○私は、大丈夫……
翌朝。サイドテーブルの上に置いた鳥かごの中で鳴くポトトの声で目を覚ました私は大きく伸びをする。ところどころ跳ねる寝癖を撫でつけて、ぼうっとベッドに腰掛けることしばらく。
昨日は少し気分が落ち込んでいた。そのせいもあって、なんだか恥ずかしいことを言っていた気もするけど、おかげで気持ちは晴れやかね。
「おはよう、ポトト」
『クックルー!』
両の羽を広げて声高に鳴くポトトを一瞥し、私は視線をベッドに向ける。そこにはもうメイドさんの姿は無かった。たまたま深夜に目を覚ましてしまった時は、彼女がきちんと眠っていることは確認している。美しいプラチナブロンドの髪をツルツルした布で覆って1つにまとめ、同じくツルツルの素材を使った光沢のある白の寝間着姿。メイド服姿以外の彼女を見られるのは、その時だけだと思うわ。
けれど、朝、目覚めの時に彼女より早く私が起きたことなど一度もない。それだけじゃなくて、彼女が私より先に眠ったことも無い。
試しに彼女が眠っていた場所に手を置いても、もうそこに温もりは無かった。私が起きるよりもずっと早く目を覚まして、恐らく今も情報収集をしているんじゃないかしら。
「……負けてられないわ」
従者に劣る主人なんてありえない。どれだけ時間がかかっても、必ずメイドさんを越えて見せる。そんな意気込みを込めて作った私の朝ごはんは、いつもより少しだけ、美味しかった気がした。
朝10時。ご飯と朝の支度を済ませた私は、レンガと木で作られた大きな建物――冒険者ギルドの前にいた。白の長袖シャツの上に、メリの毛を編み込んで作られた黒の
服と言えば。この間シュクルカさんが私の胸元をまさぐりながら、
『下着は?!』
と驚いていた。その理由をメイドさんに尋ねてみると、上半身にも特に胸を覆う下着をつけるらしい。特に必要性を感じなかったから疑問にも思わなかったけれど、それが一般的だと言うのなら今度買おうかしら。下の下着をつけることは知っていたけれど、どうして……。
「はあ……。現実逃避はここまでにしないとね」
私が考え事をしていた理由は主に2つ。1つは、国の第3王女を殺した私への少なくない視線。直接手を出されるようなことは無かったけれど、良くない言葉は何度か浴びせられた。今も近くの露店の軒先で、
「おい、あの子……」
「こら! あのお方、でしょ?! 殺されるわよ!」
「おー、怖い怖い……」
なんて不躾な視線を向けられている。それだけのことで殺すなんてこと、するわけないじゃない……。
「私をなんだと思っているの……?」
思わずこぼしてしまった言葉は幸い、誰にも聞かれていないみたいだった。迂闊だったと反省して、前を向く。
――いいえ。これについてはある程度昨日の時点で覚悟できていたことでしょ、
それより、問題はもう1つの方。今から私はアイリスさんに会いに行く。正直、とても気まずい。だって、私は昨日、アイリスさんの家族をこの手で殺したんだもの。親身になってくれたアイリスさんから非難されると思うと、とても苦しい。向けてくれていた笑顔を見せてもらえなくなることが、とても悲しい。逃げ出したい。
だけど。
私はそんな親しい人からの厳しい言葉にも耐えなければならない。それこそが、命を奪ったものとしての責任なのだから。でもそれ以上に、親しみを持って接してくれた彼女には、真摯に向き合いたいと私は思う。
「だから行くのよ、
臆病にも、なかなか踏み出せないでいる己の足を自分自身で鼓舞して動かす。勇気がしぼんでしまわないうちに、2階の受付へ。騒がしかったギルド内が、死滅神である私の姿を見つけると途端に静かになる。みんなの視線が突き刺さる。
私は死滅神。大丈夫……、大丈夫……っ!
自分に言い聞かせて、いつもよりはるかに長く感じる階段を上って行く。2階まであと5段、4段、3段……。
そ、その前にまずは手順を確認しましょう。えっと、他の職員さんに声をかけて、アイリスさんを呼んでもらわないと。だって彼女は王女様で、セシリアさんのお姉さんで……。だから、きっと、私に会いたくなくて――。
「あら、スカーレットちゃん! 今日も来てくれたんですね?!」
「……ぇ」
そんな声が頭上から聞こえた。段数を数えてばかりでうつむいていた顔を上げる。ゆっくりと明るくなっていく視界。その眩しさに一瞬だけ視界をくらませる。やがて、ぼやけていた世界が線を結んだとき。
そこにはいつもと同じように青い瞳に光を宿し、髪色と同じように明朗な雰囲気を振りまく人間族の受付嬢、アイリスさんがいた。
「アイリス、さん……?」
「はい、スカーレットちゃんの担当受付。ついでにこの国の第2王女でもある、アイリス・ミュゼア・ウルさんです! 今日もお手紙配達の依頼が来てますよ? しかもスカーレットちゃんご指名で!」
依頼書数枚を手に、歩み寄ってくるアイリスさん。だけどなぜだか彼女を真っ直ぐ見られない私は、2階へと続く階段のその最後の1段を見つめることしかできない。
「――ほら、こっちに来てください! 配達の依頼は数との勝負。つまり、時間との勝負なんですから!」
そう言った彼女に手を引かれて最後の1段を上る。それはもう、あっさりと。そのまま受付のそばにある机に向かい合わせで座ると、アイリスさんは依頼書を見せてくれた。
「指名料が入るので、報酬も増えるんですよ? スカーレットちゃんが頑張った証ですね! こちらが――」
そう言って依頼の詳細を語るアイリスさんは、いつもと全く変わらない。正直、今の私はそれどころじゃなくて、話は少しも入って来ない。
けれど、そう。どこか嬉しそうに、楽しそうに話しかけてくれるアイリスさんは、以前と全く変わらない。まるで、昨日のことなんて無かったみたいに。
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