○死の香りに包まれて

 昼食の後、“私”の痕跡を求めて森の中に入る。さすがに1人で行動するのは危険だから、メイドさんについて来てもらった。サクラさんとポトトは、鳥車の見張りね。


生身なまみのホムンクルスをそのまま運ぶとは思えません。恐らく箱などに入れられていたはずですが……」


 そんなメイドさんの予測を手掛かりに、あの日、目が覚めた場所の周辺を探す。


「そう言えば、私と会う前にメイドさんって誰かに襲われていたじゃない? たしかイチマツゴウの仲間、だったかしら?」

「そう言えば、そんなこともありましたね」


 そう言えばって……。人を殺したことをさも当たり前のように言うわね。確か、憂さ晴らしとも言っていたはず。頭に血が上っていたことが、彼らを忘れていた理由にある。そう信じたいわ。


「なるほど。彼らが居た隠れ家をもう一度調べてみるのも、ありでしょうか」


 思い出すのは、ポルタで初めて朝を迎えた日。どうしてあんな森の中に居たのかと尋ねた私に、メイドさんはウルセウで悪い噂が立っていたイチマツゴウ達を、憂さ晴らしと称して壊滅させたと言っていた。その時に見つけていた彼らの拠点を調べることに決めて、メイドさん先導のもと歩き出す。

 その道中、私はあくまでもさりげなくを意識しながら、リーリュェさんの店で気になったことを聞いてみた。


「と、ところで、メイドさん。創造神様と会ったことってある?」

「テレア様でしょうか? はい。テレア様がお生まれになった頃ですね。ご主人様と共に、ライザ様に挨拶に伺ったことがあります」


 存外簡単に聞き出せたわね。やっぱり、メイドさんとライザさん、テレアさんには面識があったんだわ。逆に赤ん坊だったテレアさんはメイドさんの顔なんて記憶にないでしょうね。思い返してみれば、ライザさんは場違いな格好のメイドさんを見ても何も言わなかった。それどころか町に居る間、不自然なくらいメイドさんについて触れていなかったように思う。


「最初から全て、なのね」

「知恵比べはよろしいですか? 種を明かすと、大切なお嬢様を信頼できる場所に預けるのは当然です」

「大切なご主人様の替え、だものね。……じゃあイズリさんも?」

「いいえ、イズリ様はライザ様が信頼できるとおっしゃったので。お嬢様が死滅神であると明かして、お仕事を融通して頂きました」


 そういう意味では、死滅神である私を「スカちゃん」と呼んでくれた短身たんしん族の女性、イズリさん。彼女はものすごい胆力の持ち主ということね。あの若さで農地を経営するだけあるわ。ついでにイズリさんは今、ウルセウに居て挨拶が出来なかった。今は農地を休ませる時期だから、王都ウルセウで出稼ぎをしているらしい。そうと知っていれば、ウルセウで挨拶に行けたのに……。


「着きました、お嬢様。ですが……」


 珍しく言葉を濁したメイドさんの声で思考を切り上げ、私は彼女の視線をたどる。私が目を覚ました空き地と街道から200mくらいかしら。確かにそこには小さな木の小屋がある。いいえ、あったと言うべきね。


「壊れているわね。……メイドさん、あなたがやったの?」


 ジトっとした目で聞いた私に、笑顔のメイドさんが首を振る。そうよね。さすがに壊れていると知っていたなら、こんなところまでわざわざ足を運ぶ必要も無い。となると、単純に人が居なくなって管理が行き届かず、森の動物や雨風によって壊れたのでしょう。

