○生誕神と一緒に居るということ
どこまでも人を小ばかにしたような笑みを浮かべて、
「……ぷぷっ♡ やっぱり、おねーさんって、頭が残念なんだぁ~♡」
「なっ?!」
「ついでに、メイドも♡ ちょっと考えれば分かるのにぃ♡ 主従揃って、本当にあたまヨワヨワすぎ♡」
「ななっ?!」
私とメイドさんを馬鹿にするフィーアさん。もしかして、またワカラセをされたいのかと思ったけれど、そういう訳でもないらしい。
すぐにフィーアさんは表情を素の顔に戻して、眠そうな瞳で真面目な口調で話し始める。
「いい、スカーレット? あの子たちはこれから、動物の基本的な欲求を刺激するアタシの側に、1年間いるんだよ?」
基本的な欲求と言うと、あれよね。睡眠、食事、繁殖。ホムンクルスみたいに繁殖が奉仕になったりすることもあるけれど、基本的にはその3つ。
「ええ、そうね。それがどうかしたの……って、あっ」
そう……。そうじゃない。それは、メイドさん達が色々と暴走したあの日にも考えたこと。もしフィーアさんが地上に下りたら、人々がどうなるか。
「食べて、寝て。そして……」
「そう。それ以外の時間はずっと、ずっと、
これからマユズミヒロト達を待っているのは、絶え間ない欲望との戦いだと。フィーアさんはそう語る。
「いいえ、でも。もしマユズミヒロト達が互いに想い合っていたのなら、それは罰足りえない」
むしろご
「違う!」
出会って初めて、フィーアさんが語気を荒らげた。くつろいでいた動物たちと一緒に私がビクッと身体をこわばらせたことで、フィーアさんも自分が大きな声を出したのだと気づいたみたい。
「想い合ってるからこそ、辛いの……。相手を傷つけたくない。なのに、体は
例え欲望を我慢し続けたとしても、それはそれで辛い日々が続くということ。己の意思に沿わない、ただ欲に
「アタシの旦那さんが半年以上、正気を保ったことなんてないから」
一度落ちてしまえば、待っているのはもう、人としての尊厳もへったくれもない獣としての道。そうこぼしたフィーアさんは、どこか寂しそうに見えた。
「獣のようにお互いを
1年後には心の方が壊れているかもしれないと、フィーアさんは言う。
「もしアタシと1年以上も一緒に居たら、多分、もう『人』に戻れない」
人に戻れるギリギリの境界線が1年なのだと、フィーアさんは自身が下した判決についての説明を締めくくった。
こう考えてみれば、なるほど。フィーアさんが下した判決は恐ろしく重いもののように感じる。人としての在り方を試される。そんな日々が、360日も続くのね。
「1年後には人に戻れないかもしれない。そう思うと、むしろ罰としては重すぎる気もするわね……」
さっきも言ったように、判例に
そう指摘した私に、フィーアさんはゆっくりと首を振る。
「ううん。町の破壊。動物たちを怖がらせたこと。何より、フェイを殺したこと。アタシも、マユズミヒロト達を許せない。だから」
そう言えば、フィーアさんもフェイさんのことを気に入っていたんだったわ。
――好きな人を奪われた。その点では、メイドさんとフィーアさんは同じ思いだったのね。
ただ、マユズミヒロトを殺そうとしたメイドさんとは違って、フィーアさんは更生できるだけの可能性を与えることにした。2人の違いは、
「フェイと一緒なら、退屈しなくて済む。そう思ってたのに」
ぽつりとこぼしたフィーアさんのその表情は、やっぱり、どこか寂しそうに見える。
――もしかして、フィーアさんって……。
フィーアさんのこれまで言ったことが本当だとするなら、彼女は愛する人と1年以上一緒には居られないということを表すんじゃないかしら。現実問題、後遺症……フィーアさんと離れた後もウズウズすることも考えると、もっと短い期間しか一緒に居られないのかも。そして、フィーアさんが次に地上に下りて、会いに行った時。愛する人は疼きをこらえきれず、別の人とまぐわっている。
――だから、フィーアさんは何度も恋人を変えている……?
表ではほとんど素の自分を見せないようにしているのも、実はフィーアさん自身が傷つかないためなんじゃないかしら。本当の自分を愛していたんじゃない。かりそめの自分を愛していたのだから、仕方がない。そう自分に言い聞かせるための方便として、フィーアさんは色んな役を演じているのかも。
――って、ふふ。私もメイドさんの妄想癖が
ありもしないだろうことを物語のように仕立てて想像してしまう。そんな従者の癖が、いつの間にか私にもついてしまっていたみたい。
「急に笑って。どうかしたの、スカーレット?」
「いいえ、何でもないの。とりあえず、フィーアさん。お友達になりましょう?」
「……え?」
眠そうな瞳を大きく見開いて、素で驚いたと言わんばかりのフィーアさん。だけどすぐに黄色い瞳を伏せて、ぶんぶんと首を振る。
「やめておく。スカーレットも、壊れちゃうから」
私が……。相手がおかしくなることを分かっているからこその、拒絶の言葉。これまで何度も、人をおかしくする自分の性質に苦しんだのでしょう。それでも、何度も恋人を作ったり、身近に色んな動物を
――だって、そうよね。フィーアさんは、あらゆる生物を愛する、生誕神なんだもの。
好きだからこそ、愛しているからこそ、傷つけないために遠ざける。さっきマユズミヒロト達の罰について語気を荒らげたフィーアさんの言葉の重みが、ようやく分かった気がした。
「そう……? それじゃあ、たまに遊びに来るくらいにしておくわね。それくらいなら、許してくれるでしょう?」
「それなら、まぁ……」
ミルキーを飲み干して聞いて見た私に、そっぽを向いたフィーアさんがボソッと答える。少し耳が赤くなっているように見えるのは、私の気のせいかしら?
「あっ。でも、あんな所に死滅神の神殿を置かれてしまっては、不便なのだけど?」
だだっ広い草原のど真ん中に置かれた死滅神の神殿。そもそもどうしてあんな場所にあるのかと聞いてみれば、ずっと昔の死滅神がそれを望んだかららしい。転移陣が壊れても面倒だし、そもそも死滅神がウーラを訪れることも少なかったから、これまでは気にしていなかったそうよ。
「一応、移動できないか、考えとく」
「本当?! 助かるわ! ありがとう、フィーアさん!」
「だ、抱き着かないで、スカーレット。動物たちが、怖がるから……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
すぐに身を引いて、ソファに座り直す。そんな私を、フィーアさんは可笑しそうにクスクス笑いながら見ていたのだった。
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