○やっちゃって?

 ヌルてか細長魔物シャーレイに追われ始めて多分1時間くらい。もうとっくにシャーレイの姿は見えなくなっている。だけど、泳ぐこと自体が楽しくなってしまったユリュさんは全く速度を緩めない。そのおかげであっという間に第2層での目的地だった巨大なシロハシラ鉱石が見えて来た。


「あれが、第2層の中心地……レストリア」

「はい。正確にはレストリア鉱石群ですね。そこから名を取ったこの一帯の町を、レストリアと呼びます」


 私は今度こそ船から振り落とされないよう、しっかりと船に捕まりながら景色を見遣る。天井に生えたヒカリゴケに照らされて、これまでとは比べ物にならない数のシロハシラ鉱石が乱立している。ひときわ目を引くのは、やっぱり、メイドさんが言っていた第2層最大のシロハシラ鉱石ね。

 直径は約300mの円柱型で、高さは天井の3分の2くらいだから……200mくらいかしら。至る所に穴が開いていて、恐らく、その1つ1つに人々が暮らしている。シロハシラ鉱石が乳白色をしていることもあって、パッと見は、大きなケーキみたい。そのケーキを中心として、周辺にもロウソクのような細長いシロハシラ鉱石が地面から生えていた。


「……じゅるり。見ているとなんだかお腹が空くわね」

「確かにお昼からそれなりに時間が経ってしまっていますが、ここでも食い意地を見せるとは。余裕があるのか無いのか、わたくしは分かりかねます」


 くきゅぅとなるお腹を押さえる私を、メイドさんが褒めてくれる。この辺りは水深が深いのかユリュさんが蛇行することも無くて、ただただ速い船に乗っているだけの状態。空を飛ぶ魔物も追いつけない速度だから、正直、かなり余裕を持って景色を堪能できている。改めて、水中におけるヒレ族の強さと言うか有能さと言うかを知ることが出来た気がした。




 とういう事情もあるから……。


「えへへ~! 死滅神様、死滅神様!」


 そう言って宿のベッドの上で私に抱き着くユリュさんを突き放すことが、今日は出来なかった。

 時刻は夕食の後。つまり、夜だ。とは言っても、ヒカリゴケが常に光っているから、視覚的な昼夜の違いはない。窓のカーテンを閉めて室内灯を消してしまえば、いつでもそこが夜だった。


 ――それにしても、この宿。ベッドだけは極上ね。


 私は、素材むき出しの宿の内装に目を向ける。客室はシロハシラ鉱石がむき出しの作りになっていて、壁・床・天井は全て乳白色。壁にぽっかりと空いた四角い穴は窓になっていて、レストリア鉱石群を眺めることが出来る。まぁ、ケリア鉱石がはめられていないから、外気が流れ込んでくるのが難点ね。

 食卓なんかも簡素なもので、体重が軽い私が座ってもミシッと音が鳴る。多分、ガタイの良いカーファさんなんかが座ったら壊れてしまいそう。一方で、休息をとるためのベッドには力を入れているみたい。1泊2,500nの宿だけど、もう1つ上のくらいにある宿と同じくらいの快適さだった。


「下に行くほど物価が2割上ずつがると言われる大迷宮で、この値段と質の宿。悪くなかったんじゃない?」


 ベッドの上。ユリュさんにもみくちゃにされながら、私は部屋の中を動き回るメイドさんに問いかける。恐らく彼女は今、〈遮音〉というスキルを使って、内外の音を遮断する透明な膜を張っていると思われた。


「そうですね。地上で換算すると1,700nほど。外縁部とはいえ中心地までは手漕ぎでも30分もかかりません。にもかかわらずこの安さ。さすが冒険者向け、と言ったところでしょうか」


 冒険者ギルドがある中央の巨大なケーキに近くて、最低限必要なものが揃っている。ついでに、飲食店が多く入るシロハシラ鉱石とも近い。出稼ぎにきた冒険者にとっては、うってつけだと思う。まぁサクラさんが居れば「セキュリティがちょっとなぁ……」と苦笑いされてしまうでしょうけれど。なんて考えてしまったものだから、不意に、サクラさんに会いたくなってしまう。


 ――サクラさん、どうしているかしら……?