 念のために木片や腐った木に気をつけながら小屋を探してみたけれど、出てくるのは服や食器、小物ばかり。これといって手がかりは無かった。


「結局、手がかりは無しね」

「はい。ですが、ここまで来て成果無しというのは、いささか不満ですね。それに……」


 食器や小物を見遣りながら、メイドさんが何かを考えている。しばらくそうしていた彼女は、不意に。


「【フュール・エステマ】♪」


 そんな魔法の言葉と共に唐突に発生した暴風が、私の黒髪とメイドさんの白金の髪なびかせる。人を浮かすことが出来るほどの風の力を前に、小屋の残骸はいともたやすく吹き飛んでいく。探索可能な場所は調べ尽くしたから良いものの、もし手がかりが吹き飛んだ物の中にあったのだとすれば、もう手遅れね。


「ちょっ、メイドさん。相変わらず唐突ね!」

「失礼いたしました。ですが、どうでしょう?」


 少し得意げな顔をしながら彼女が目線で示す先。そこには、地下へと続く階段がある。


「どうして地下があるって分かったの?」

「勘です♪ このまま帰るのはあまりにしゃくだったので、あれば良いなと」


 勘、ですって? やっぱりこのメイド、実はアホなんじゃないかしら。呆れた目を向けていると、メイドさんがそれに気づいて笑顔を返してくる。


「冗談です。食器の数や、この小屋の使用用途などを考えて、ですね」

「使用用途……?」


 私がどういうことかを聞こうとした時、不意に、悪臭が鼻をついた。何かしら、このにおい。どこかで嗅いだような気がして、思い出すのはケーナさんの地下研究所。死んでしまっていた奴隷の少年が放っていたにおいをきつくしたようなにおいだった。


「まさか……。まさか、よね?」

「いいえ。お嬢様の予想通りかと。かつて、イチマツゴウ達はここに“お楽しみ”を隠していたようです」


 メイドさんは言葉を濁してくれたけれど、私には分かる。イチマツゴウを殺すよう、職業衝動があった時に見た、悲惨な女性たちの姿。甚振いたぶり、なぶられ、もてあそばれた彼女たち。

 そして、最期には日の当たらないこんな陰気な場所で最期を迎える。


「お嬢様。それほど拳を握られては、怪我をしてしまいます」

「……地下を探す前に、せめて運び出して、埋めてあげても良いかしら?」


 譲らない意思を込めてメイドさんに尋ねると、


「かしこまりました。では、参りましょう」


 優しい顔で、メイドさんも同意してくれた。メイドさんに続いて、私も真っ暗な地下に下りる。〈収納〉から手持ち用の魔石灯こと『ランタン』を取り出して、暗がりを照らす。そこには、2つの牢屋と寝台、そして用途不明の器具がたくさん置かれていた。

 そのうち1つの牢に、人型の黒いシミがある。そして、シミの上には骨があった。体格的に、短身族かしら。考えたくないけれど、いずれかの人族の子供の可能性もあった。


「……メイドさんは、このことを知っていたの?」

「いいえ。ですが、可能性はあるかと思っていました」


 どうしてあの時に調べて助けなかったのか、とは聞けない。恐らく、メイドさんにとって優先度が高い存在――私が現れたから、メイドさんはここを調べなかった。それはつまり。


「わ、私が、殺し――」

「いいえ、レティ。その考えは傲慢ごうまんが過ぎます。地下の入り口には逃げ出さないようにする頑丈な扉などありませんでした。となると、言い方を選ばないのであれば、彼女は使い捨てにされるためにここに運ばれたと見るべきです」


 もう既に死んでいただろう。メイドさんはそう語る。牢に鍵のようなものはかかっていない。メイドさんがこの場所の主を殺した以上、この人物は逃げ出すことが出来たということ。であれば、そうね。彼女はもう殺されたと見るべき。そう自分に言い聞かせて、骨を集めていく。じゃなきゃ、気が狂いそうだもの。

 デアの光が届かない暗闇の中、濃密な死の香りに包まれて屍を拾う私。


「まさに、死神ね。……本当に、ピッタリだわ」

「レティ……」


 骨を丁寧に拾って森に埋めた後、私たちは改めて地下を探索する。私の手に染み付いた香りは、どれだけ手を洗っても消えることは無かった。

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