた行動のようだった。


「う~ん。多分、間違ってないけど、初対面の人にするのは……。ん、もうちょっと削り節がいるかな?」


 苦笑しながらシロさんに苦言を呈したのは、サクラさんね。会話の傍ら、ミソスープの出来を確認している。私的には十分美味しいけれど、サクラさんとしてはまだ満足のいく味ではないみたい。


「好意? わたくしとシロ様とは初対面ですよね?」


 シロさんの言った好意の部分を、メイドさんが掘り下げる。一目惚れ、なんて言葉もあるとは言え、出会いがしらに接吻をするほどではないはず。そんな常識と照らし合わせて行なわれたメイドさんの質問に、シロさんは首を振った。そして、


「メイドさんは、ドレイにとってかけがえのない人であるはずです」


 と、語る。あるはず。と言うことは何か根拠があるのかしら。


「どうしてそう思うの?」

「はい。ドレイが目覚めたときの記憶にありました。メイドさんと、シンジ。2人のお名前と、そのお顔が」


 シロさんがそう回答した瞬間、部屋に甲高い音が鳴る。見れば、メイドさんが驚いた顔をしたまま固まっている。さっきの音は、メイドさんが珍しく……出会ってから初めて食器を取りこぼす音だった。


「今、なんと……?」


 ゆっくりとシロさんの方を見たメイドさん。彼女は震える声で、シロさんに尋ねる。その問いかけに、シロさんは、


「はい。ドレイが目覚めたときの記憶にありました。メイドさんと、シンジ。2人のお名前と、そのお顔が」


 一言一句違たがわない答えを返す。聞き間違いでないことを確認しただろうメイドさんは、静かに椅子から立ち上がる。そして、シロさんの背後に回ると。


「ああ……。そこに、いらっしゃったのですね、ご主人様?」


 背後からシロさんを強く抱きしめた。

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