○救われない者たち
時刻はお昼過ぎだろうけれど、洞窟らしく、薄暗い第3層を行く私たち。ポトトの首からは一方向に強い光を放つよう作られた魔石灯が提げられていて、行く先を照らしている。一方で鳥車の荷台にはぼんやりと温かな色合いを放つ魔石灯が灯されていて、〈収納〉スキル偽装のために荷台に置いてある木箱や
『クッルルッ クルルルッ クックックッ♪』
「~~~~~~♪」
久しぶりの長距離移動。歩くことが本懐だと言うように、ご機嫌に歌うポトト。そんな彼女の歌に合わせて、ユリュさんが美しい鼻歌を重ねる。大迷宮に居るとは思えないくらい、安らぐ空間がそこにはあった。
「ヒレ族が持つ、自然な音階を導く〈歌唱〉のスキルですね。さすがと言うほかありません」
「
第3層自体は、ほとんど不毛の大地だと言って良い。キノコとコケ以外の植物もほとんど生えていなくて、どこまでも大地が続いているらしい。暗闇のせいで地平線なんかは見ることが出来ないのだけど。
そんな、まっ平らな大地に生えているのが白っぽい黄色に輝くキノコ『アッセ』。まるで街灯のように生えているキノコが、ぽつぽつと暗闇に光を提供してくれている。メイドさんの話では、ヒカリゴケと同じく魔素の影響で光っているそうよ。
「さっき近くで見た2mの物でも、どちらかと言えば小さい方なのよね?」
視線を、荷台の反対側に座るメイドさんへと移して聞いてみる。
「はい。通常で5mほど、大きなものだと10mほどにまで成長するようです」
『意外、頑丈』
私の肩に自身の片を引っ付けて補足してくれるティティエさん。彼女の言う通り、アッセは建材になるくらいしなやかで頑丈なキノコだ。切ると光らなくなってしまうけれど、独特の香りと加工のしやすさから結構人気らしい。レストリアの冒険者ギルドでは、アッセの伐採依頼をちらほら見かけたくらいだった。
ポトトとユリュさんの合唱。光るキノコ、アッセが作り出すどこか不思議な景色。それらをのんびりと楽しんでいられたのは、最初の20分ほどだけだった。
「死滅神様!」
『クルッ!』
周囲を見渡して耳ヒレをヒクヒクさせたユリュさんと、羽を大きく広げたポトトが警戒を促してくる。続いて、強烈な異臭がどこからか漂ってきた。
第3層以降は人の数がぐっと減って、代わりに魔物の数が多くなる。だから襲ってくる生物は基本的にみんな魔物だと思って良い。そして、第3層で最も多い魔物というのが……。
『『ア゛ァァァ……』』
低く
「数は6。前方から2,左から3、右から1です!
「了解よ! ティティエさんは左から来る3体をお願い! 私が右の1体を相手にするわ!」
「んっ!」
素早く荷台を飛び出して、私は荷台の右方から近づいてきているらしい魔物を探す。注意しながら辺りを警戒していると、居た。ゆっくりと私に向かってくる人影がある。やがて、荷台から漏れる魔石灯の光に照らされて、元々は人族だっただろう魔物が姿を見せる。
「うっ……。想像していた以上に、
その魔物は、
顔は……比較的マシね。右目が飛び出てしまっているだけで、あとは無事。腐って土のような色になった
「すごい臭い……。鼻が曲がりそうって、このことを言うのね……」
私が鼻をつまんで文句を言っている間も、角耳族だった人は私の方へ。よたよたという言葉が似合う速度でやってきている。
そう、この魔物の存在こそ、この階層が“死者の階層”と呼ばれる所以の1つだったりする。いつだったか、不死者の話をしたかしら。フォルテンシアの死は、『体力』が0になり肉体から魔素が失われて〈ステータス〉のスキルが無くなることを指す、みたいな話をした時ね。
――そうそう。カーファさんが殺したアーズィさんの話をした時だから、エルラでのことね。
けれどたまに『体力』が0よりも小さくなってしまうことがある。その原因は分かっていないけれど、事実として、そうなった死体はどういう訳か動き出してしまう。幸いなことに、知性も無くて動きも遅い。放っておいても骨だけになってやがて動けなくなる。だから本来は無視しても良いのだけど、ここは魔素の濃度が濃い大迷宮。通常の不死者とは、少し事情が異なる。
通常は不死者とだけ呼ばれる『体力』が0より小さくなったその人物、あるいは現象。だけど、この第3層に居る彼らは“魔物”。つまり、魔石を体内に有している。だから魔物としての名前もあって、
「『アフイーラル』」
アフイーラル。共通語にすると、“救われない者”たち。彼らは魔石を取り込むのではなく、骨が魔石に変質することで魔物化してしまう。だから魔物としての特徴……高純度の魔石を求める性質を持つし、生前に持っていたスキルを使用する個体もいるらしい。当然、魔物化した後に新しくスキルを獲得することだってある。
そんなアフイーラルこそ、私が大迷宮で最も殺したい、救ってあげたいと思う魔物たちだった。
『ア゛ァァァ……』
うめき声を漏らしながら、私の方にゆっくりと手腕を伸ばす各耳族のアフイーラル。それが、単に私を襲おうとしているだけだというのは分かっている。分かっているけれど、高慢な私はアフイーラルがまるで私に救いを求めているんじゃないか、なんて、想像してしまう。死にきれないで魔物となって、脳も心臓も腐り落ちて、思考も心もない。だけど、身体が。死してなお動いている自分を止めて欲しいと、そう言っているように思えて仕方ない。
「苦しいわよね? いま私が救ってあげるから。それじゃあ……」
私は死滅神。死を運ぶ者。誰もが等しく享受できるはずの死を、自然に受け取ることが出来なかった。そんな彼らを救ってあげなくて、誰を救うというのかしら。
「心も体も、あるべき場所に、帰りなさい。……さようなら」
〈状態:病気〉になることもあるから、触れることはできない。不意にスキルを使われることもあるから、気を抜くこともできない。けれど、可能な限り不死者に近づいて、私は〈即死〉を使用する。瞬間、目の前のアフイーラルは崩れ落ち、動かなくなる。本音を言えば丁重に弔ってあげたいけれど、長くそばに居ると、これまた〈状態:病気〉になってしまう。
――だからこれくらいしかしてあげられないの。ごめんなさい……。
胸に手を当てて、目を閉じる。そうしてしばらく、静かに死者へと思いを馳せたのち、私は鳥車へと戻るのだった。
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