○どこに行ったの?
地下の探索を終えて、私たちはサクラさんとポトトが待つ芝生の生えた空き地に戻る。
「戻ったわ、サクラさん」
「お帰り、ひぃちゃん。どう? 何か収穫はあった?」
芝生の上に敷かれた布の上で足を延ばしたまま聞いて来たサクラさんの問いに、私は首を振る。結局、イチマツゴウ達を殺すように言ったフォルテンシアの声の正しさを知っただけだった。死体のことは、伏せておきましょう。
「それより、ポトトはどうしたの?」
「あれ?! うそっ、居なくなってる?!」
私は鳥車のすぐそばに居たはずのポトトが居なくなっていることに気付く。どうやらサクラさんも今気づいたみたいで、後ろにある鳥車を振り返る。
「いっつも、どっか行くときは鳴いて教えてくれるんだけど……」
座ったまま、キョロキョロと周囲を見まわすサクラさん。私は彼女の膝の上に置かれている巨大な弓――ワキュウを見る。テレアさんの配慮で、持ち運びしやすいようにワキュウには〈縮小〉のスキルが付与されている。
『せっかく作った力作を壊されたらー、たまったもんじゃないもんー』
なんて言っていたかしら。作り手としての誇りでしょうね。ポトトが持っているものと効果は同じで、大きさを10分の1に出来る。試し撃ちも終わったはずだし、わざわざ邪魔になる大きさでもって置く必要はない。にもかかわらずこうして元の大きさで持っているということは……。
「サクラさん。さては弓のことばかり気を遣っていたわね……」
「ご、ごめんね? つい嬉しくて」
はしゃいで失敗してしまうその気持ち、痛い程によくわかる。……いやもう、それは本当にね。
「で、メイドさん。ポトトがどこに行ったか知ってる?」
「
私の問いかけに、やれやれと首を振るメイドさん。それは、そうよね。最近は少し頼り過ぎてしまっていたかもしれないわ。気をつけないと。
「はぁ……。いつから
「それは言い過ぎ……とも言えないわね。これからも頼りにしているわ」
「んふ♪ 素直なお嬢様は、やっぱり素敵です」
って、こんなことをしている場合じゃないわね。ポトトがどこに行ったのか探さないと。
「ひ、ひとまず、わたしが〈空間把握〉で探してみる!」
そう言ったサクラさんが、スキルを使用して周囲200mほどを調べる。広範囲の索敵をすると気持ち悪くなると言っていたサクラさん。普段は精々30mくらいにとどめているのだけど、今回は失態に対する責任感から全力でスキルを使用したみたい。
おえっ、と、小さくえづいた後、
「えぇっと、ごめん……。ポトトちゃんみたいな大きくて丸い反応、どこにない」
もう近くにポトトが居ないこととスキルの反動で顔を真っ青にするサクラさんが、情報を教えてくれる。
「ど、どうしよう、ひぃちゃん、メイドさん。わたしのせいでポトトちゃんが……っ」
「落ち着いてください、サクラ様。羽は落ちてないので、暴れた形跡はありません。連れ去られたわけでもないでしょうし、時期に帰って来ると思われます」
青ざめるサクラさんの背中を、メイドさんが優しくなでる。私も不思議と、焦りはない。歩き詰めの環境に逃げ出してしまった可能性もあるけれど、食事も休憩もしっかり与えていた。ポトト本人も楽しそうに鳥車を引いていたし、これまで幾度も逃げ出す機会はあったのに逃げなかった。それこそ、メイドさんに殺されそうになったときすら、ね。
私たちとポトトの間に確かに感じた“繋がり”。それを今は信じましょう。
「あの子ならきっと、帰って来るわ。でも、そうね。今日はここで野宿をして、明日になっても帰って来ないなら一度ポルタまで引き返しましょう」
それでもいいかとメイドさんとサクラさんに確認すると、頷いてくれる。さすがに、ここから200㎞以上離れているエルラの町まで徒歩と言うのは厳しいもの。代替案を考えないと。
だけど、あの子を見捨てるつもりなんて毛頭ないないわ。もし帰って来なくても、私たちが絶対に見つけてあげる。
そう思って日暮れまで待ってみたけれど、ポトトは帰って来なかった。
夜。焚火をして、野営の準備を済ませる。料理当番はサクラさんだったのだけど珍しく調理を失敗して、少しだけ濃い味付けの野菜スープと、お焦げの味がするコメを頂くことになった。昼と夜。私とサクラさんがそれぞれ失敗をして、ご飯に関しても散々な1日になってしまった。
「お嬢様もサクラ様も。今日はもう、お休みになってください。今晩は
そんなメイドさんの言葉に甘えて、私とサクラさんは鳥車に敷かれた布団の中で眠ることにした。リリフォンやディフェールルとは違って、アクシア大陸はフォルテンシアの中央にある。気温はそれほど下がらないのだけど、まだまだ夜は寒い。鳥車の
「ひぃちゃん。ポトトちゃん、帰って来るかな? 帰って来なかったら、どうしよう……」
こんな調子でずっと心ここにあらずと言った様子のサクラさん。いつもは、はつらつとした言動で私たちを元気づけてくれる彼女が暗いせいか。それとも昼に、小屋を調べたせいか。私も今日はなんとなく、元気が出なかった。
「大丈夫よ。私たちがポトトとどれだけ一緒に歩いて来たか。思い出して?」
「……うん」
そう言って、ふかふかの毛布に潜ってしまうサクラさん。頷いてはいるけれど、納得した様子は無い。まだ自分を責めて、後悔しているみたい。
私としては現段階でそれほど落ち込むことでも、考えすぎることでもないと思う。気を紛らわせてあげられることが出来れば良いのだけど、残念ながら私の脳内の引き出しには、これといった名案が入っていない。
経験から考えるなら、メイドさんやシュクルカさんのようにセクハラすることでしょうけど。
「……却下ね」
多分、今そんなことをしても、サクラさんにがっかりされてしまうだけな気がする。
結局、今、私に出来ることなんてサクラさんの手を握ってあげることくらい。これもきっと、私の自己満足でしかない。
もしサクラさんの心を軽くできることがあるのだとすれば、心労の原因であるポトトが無事に帰ってくることだけでしょう。それ以外はただの気休めで根本的な解決にならないこと、私は痛いほどよく知っている。……失敗と後悔の数では、負けないつもりよ。
「早く帰って来なさい、ポトト」
サクラさんの寝息が聞こえるのを待って、私もそっと意識を手放した。
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