○人と向き合うこと

「シーシャさん。あなたはどうしてご両親を殺したの?」


 目を閉じて、私の“救い”を待っていた角耳族の女性――シーシャさんに聞いてみる。彼女が両親を殺したのは本当でしょう。だけど、ここ数日の付き合いで彼女が極悪人でないことは知っている。

 それに、サクラさんの言う通りだわ。人を殺すような人は普通、死ぬまで牢屋に入れられるか、殺されてしまう。だけど、シーシャさんはこうして外に出て働く場所を与えられ、一生懸命働いている。私はまずそこに、疑問を持つべきだった。

 信仰している死滅神わたしに問われて、シーシャさんもゆっくりと目を開く。そして自身を見下ろす私の目を見ながら素直に殺人の理由を口にした。


「……さ、先ほど言ったように、私には黒毛の弟ゼイエが居ます。ですが、私たちが住んでいた地域では黒毛の角耳族は不幸を呼ぶとされていました」

「不幸を……? 何か理由があるの? 『幸運』の値が下がるとか」


 私の確認に、シーシャさんは黄色い髪を揺らして首を振る。


「ひぃちゃん、それ多分、迷信だよ」

「めいしん?」

「うん。根も葉もない噂ってこと」


 特段、根拠もない噂や言い伝えってことね。


「最初は両親も、ゼイエを愛していました。ですが、周りの人は違いました」


 黒毛は不幸呼ぶ。近くに居れば、自分達にも不幸がやってくるかもしれない。そう思ったシーシャさんの周りにいた人たちは、ゼイエさんを排除しようと嫌がらせをしてきたみたい。町を歩けばどこからか石が飛んで来て、冷たい視線にさらされる。家に居ても受け取り箱に動物の死骸が入れられていたり、夜に近くで騒ぎ立てて眠れなくされたりもしたらしいわ。


「……許せないわね」


 人の幸せを阻害するなんて、許されるはずがない。なのに、シーシャさんが居た村ではそれが普通らしかった。


「村から出ることは考えなかったの?」

「私もですが、両親は“耕す者”……えっと“農家(農民)”でした。なので農地があって……」


 人は簡単に動くことが出来るけれど、土地は動かせない。別の所に行くと、収入が無くなってしまう。自分たちに与えられた職業ジョブを果たすためには、村に居続けないといけなかったみたいだった。

 ずっと続いた嫌がらせに、シーシャさんの両親も変わり始める。嫌がらせの原因をゼイエさんと考えて、両親も彼を排除しようとし始めたらしいわ。まだ5歳の子供にご飯を与えず、暴力を振るうようになったという。弟を庇おうとしたシーシャさんも含めて、ね。


「どうしてそうなるのよ?! 悪いのは、嫌がらせをしている村人の方じゃない!」

「落ち着いて、ひぃちゃん。それは関係者じゃないわたし達だから分かることなんだと思う。日本でも、こういう虐待のニュース、よくあったもん」


 憤る私を、サクラさんがなだめる。どうして落ち着いていられるのか。そう言おうとして私が見たサクラさんの顔には、やるせなさが強くにじんでいた。


「そうして数か月がたった頃、確か、8月の14日目の夜です。両親はついにゼイエを殺そうとしました。だから……」


 シーシャさんはそこで言い淀む。その続きを、サクラさんが言葉にした。


「じゃあその時、ゼイエさんを守ろうとしてシーシャさんは間違ってご両親を?」


 わたしと同じように思ったサクラさんの言葉に、シーシャさんはっきりと首を振った。


「間違って、ではありません。私がこの手で、意思を持って、両親をナイフで刺し殺しました」


 ナイフを手にした両親がゼイエさんに近づいているのを見て咄嗟とっさに、シーシャさんは両親を殺したみたいだった。その後、シーシャさんは衛兵さんの所に事情を説明しに行ったみたい。もちろんどの国でも殺人は重い罰に指定されている。だけど、シーシャさんの場合は、その家庭事情がかんがみられて、極刑ではなく懲役ちょうえき刑になったみたいだった。


「そういうことだったのね……」

「私は間違いなく、両親を殺しました。ですが、こうして生きてしまっています。もちろん一生ここで働くことで罪を償う予定でした」

「だけど、私が来た。そう言うことね?」


 私の言葉に、シーシャさんは深く頷いた後、


「なので、どうか。私に救いを……」


 そう言って、再び目を閉じる。自分のしたことをきちんと理解して、罪悪感に5年以上も苦しんでいる。しかも、その苦しみから解放されることは一生無いでしょう。その苦しみこそが、彼女に与えられた何よりの罰なんじゃないかしら。

 だけど、今、彼女はその苦しみから解放されることを望んでいる。死をもってゆるされようとしている。


「そして、ゆるす権利を持っているのが、私……」


 フォルテンシアの死は死滅神である私の物だ。人に許されているのは狩りであって、殺人ではない。それが私の考えであることは変わらない。けれど、例外もある。例えば自分に危害を加える者を殺すことは容認しているし、フォルテンシアの敵は誰が殺そうと、問題ないとも思っている。だから国によっては人が人を殺す処刑があることも認めているし、メイドさんやカーファさんが“敵”を殺すことも認めてきた。


 ――じゃあ今回はどうかしら?


