○私に何かできるかしら……?
冒険者業にはいくつか決まりがある。例えば「依頼は早い者勝ち」「仲介業者(ギルド)を通さないで依頼人に会わない」「違約金を払うだけの貯蓄がある」とかかしら。これは冒険者業をしている証になる金属の板――冒険者カードを貰う時に必ず説明される。
だけど、今回は迷宮探索という珍しい依頼だった。迷宮探索は迷宮を作り出している核になっているはずの純度の高い魔石を破壊することが主な目的になる。周辺地域の冒険者ギルドで同時に募集がかけられることが多いのが特徴ね。
エルラの町で時間感覚がおかしくなったことを思い出せばわかるのだけど、魔素の濃度が高い迷宮内は私たちの常識が通じないことが多い。だから危険性が高くて、人気の依頼じゃ無いと聞いた。それこそ、もの好きしか受けない依頼で被ることなんてないと聞いたのだけど……。
「被ってしまったのね」
「そうなんだ。お互い、ここに来るまでにも結構お金と労力を割いている。報酬で取り返すつもりだったから、なかなか退くわけにはいかない」
状況を確認した私に、転移者の男性ショウマさんがお互いの事情を説明してくれた。そうして私とショウマさんの
「それじゃあ、先に行かせてもらうぞ?」
ショウマさん達とは別、鉢合わせをした徒党が各々の武器を持って迷宮化した
「良いの? 先に行かせてしまって」
迷宮の中はどうなっているか分からない。だけど、魔素が充満している迷宮内では良質な魔石を取ることが出来る。それこそ、迷宮を作り出している魔石は、私たちホムンクルスを造ることが出来るくらい高純度であることが多いわ。売ればひと財産を築けるでしょう。
だけど、さすがにそんな魔石がほいほいあるわけじゃない。核になる魔石なんて1つあるかないか。先に見つけられてしまえば、間違いなく取られてしまう。それを許すのか聞いた私に、ショウマさんは整った顔の眉尻を下げる。
「じゃんけんで負けた。仕方ないよ。それに……」
「それに?」
「先に入るのも、良いことばかりでは無いんだ」
洞穴を見つめながら呟いたショウマさんには、どこか実感のようなものが込められているように見える。
「前に何かあったの?」
「ちょっとな……」
そう言いながら、私のもとを離れて仲間の所に歩いて行ったショウマさん。これは、深入りしちゃダメなやつ……よね? 興味のままに聞いてしまうことがいけないことだということは、何度も言われてきた。ここはぐっと好奇心を抑えないと。
揉め事もじゃんけんで解決しているようだし、結局、私に出来ることは何もない。もしかしたら死滅神として、何か力になれるかと思ったのだけど。
「やっぱり私には何もできないのね……」
少し肩を落として、メイドさんと共にサクラさん達が待つ鳥車へと戻る。
「た、助けて!」
不意に、洞穴の方から悲痛な叫び声が聞こえてきた。振り返って見てみれば、ついさっき洞穴に入ったばかりの徒党に居た女性の1人が、
「ど、どうしたの? まだ入って数分じゃない」
「数分……? そんなわけないわ! ワタシたちは1日近く迷宮にいた!」
それこそ、そんなわけないじゃない、と言い切れないのが迷宮なのよね。
「メイドさん、コップを――」
「――こちらに、お嬢様」
これまでずっと黙って私に付き従っていたメイドさんが、2回の〈瞬歩〉で水が入ったコップを取って来てくれる。恐らくは鳥車の影で〈収納〉から取り出したのでしょうけれど、ともかく。
「これを飲んで。落ち着いて何があったのかを話してくれる?」
私の手からコップをかっさらうようにして手に取った女性は、水を一気に飲み干す。それでも足りなかったのでしょう。自分で【ウィル】を使って水を張って飲む。息を整える彼女の格好は軽装で、多分、
「……メイドさん。今日はここで昼食にしましょう。この人にもご飯を作ってあげて?」
「いいえ、お嬢様。もしも何か手を打とうとしておられるのでしたら、急いだほうがよろしいかと」
「どういう……いいえ、そうね」
迷宮の外では数分なのに、中にいた女性は1日近く居たと語った。つまり、少なくとも時間感覚がおかしくなっているということ。もし中の人が助けを待っているのだとしたら、悠長に昼食を食べている時間なんてなかったわね。
だけど、中の状況を聞かないまま突っ込んでしまうのは愚策。そんなメイドさんの進言に従って、私はショウマさんの徒党、サクラさんを呼んで女性の話を聞くことにした。
「それで? 何があったんだ?」
ショウマさんの言葉を皮切りに話し始めた女性の話をまとめると、こうなるわ。
彼女たちの徒党が洞穴に入った瞬間、そこは
洞穴を入ってすぐに待っているのはどこか知らない世界。高い建物が立ち並んでいて、魔動車が時折通り過ぎていく。そして、
「――その巨大な鉄の塊に襲われたのね?」
「そう、そうなの。赤い鉄の雨を降らせてきて、
たまらず地下に逃げ込むと、そこには大量の魔石灯が灯っていたらしい。ここなら安全だろうと治療していると、今度はいくつも箱が連なったような鉄の蛇が襲い掛かって来たらしい。圧倒的な質量を持って地下を蹂躙する蛇は、斥候の女性――ハゥトゥさんの仲間の1人をひき殺してしまったみたいだった。
「なるほどな。轟音を立てて空を飛ぶ鉄の塊。それに、鉄の蛇か。もしかして……」
ショウマさんが何かぶつぶつとつぶやきながら、考え込んでいる。
「ハゥトゥさん。その、他のお仲間さんはどうなったのかしら?」
「鉄の蛇から逃げる途中ではぐれてしまったの。ひとまず地下の通路にあった部屋に逃げ込もうとして扉をあけたら、こうして出てこられたってわけ」
死ぬかと思った。そう言いながら肩を震わせるハゥトゥさん。よっぽど怖かったのでしょう。服も黄色い髪もボロボロで、本当にぎりぎりの状態だったことが分かる。
「まだ中にリィリとユートが居るはず……。お願い、助けて!」
迷宮に残された仲間を助けて欲しい。ハゥトゥさんは悲痛な顔で私たちとショウマさんの徒党に頼み込んで来るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます