○これが私の生きる道

「な、にが……」


 すぐさま男が私に覆いかぶさって来る。けれど、それ以降動くことは無い。動くはずもないわ。

 力の強さを示すステータス『筋力』5を目一杯使って、巨漢を押しのける。いち早くこんな奴から離れたかった。


「んっ……はぁ、はぁ……。よいしょっ」


 30秒ほどかけて男を仰向けに転がして私は立ち上がる。見下ろせば、白目を剥いて泡を吹くイチマツゴウの姿。彼は死んでいる。私が殺してしまったから。けれども私の中に罪悪感は無い。これが私に与えられた職業であり、生き方だから。

 小さく息を吐いた私は改めて〈ステータス〉を使用する。


名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.2  職業:死滅神

体力:12/115(+15)  スキルポイント:4/36(+6)

筋力:7(+2)  敏捷:7(+2)  器用:14(+4)

知力:9(+3)  魔力:15(+5)  幸運:1(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉


 ことここに至って、私は理解した。私に記憶などあるはずがない。私は魔法生物。何かを目的に誰かによってつくられた“お人形”。造り主とその意図は分からないままだけれど、私がこれからするべきことは分かった。フォルテンシアに生まれた人々ならば誰もが持っている職業ジョブが示してくれる。


「私の予想は当たっていたようです♪」


 言葉尻軽く言って背後から声をかけてきたのはメイドさん。見れば白い前掛け、ワンピースともに汚れは無い。日光を返すプラチナブロンドの髪にいたっては、乱れ1つなかった。

 そう言えば彼女、「確かめてみないことには分からない」みたいなことを言っていたような気がするわね。それにさきの予想通りという言葉。


「待って。メイドさん、あなた私がこの男になぶられる様をあえて見逃していたの?」

「はい♪ スカーレット……レティの職業を知るためには仕方ありませんでした」


 正直に言ったわね……。本当に仕方なかったのかしら。職業を調べるだけなら、他に方法はいくらでもあったような気がする。


「正直、すごく気持ち悪かったし、怖かったのだけど?」


 私の非難の眼差しを、メイドさんは無言のまま笑って受け止める。そして、意味の分からないことを言い出した。


「レティ。あなたこそ、わたくしの新たなご主人様です♪」

「……は?」


 困惑する私に、恍惚こうこつとした顔でメイドさんは語る。


わたくしの職業は従者。それも“死滅神の従者”です。これもきっと、私をお造りになった以前のご主人様のおぼし」


 その表情や声色に狂気を感じ取った私は首を振る。


「お断りよ。確かにあなたは有能なのかもしれないけれど――」

「では、お嬢様を殺して新たな死滅神様に仕えることにいたします」


 短絡的過ぎない?! と驚く間に彼女は動き出している。〈収納〉から取り出した一振りのナイフを手に駆けてきていた。その翡翠の目には迷いなど無く――。


『クルルルッ!』


 黒い羽を広げて私とメイドさんの間に割って入ったのはポトトだった。この子、もしかして私を守ってくれようとしているの?


わたくしはレティに用があるのです。邪魔をするならあなたも殺しますよ?」


 丸く大きな背中越しに聞こえる、殺気の込もったメイドさんの言葉。その気迫に押されポトトは道を譲ろうとする。けれど、一度振った彼女ポトトはもう一度両翼を広げた。


『ク、クルルルゥ……』


 弱々しく鳴きながら、それでも私とメイドさんの間から退くつもりは無いらしい。


「そうですか。では――」


 声が聞こえたかと思うと、またしても私の目の前にメイドさんがいた。私とポトトの間にあるわずかな隙間に入り込んできた形だ。

 高い敏捷によるものか、それとも何らかのスキルなのか。この人の移動方法は分からないけれど、速い。振り上げられた彼女の右手にはナイフが握られていて――。


「んふ♪ 冗談です♪」

「……え?」

「動かないでくださいね」


 そう言って手を止めたメイドさんはナイフを〈収納〉し、布を取り出す。そしてその水色のローブで私の全身を覆った。


「いくらお嬢様が裸族であったとしても、場は弁えてください」

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