○side:I
私、アイリス・ミュゼア・ウルは生まれた時から王国ウルの“王女”だった。異母姉妹のイリアお姉さまやセシリアも同じ。生を受けた瞬間から人の上に立ち、国民に尽くすことを義務づけられた存在。それが、私達姉妹だった。
王女として生まれた私達に待っていたのは、徹底した王族としての
だけどある時、私はウルの裏の顔を知った。私達を支えてくれていた貴族や商人たちの一部が行なっていた非道な行ない。賄賂なんかは当たり前で、幻覚作用のある植物や王国では禁止されている人族・魔物の売買。調べるほどに人々の“欲”にまみれたお金が出てくる、出てくる。
「うそ……これが……こんなことがウルでは許されているの?」
私が大好きだった海と堅牢な壁に囲まれた美しいこの町が、“欲望の町”と呼ばれているのを知ったのも、ちょうどその頃だった。
「私がのんびりと暮らす裏で、いったいどれほどの人が犠牲になっているの……?」
私が享受していた平穏の裏にある犠牲をどうしても知りたくなった。だから私は体を動かしながら、城下で最も情報と住民の声が届く場所――冒険者ギルドで働くことにする。内緒だけど、何時間もじっと座って「お勉強」をするのが嫌になっていたのもあった。
本当は冒険者として働きたかったけど、私が継承権のある“王女”である以上、お父様もお母様もそこまでは許してはくれなかった。
そうして15歳で成人したのを機に、私はギルドの受付として働き始めた。王族としての人脈も使いながら、なるべく多くの情報を集める。そして、きな臭い商売取引や町の困りごとを冒険者さんの力を借りて解決する日々。元凶の貴族たちを取り除かない限り無くなることは無いけど、それでも少しはマシになったと思っている。
そんな日々が5年。継承権第1位の第1王子クランの誕生によって、王女である私達には他国や貴族の男性たちと縁談が持ち上がり始める。その申し出1つ1つを丁重にお断りするのが億劫になり始めていた頃。1人の女の子が冒険者になりたいとやって来た。名前はスカーレットちゃん。
第一印象は、世間知らずの箱入り娘。意志と
「えっと、アイリスさんであっているかしら? よろしくね、私はスカーレット」
そう言って少し笑った少女。王女として名の知れた私に臆することなく接する、変わった女の子だった。
冒険者の身元は詮索しないのが一般的。でも、どう見ても貴族のお嬢様。すぐ弱音を吐いて実家に帰るだろうな。そう思って、疲労と時間の割には報酬が安い依頼をこなしてもらうことにした。もちろん、町の人と知り合って、彼女が持っているだろう領地と、そこに住まう領民について何か気付いて欲しいという意図もあった。
でも、彼女は毎日毎日、文句ひとつ言わずに汗をかいて依頼をこなしていく。評判も上々で、言葉遣いや態度に減点がつくくらいのもの。特に人を見下したような態度も見られず、むしろ率先して人のために尽くそうとする。
「どうしてそんなに必死に依頼を受けるの?」
と私が聞けば、少女は生活費を稼ぐためだと答える。それを聞いて、廃嫡や勘当されたのかとも思ったけど、生活に苦労していそうな割には肌艶も良く、身なりも綺麗。時折見せてくれる、照れたような笑顔も含めて、たった数日で私は彼女――スカーレットちゃんに好感を覚えていた。
できればお友達になってみたい。そう思って、少し緊張しながらお昼ご飯に誘ってみると、スカーレットちゃんは快く受け入れてくれた。
「ん~~~~~~! アールのケーキ、最高だわ! やっぱり旬の甘味は最高ね!」
目の前で、それはもう嬉しそうにケーキをほおばるスカーレットちゃん。良かった、口に合ったみたい。でも、その後の会話で、私が王女であることをスカーレットちゃんが知らなかったことを知った。どうやら彼女は私を王女と知らなかったから、普通に接してくれていただけだったみたい。いつかは知ることになるだろう、私の立場。それを知った時、彼女はこうして普通に接してくれなくなるのかな……。
友人と過ごす、最後になるかもしれない和やかな時間。それも、赤竜の登場によって幕を閉じる。そしてスカーレットちゃんの正体が死滅神様であることを知ることになった。まさか正体を知らされて驚くのが私になるなんて、思ってもみなかった。
今、私の目の前には棺に入れられた
だけど、家族としては可愛い妹の死であることには変わりない。たとえ、お転婆で我がままで、身勝手な
「スカーレットちゃん。私は明日から、どんな顔をしてあなたに会えばいいの……?」
友人として? それとも、担当受付として? あるいは――。
「家族を殺した
私は首を振る。スカーレットちゃんはただ、フォルテンシアにおける自らの役割を果たしただけ。もちろん、妹を殺されて思うところはある。
「だけど……」
セシリアの非難を真正面から受け止めて、それでも使命を果たすその姿は、世間知らずで可愛いだけのお嬢様なんかじゃ無かった。強く、たくましく、恐ろしく。何よりも美しい『死滅神』そのものだった。
思えば、スカーレットちゃんと私は似ている。生まれながらにして人の上に立ち、命を預かる存在。私はウルの国民の命だけだけど、スカーレットちゃんはフォルテンシア全ての生命の命を背負っている。
そして、王女としての役割を半ば放棄している私と違って、スカーレットちゃんは世界にたった1人しかいない重役を、その華奢な身体で受け止めて進んでいる。たとえ死滅神に批判的な人々から、石を投げられようと。
「……なら」
彼女への接し方として私が選ぶべきは恨むことなんかじゃなくて支えることだと思う。ううん、私が支えたいと思っているの。なぜなら私は、スカーレットちゃんの担当受付で、友人だから。
「明日も、ギルドに来てくれる? スカーレットちゃん……」
私を王女と知って。身内である私からの非難や
少なくとも私は、彼女と心からの親友になりたいと思う。
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