○全てがこの時のためにあったみたい……

 殺すべき、と、殺したい。2つの感情が燃え上がり、震えていた私の身体に火がともる。


「じゃあ、ひぃちゃんが今やるべきことは? やりたいことって、何? 泣く事?」

「……いいえ」

「わたしに甘えること?」

「違うわ」


 首を振って、私は自分の足で地面に立つ。まだ少しよろけてしまうけれど、そこはサクラさんとポトトに支えてもらいましょう。


「私は……。私が、リズポンを殺すの」


 いつの間にか、甘えることが当たり前になっていなかったかしら。メイドさんが私のもとに残ってくれたことに安心をして、守られることを当然と考えるようになっていたんじゃない? 常に誰かがそばに居てくれて、一緒に眠ってくれる。それが、当たり前だと思っていなかったかしら?


 ――でも、そうじゃないでしょう?


 私は、死滅神。誰もが恐れ、敬う存在でなければならない。まだまだ未熟で、ひとりぼっちじゃ何もできない。半人前で、1人で何かをしようとすると、すぐにつまずいてしまう。でも、だからこそ、みんなの支えに感謝をしながら立ち上がって、前に進まないと。


「うんうん。やっぱりひぃちゃんは、そうでなくっちゃ! っていうか、ひぃちゃんみたく自尊心低い人にウジウジされるの、めっちゃめんどくさいし」

「うっ……。さすがにそれは、言い過ぎじゃない?」

「そうかな~? でも、事実だからな~」


 励ますの疲れたなぁ~、なんて言うサクラさん。恩着せがましい態度に反発しそうになったけれど、ふと冷静になる。今までもこういったやり取りは沢山してきた。だけど、たくさんサクラさんと話して、彼女の人となりをしっかりと把握した今なら、分かる。


「……なるほど。自分を悪者にする。それがサクラさんなりの照れ隠しなのね?」

「……は?」


 私の指摘にマヌケな声を返した後、私の目線と言葉の意味に気付いて、一気に顔を紅潮させるサクラさん。彼女が、真面目な話を語るのが苦手だということはもうとっくに知っている。だからいつも冗談を言って、時に私を怒らせて、その気恥ずかしさを流そうとしていたんだわ。


「ふふっ、そうだったのね! サクラさんは、私を励ましている自分自身が恥ずかしくなった……。ふふっ、そうなのね!」


 そう考えると、なるほど。照れ隠しにセクハラをしようとするメイドさんと気が合うわけだわ。本当に2人とも、照れ屋さんなんだから。


「は、はぁ? 全然、違うし。なんか勘違いしてるし」

「あはは、サクラさんってば、顔が真っ赤! 照れてる!」

「照れてないっ!」

『ルゥ……』


 まだリズポンが襲い掛かって来る可能性があるのにもかかわらずお喋りをする私たちを、ポトトがじっとりとした目で眺めている。


「サクラさん!」

「な、何? まだなんかある?」

「いいえ。勇気が出たし、やるべきこともはっきりしたわ。ありがとう!」

「……ま、まぁ? わたし、お姉ちゃんだし? と、当然!」


 耳の先まで赤くしながら、胸を張るサクラさん。この行動すらも照れ隠しなのだと思うと、愛おしさが極まるわね。本当は抱き着きたいけれど、有事の際に動けなくなってしまうから、ここは我慢、我慢。


「そのついでに、どうやったら私がリズポンを殺せるのかを考えてくれない?」

なんの『ついで』なのかは分かんないけど……うん、良いよ。自分の渾身のギャグを冷静に解説された、みたいなこの恥ずかしさの地獄から抜け出せるなら、何でも良い!」


 やや自棄やけになっていそうなサクラさんが叫んだ、すぐ後。


「お待たせしました、死滅神様、サクラ様」


 ティティエさんとユリュさんを両肩に担いだシュクルカさんが、私たちと合流する。続いて、近くで埋まっていたメイドさんを回収したシュクルカさんが治療をする傍ら〈聖壁〉を使用してくれた。

 鉄壁を誇る半透明な黒いドームの中で、私たちはリズポンを倒す算段を立てる。


「現在、万全の状態で動けるのは私とシュクルカさんだけね。しかもシュクルカさんは治療のために相当スキルポイントを使っているわよね?」

「はい。メイド様を治療するので、ほとんど0になります」

「けほっ……。シュクルカ。わたくしのことはいのです。それよりも、お嬢様に万が一があってはなりません。スキルポイントの温存を――」

「やって頂戴、シュクルカさん」


 私の命令を受けて、シュクルカさんがメイドさんの治療を始める。……のだけど。


「……メイドさんの胸を揉む必要はあるの?」

「もちろんです。リズポンの攻撃を正面から受けたメイド様は腹部を中心に大きな損傷を負っています。こうして患部に手を当てることで、傷の治りが早くなるのです」

「そんなわけが、んっ……無いでしょう! あんっ」

「メイド様はくすぐったがりですから、反応がまた……。ハァ、ハァ」


 治療の疲れか、それとも、別の要因か。徐々に鼻息を荒くし始めるシュクルカさん。彼女、離れた場所からでも治療できる、みたいなことを言っていたし、触れる必要すらないと思っていたのだけど。

 まぁ、真実のほどは、今は置いておきましょう。優先すべきなのは、リズポンの討伐方法よね。


「サクラさん。霧の中はどんな様子だった?」

「河原の向こうは森っぽかった。多分、本気で隠れられたら見つけられないと思う」


 川から離れるほどに濃さを増す霧。多分、数メートルも視界は利かないんじゃないかしら。そんな状態で、リズポンを探し出すなんて不可能に思える。しかも、視界が悪い森の中だと、リズポンがどこから襲ってくるのか分からない。森の大きさも分からない以上、追撃することは難しいかしら。


「こうなって来ると、一度迷宮を出ることも視野に入れるべき……?」


 どこまで記憶が消えてしまうか分からないけれど、最大の障害だった透明な壁は消え去った。リズポンが迷宮から出てくるかもしれないという大きな欠点があるものの、フォルテンシアの全人族・魔族が束になってかかれば可能性はある……のかしら?