 今頃、リアさんと邸宅で2人きり。再発したリアさんの夜這い癖に苦しんでいなければいいけれど。

 リアさんも心配ね。帰った時はなるべくお話しするようにして居るけれど、それでも、言葉数が少ないリアさんについてはまだまだ知らないことがたくさんある。ぼうっとしているのだけど、時折、凄い行動力を見せることも多い。気づけば邸宅から居なくなっていて、庭に居たり、近くの海岸に居たりしたことが何度あったか。

 ステータスを持たないリアさん。ちょっとしたことで死んでしまってもおかしくない。


 ――……ダメね。無性に2人に会いたくなってきた。


 こういうの、なんというんだったかしら。とにかく、メイドさんもポトトも、ユリュさんだって居るのに人恋しくなるなんて。私は本当に、傲慢ごうまんなのでしょう――。


「死滅神様が、以外を見ています」


 いつの間にか。私の鼻先にユリュさんの顔があった。顔と言うか、目ね。あの瞳孔が開き切った瞳で、私の紅い瞳を覗き込んでいる。


は今日頑張りました死滅神様はが大好きになったはずですなのにを見てくれせんどうしてですか?」


 息継ぎする間もなく早口でまくし立てるユリュさん。はつらつとした、いつもの紺色の瞳は無い。真っ黒な瞳孔が、まるで底なしの穴のように私を見つめている。……この、鳥肌が立つような気持ちの悪い目をしなかったら、ユリュさんのことをもっと好きになれるのに。


「……そうね、ごめんなさい。今日一番の功労者はあなたよね? えぇっと……そうだ!」


 私の首に回されていたユリュさんの腕を振り払って、ベッドの上で起き上がった私。寝ころんだままぼうっと私を見つめるユリュさんのことは一旦放っておいて……。


「メイドさん。あの香油って、ヒレ族のユリュさんにも使えるのかしら?」


 腕まくりをして、メイドさんに香油があるかどうかを尋ねる。


「自然由来の成分で作れているので、大丈夫かと。香りはどれになさいますか?」

「うーん、そうね。やっぱりレモンが良いわ。私、シーシャさんから貰ったレモンで作ったあの香りが一番好きかも」

「かしこまりました。では早速、準備させて頂きますね」


 メイドさんが〈収納〉からタオルやらマットやらを取り出す横で、私はベッドの上に居たユリュさんを横抱きにして抱え上げる。途端にいつもの紺色の瞳に戻ると、赤面しながら「あわわわ……」と慌てるユリュさん。こっちのユリュさんの方が、私は好きよ。

 この宿には最低限の物しかない。当然、お風呂も存在しない。普段であれば水浴びをするのだけど。


「し、死滅神様?! 何をするんですか?」

「ん? 今日、ユリュさんはいっぱい泳いで疲れたでしょう? それに、私も水に落ちたり、メイドさんだって何かと動き回ってくれた。だから久しぶりに、香油を使ったマッサージをしようと思うの」


 メイドさんが2つあるベッドのうち、私が使わない方のベッドにマットとタオルを敷いて準備を整えてくれている。


「まっさーじ、ですか?」

「ええ。こう見えても私、マッサージは得意なの。絶対にユリュさんを気持ちよくさせてみせるから」

を死滅神様が気持ちよく?! た、確かにもう抱卵ほうらんはしていますがいざこうしてその時になるとやっぱり緊張します……って、きゃぅ!」


 マッサージの意味を知らないらしいユリュさんがまた何か勘違いをしているけれど無視。私の腕の中、緊張でガチガチになったユリュさんを、マットの上に放り投げて寝かせる。次に服を脱がせるのだけど、ユリュさんは正装の時以外は基本的に着替えが楽なワンピースしか着ないみたい。


「メイドさん、やっちゃって?」

「んふ♪ かしこまりました」

「ちょ、死滅神様?! メイド先輩?! 何をする……あ、あぅ?!」


 服を脱がせることにかけては右に出る者が居ない……いいえ、嘘。リアさんがいい勝負をするでしょうけれど、ともかく。メイドさんが、ユリュさんの服を剥ぎ取る。たったそのひと手間だけで、下着姿のユリュさんの出来あがり! おいおい下着も脱がせることになるけれど、今は良いでしょう。


「さて、気持ちよくなる準備は出来たかしら、ユリュさん?」

「え、あ、うぅ……。や、優しくしてください」


 白いマットの上。半裸で震えるユリュさんはこう言っちゃなんだけど、料理される直前の魚みたいね。サクラさんが教えてくれたチキュウの故事にも似たようなものがあったはず。まな板の、何だったかしら。


「ま、いいわ。メイドさんはポトトの毛づくろいをしてあげて? ユリュさんの後は、あなたに気持ちよくなってもらうから」

「まあ、それは楽しみです! ですが、お嬢様。ユリュは初めてのマッサージ。くれぐれも手加減をしてあげて下さいね」

「え、メイド先輩。すでに死滅神様と――はぅあ?!」

「行くわよ、ユリュさん。あなたの身体、隅々までほぐしてあげる!」


 ヒレ族相手にどこまで自分の技が通用するのか。そんな挑戦心に、私は燃えていた。

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