○自分をぶん殴ってやりたいわ
ポトトが居なくなったその日の、翌朝。
『『『『クックルー!』』』』
「ポトト?!」
確かに聞こえたおはようの声に、私は飛び起きる。隣を見ると、同じように起き上がったサクラさんと目が合った。
「夢、じゃないよね」
「それを確認するためにも、行きましょう!」
枕元にあった着替えのうち、上着だけを羽織って私とサクラさんは鳥車を出る。まだ夜が明けてすぐ。昇り始めたデアが、世界をぼんやりと照らす。橙色の朝焼けの景色に照らされて、まず目に入ったのはメイドさん。翡翠色のナイフを手に、一点を油断なく見つめたまま立っている。
「おはよう、メイドさん! 今、ポトトの声がしたけれど?!」
「はい、おはようございます、お嬢様。あとできちんと寝癖を整えましょうね。……サクラ様も」
「あ、はい。それより、ポトトちゃんは?」
サクラさんの問いにメイドさんは視線だけで応える。私とサクラさん。2人もメイドさんの目線を追うと、
『クルールッル!』
全体的に白くて羽根と胸元だけが黒いポトト、つまり私たちのポトトが居る。……のだけど。
「4匹……?」
そして、最後。黒と白のポトトに隠れるようにして居るのは、少し小さいポトト。私より少し背が低いから体高は1.2mくらいかしら。全体的に灰色の羽毛で、羽の先にかけて黒くなっていく。分かりづらいけれど、額に少しだけ盛り上がりがあるからオスのポトトだと思うわ。そんな、大小のポトト4匹が私たちの目の前に居た。
「メイドさん……。これは、どういうこと?」
「はい。聞いたところ、どうやら彼らはポトトのお父様、お母様のようです。小さいポトトは、弟様のようですね」
「そ、そう。……えっと、初めまして、で良いのかしら。私はスカーレット。“死滅神”スカーレットよ」
状況はまだいまいち飲み込めていないけれど、ひとまず私は挨拶を済ませる。あ、今は寝間着でスカートじゃないから裾を掴むことが出来ないけれど、ふりだけでもしておきましょう。
「サクラさんも、ひとまず自己紹介を……サクラさん?」
さっきから声が聞こえないけれど、どうしたのかしら。そう思って振り返ると、
「よ、良かったよぉ~……」
ポトトが無事に帰って来たことに安心したいみたい。膝から崩れ落ちて、涙ぐんでしまう。ひとまずサクラさんの自己紹介は後にしましょう。
「えっと……それで、今はどういう状況なのかしら?」
私のその問いに、〈言語理解〉と〈意思疎通〉を使ってポトトと話したメイドさんがまとめてくれた。
「なるほど。つまり、ポトトはご家族を私たちに紹介するために実家に帰っていた、と言うことかしら?」
「実家……。そうですね、ポトトの縄張りをそう呼ぶのであれば、おおよそその認識で合っているかと」
端的にまとめると、ポトトは実家に帰っていた。それが失踪の理由らしわ。そして娘である黒白ポトトが私たちの所に帰ろうと家族に「じゃ」と言うと、「ちょっと待て」と止められた。「どうしたの?」と尋ねれば「俺が見定めてやる」ということで、お父さん……黒いポトトがついて来た。もちろん、お母さんの赤白ポトトも娘の動向が気になっていたから、「どうせなら」とついて来て、今に至る、と。
「そう。で、メイドさんはどうしてナイフを構えているの? ……まさか
今も翡翠のナイフを持っているメイドさんを、じっとりした目で見る。
「まさか。念のため、ですね」
「念のため……?」
こうして会話している間にも、ポトト一家は鳴き声で会話のようなものをしている。黒いポトトの私を見る目線が怖いわね。あ、私たちと一緒に旅をしてきた黒白ポトトに怒られている。娘に怒られてタジタジになっているなんて。何だか和むわね。
「……。……ん?」
そこではたと。私は思い出す。いつだったか“名前”に引っかかった時があった。あれは確か……そう、別荘を発つときね。何か大切な名前を忘れているような違和感があったのだけど、結局思い出せなかった、あれ。その違和感の正体がようやく分かる。
「あ……あぁっ! あぁぁぁ!!!」
「ちょ、うるさいですよ、レティ。急に騒がないでください。それとも今、絶ちょ――」
「黙ってメイドさん今大事なところなの」
そう、思えば私たちは4か月も苦楽を共にしていたのに、大切なことを忘れていた。
「そう! そうよ! どうして忘れていたのかしら?!」
「さっきからどうしたんですか? 何を忘れていたと? ……まさかご主人様の記憶が?」
「違うっ! 名前よ、名前! 私たち、ポトトに名前をあげていないんだわ」
「はぁ……。そんなことですか」
そんなこと?! メイドさんにとっては些細なことなのかもしれないけれど、私にとっては大切なことなの。メイドさんに名前を貰ったあの日、私はただのホムンクルスから『スカーレット』になった。記憶は無いくせに中途半端に知識だけはあって、自分が何者かも分からない。そんな私が、スカーレットとして生を受けた。名前をつけるって“その他大勢”から“たった1人”になるってことだと思う。とっても、とっても大切なことなのに……。
「忘れていたなんて……。自分で自分をぶん殴ってやりたいわ」
「あら? では、
「結構よっ!」
好きにしたらいいと言った私に対して振るわれたメイドさんの平手打ち、今でも覚えているもの。しかも2回も
「……おや? どうやらポトト達の話し合いが終わったようです」
打ちひしがれていた私をよそに、話し合っていたポトト達。何を話していたのかと聞いた私にメイドさんが説明してくれる。
どうやら、私たちに同道していた白黒ポトトは探し物の途中で私を見つけ、勝手に旅に出てしまっていたらしい。ポトトは3年くらいで親元を離れると聞くけれど、彼女はまだ2才になりたて。ポトトの中では子供に当たるみたい。
「つまり、私たちは成人していない娘を誘拐したも同然ってわけね」
「はい。それゆえに、最初は敵意むき出しでした。そして、今、改めて
メイドさんがナイフを握っていた理由に納得していると、白黒ポトトがやって来てメイドさんに何か話している。恐らく、私たちについてくるかどうか、結論が出たのでしょう。
「なるほど。それは、残念です……」
眉尻を下げ、意気消沈した様子のメイドさん。……もう、騙されないわよ。ポトトに関する考え方は私とメイドさんでは正反対。つまり、メイドさんにとっての「残念」は私にとっての「良いこと」。
「つまり、ポトト。これからも一緒に来てくれる……ってことで、合ってる?」
『クルルゥッ!』
黒い羽を広げて、元気一杯に鳴いたポトト。ご両親の許可が下りたということね。緊張が一転、喜びとなって私の中を駆け巡る。その衝動のまま、ポトトに抱き着こうと――。
「良かった~!!!」
『クルッ?!』
事態をずっと静観していたサクラさんが、私より先にポトトに抱き着いてしまった。最初こそ驚いていたポトトだけど、すぐに羽をたたんでされるがままになっている。涙を浮かべるサクラさんのその表情は、ちょうど今、全身を見せたデアのように明るい。
ポトトも無事帰って来て、サクラさんにも笑顔が戻った。……本当に、本当に、良かったわ。
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