 リズポンが表舞台に出れば、さすがに“生誕神”のフィーアさんや“創造神”テレアさんにも職業衝動が走って、動くことになるでしょう。


 ――でも、それだと、たくさんの犠牲が出る。


 それにリズポンに対処できる存在を生み出したとして、今度はリズポンを倒したその存在がフォルテンシアの脅威になってしまう。時間が経てばリズポン自身も成長する可能性を考えると、今この時に倒してしまう方が良い気がするわね。


「リズポンが大きく消耗しょうもうしている今が絶好機なのは、そうなのだけど……」

「うん。どうにかしてリズポンがどこに居るのか分かったら、わたしがヒズワレアとひぃちゃんを抱えて突撃ー! で良いもんね」


 私とサクラさん。2人で頭を悩ませる。と、その時。


「まったく、やはりあなた方は阿呆ですね、お嬢様、サクラ様」


 治療がある程度行き届いたのかしら。声に余裕を覗かせ始めたメイドさんが、そんなことを言ってきた。地面に横たわりながらも「自分には考えがある」と言わんばかりに大きな胸を張っている。……ごめんなさい。さすがに格好がつかないわ、メイドさん。

 サクラさんも同じことを思ったのでしょう。メイドさんにジトリとした目を向けて、言う。


「……ねぇ、ひぃちゃん、聞いた? 真っ先にやられといて、アホだって、この人」

「そうね。私のイチの従者を名乗っておきながら、情けな……ごめんなさい! 本当に何もしていない私は何も言えないわよね!」


 メイドさんに睨まれて、すぐに調子に乗ったことを謝罪する。……サクラさんが振ってきたからじゃないっ。


「コホン。お嬢様とシュクルカには後できちんと“言い聞かせ”をさせて頂くとして。……あるではありませんか」

「……はぁ。あるって、何がですか?」


 いつものように遠回しな言い方をするメイドさんに、サクラさんがため息をついて聞き返す。


「霧の中に隠れ潜む敵を一発で探す方法、です」


 メイドさんの言葉に、サクラさんと目を合わせてから、首を傾げる。そんなもの、あったかしら?


「本当に、あなた方は……。いですか。特にお嬢様。サクラ様とはどこで出会ったのでしたっけ?」

「サクラさんと会った場所? えっと、リリフォンの近くにあったフェイリエントの森……よね?」

「うん、そうそう。確かにあそこも霧がかかってたけど、それがどうかし、た……」

「サクラさん?」


 不意に言葉を止めたサクラさん。数秒だけ何かを考えた後、ぽむっ、取っ手を打った。


「そっか、そう言えばわたしには、あのスキルがあるんでした」

「はい。そうです。……どうして本人が忘れているのですか」

「確かに……。ほとんど使うこと無いから忘れちゃってた……。う~、わたし、やっぱり馬鹿だった~!」


 悔しそうに地団太を踏むサクラさんを、メイドさんがしたり顔で見上げている。


「えっと、どういうこと? サクラさん、メイドさん」


 確かにフェイリエントの森も、霧深い森だった。けれど、いま目の前に広がる森ほどじゃない。少なくとも数十メートルなら余裕で見渡せたはず。


「ねぇ、ひぃちゃん。わたし達があったのって、フェイリエントの森の、どこだっけ?」

「どこって、フェイリエントの森は、フェイリエントの森でしょう?」

「それはそうなんだけど……。えっと、わたしが初めて〈ステータス〉を使うことになったきっかけ、覚えてる?」


 サクラさんが〈ステータス〉を使うきっかけ……? すぐには思い出せないけれど、どうやらサクラさんと出会った頃にはもう、現状を打開するためのすべがあったということ。ヒズワレアの件と言い、まるで、全てがこの時のためにあったみたい。

 符合していく事実に気持ち悪さを覚える、その直前で。


「あっ」


 私はようやく、サクラさんの言いたいことが分かった。そう。私が彼女に初めて会った時。私はついさっきと同じように“孤独”に泣いていた。その理由は、はぐれたポトトを探そうと森の奥深くまで入り込んで、ひとりぼっちになってしまったから。

 最終的にはサクラさんを連れたポトトと合流で来たけれど、私たちは森の出口が分からなくなってしまったのよね。でも、私たちはサクラさんのおかげで森を脱出できた。その理由は、サクラさんが、とあるスキルを持っていたからじゃない。


「なるほどね。なら、あとはどうやってリズポンに接敵するか、かしら。あと、みんなに1つだけ、お願いがあるの」

「ん、なに?」


 みんなを代表して聞いて来たサクラさんに、私は自分の覚悟を示すためのお願いをする。

 そのせいでちょっとしたいざこざもあったけれど、5分後。私たちは、リズポン討伐における詰めの作業に移った。失敗すれば、フォルテンシアにリズポンが放たれる。数万人……数百万人という規模で人死ひとじにが出ることでしょう。あるいは、冗談抜きで、あらゆる生物が息絶えることになりかねない。


 人々の命を預かる者として。命の裁定者として、そんな事態を許すわけにはいかない。失敗は許されない。そして、


 ――もう私は、失敗しない。


 だって、1人じゃないから。


「じゃあ……行くよ、ひぃちゃん!」

「ええ!」


 私が大きく頷いた数瞬後、大きく息を吸ったサクラさんがスキル名を叫んだ――。

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