 少なくともシーシャさんはフォルテンシアの敵ではないでしょう。自分の職業を全うしているのだから。


「だとすると今回は、自分ではなく大切な人を守るための、人殺し。それを私が容認するか否か」


 事情を聞く前の私なら、誰よりの恩人であるはずの両親を殺したシーシャさんは許せなかった。そもそも、無実の人を2人以上殺していた時点で、その人を問答無用で殺せた。1人なら殺していいのか、というとそうでもない。その場合は、罪を犯したその国の方で裁いてもらうことにしてきた。

 だけど、今回はすぐに判断できていない。シーシャさんに事情があって、正義があることを知ってしまった。


 ――これが、人の命と向き合うこと。


 死滅神である私の判断が、フォルテンシアにおける殺人の罪深さの境界線を作ることにもなりかねない。どうしようか悩む私に、


「悩んでるのなら、多分それが答えだよ、ひぃちゃん」


 そんなサクラさんの声が聞こえた。


「どういうこと?」

「少なくとも今、ひぃちゃんはシーシャさんを殺さないとって思ってないんじゃない?」

「……確かに、そうね」

「つまりそれは、ひぃちゃんが殺すべき人じゃ無いってことにならない?」


 サクラさんの言葉に、私は改めて考えてみる。そうわたしの役割はフォルテンシアの敵を殺すことであって、殺すことそれ自体が役割ではない。そうして冷静になってみると、シーシャさんはきちんと法に則って裁かれている。


「あとはひぃちゃんが、シーシャさんを殺したいか、殺したくないかって話になると思うんだけど」

「私が、殺したいか、殺したくないか……」


 死滅神の信者として、私に命をゆだね、すくって欲しいと言っているシーシャさん。そんな彼女を、殺したいか、否か。それはつまり、罪を犯したシーシャさんを赦せるか、赦せないかという話でもある。


「そうね……。シーシャさんは5年以上もこうして頑張って働いた。その間も苦しみながら、それでも、きちんと自分の罪から逃げずに向き合った」


 そんな彼女を、私は――ゆるさない。


「あなたは、生きて罪を償える優しい人よ。これからもフォルテンシアのために、生きなさい」

「そ、そんな……!」


 絶望したような顔をするシーシャさん。やれやれね。私を、死滅神を、死を分かっていないみたい。


「フォルテンシアに生まれた全ての生き物の死は私の物。つまり、シーシャさん。あなたの死も私の物。そうでしょう?」


 私の質問に、シーシャさんが暗い顔で頷く。


「覚えておきなさい、シーシャさん。生物には必ず寿命があって、死がある。は生物にとって、何より平等かつ公平でなければならないの」


 もちろん、理不尽な死もあるでしょう。だから、わたしが公正だとは言えない。間違うことだってあるでしょう。だけど。


「いい? もう一度言うわ。死は私の物。それは、生物の寿命すら私の物であるということ。シーシャさんが自死でもしない限り、が、必ずあなたを迎えに行く。その時に初めて、私はあなたをゆるしましょう」


 そう。シーシャさんが死をもって救いとするなら。それは今ではなく、生涯を通して罪を償った時でしょう。罪を自覚できる善人の彼女には、それがピッタリだわ。


「働いて、苦労して、辛くても、苦しくても、幸せになって。生きて、生きて、生きて。死ぬまで生きなさい、シーシャさん。そうしたら必ず、わたしがあなたを迎えに行きましょう」


 “生きる”のは、とても難しくて、辛くて。楽しいことばかりでは無いことを、たった数ヶ月しか生きていないわたしでも知っている。だからこそ、わずかな幸せをかみしめて、人はその幸せを“生きる意味”にする。その全てを、わたしが奪う。


「あなたが苦労して積み上げた苦労も、努力も、幸せも。その全てを、最期に私が奪う。……どう? これ以上酷い罰なんて無いんじゃないかしら」


 シーシャには私の言っていることが分かったみたい。私の言葉に絶望から一転、目を輝かせて、


「は、はい! 必ず、必ず迎えに来てくださいね!」


 と喜んでいる。さすが死滅神を信仰しているだけあって、理解があるわ。一方で。


「ちょっとひぃちゃんが……ひぃちゃん達が何言ってるのか分かんない。どう見ても、やっぱりヤバい人たちだ……。知ってたけど」


 サクラさんには伝わらなかった様子。ティティエさんは興味が無いと言わんばかりに尻尾を振ってタルトを食べているし、ポトトはティティエさんの隣でお昼寝を堪能している。……死滅神として久しぶりに格好をつけたつもりなのだけど、なかなかうまくいかないものね。あと、「ヤバい」って何かしら。褒め言葉よね?


「それじゃあ午後も、お仕事頑張りましょう!」


 感涙するシーシャさんに背を向けて、私は円形つばの帽子を被る。その時、お皿の上に一口分だけ残っていた最後のタルトを頬張ってみる。口の中で卵と砂糖のまろやかな甘さと、ちょっぴりの酸っぱさ。そして、わずかなおこげの苦みが広がった。

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